「何事ですかね兄貴?」

「ブッチ、行くぞ!」


 ベニヤ板の扉にぶち当たりながら、おれは弾丸のような速さで表へ飛び出た。だが、まばゆい夏の陽射しは夜目のままの視界を奪い取って足止めをする。


「クソッ……どこだ!?」


 群生するネコジャラシが水面からの風にそよぐ。カサカサと奏でられた心地よいはずの旋律は、ほんの一瞬で子猫の鳴き声や気配をかき消してしまった。


 ギュイイイイイイ……!

 ギュイイイイイイ……!


 と、聞き覚えのある機械音ノイズがおれにその居場所を知らせる。間違いなく子猫も近くにいるはずだ。


「こっちか!」


 すぐ近くのネコジャラシに飛び込み、土手のほうへ向かい跳ねるように走る。次々にネコジャラシを突き抜けて速度を上げるが、そのたびにおれの顔や足は擦り切れていった。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」


 どこだ!? どこにいる!?

 数えきれない程のネコジャラシを蹴散らして進むと、儚くも必死な、子猫の荒い息づかいがようやく間近で聞こえてきた。


「兄貴ぃぃぃぃ!」

「ブッチ、こっちだ!」

「──きゃっ!」「うおっ!?」


 ブッチを誘導しはじめた直後、おれは子猫とタイミング悪く鉢合せ、一緒に地面に勢いよく転がってしまった。そしてさらに運が悪いことに、小さい車が転がるおれたちめがけて突っ込んでくる。


「クソッたれぇぇぇぇぇぇ!」


 おれは素早く起き上がり、目の前の子猫の襟首をくわえて真横へと逃げた。


「兄貴っ! どこです!?」

「ふっひ、ひへろッ!」


 子猫をくわえているため、うまく喋ることが出来ない。

 小さい車はネコジャラシを次々とぎ倒し、おれと子猫を容赦なく追いかけてくる。なんとか振り切ろうと縦横無尽に逃げまわるが、どこまで逃げても周囲まわりはネコジャラシばかりで、さすがのおれも方向感覚が麻痺してしまった。

 やがて体力の限界が近づき、風に揺れるネコジャラシがこっちだよ、あっちだよと、行き先を指差しているように見えてくる。


「うわぁぁぁぁぁぁん! お母ちゃーん!」

「おい、ひゅうにあはれるな!」


 ギュイイイイイイ……!

 ギュイイイイイイ……!


 突然暴れだした子猫に気を取られ、走る速度を緩めたその一瞬の隙に、小さい車がおれの真正面に姿を現す。

 クソッ……これまでか!

 小さい車はネコジャラシを勢いよく巻き散らかしながら、おれたちに狙いを定めて無情にも迫りくる。せめて子猫だけでもと思い、おれは天高く口を振り上げた。

 襟首を解放された子猫はおれが見守るなか、くるくるとその身を回転させてバランスを取りながら着地に備えはじめる。

 そして、子猫の着地を見届けるまえに、物凄い衝撃と血飛沫ちしぶきがネコジャラシとおれを赤く染めた。



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