「なんてこったい! 一体なにがどうなってやがるんだ!?」

「落ち着けブッチ。縄張り争いでもしたのかもしれないだろ」

「そんなのありえねぇよ! ここらじゃ爺さんしか野良の人間は見かけねぇし……クソッ!」


 ブッチはさらに狼狽うろたえて、発情期のようなおかしな鳴き声まで上げはじめた。

 縄張り争いでなければ、事故にでもあったのだろうか。それとも、犯罪に巻き込まれたのか……横たわる巨体を注意深く調べてみると、手のひらや膝に擦れたような傷や汚れがあった。


「おいブッチ。もしかしてこの爺さん、転んだんじゃないのか?」


 おれの言葉に反応したブッチは、鳴くのを止めてかぶりを振る。


「そりゃないです。爺さんは足が悪いみたいで、いつもゆっくりと歩く姿しか見たことがありやせん。あんな様子じゃ、氷の上でないと滑りもしやせんぜ」

「この爺さん、足が悪いのか。かわいそうにな……」


 言われて見てみれば、右足は股関節のあたりから干し魚の開きのように横へ折れて広がっていた。

 すると突然、いくつかの疑問点が真実を求めるおれの紡錘ぼうすいに引き寄せられ、静かに音もなく動き出す──


 先ず、ブッチの話によれば、爺さんには縄張り争いをするような相手は誰もいなかった。だとすれば、この怪我ケガの様子からして、転んで頭を打った可能性は極めて高い。

 だが、爺さんは足が悪く、常に慎重に歩いて行動をしていた。このあたりは河川敷でいろいろと足場は良くないが、棲み家にしているので慣れているはずだ。

 数々の謎を覆う糸のかたまりが、ゆっくりと紡がれてきほどかれてゆく。真相に近づくにつれ回転速度を増し、おれの推理がさらに加速する。

 おれは目を閉じて心を無にした。

 すると、記憶の彼方かなたからブッチの助けを呼ぶ声が聞こえ、それに次いで銀色の細長い棒の生えた小さな車が目の前に迫る。


 …………これだ!


「おい、ブッチ! おまえなんであの時、あの小さい車に追われてた?」

「えっ? なんでって……たしか、腹が減ったんで爺さんに御馳走になろうと思って、この小屋へ向かってたら急にネコジャラシから車が飛び出して来て……あっ、まさか!?」

「ああ、そのまさかだ」


 犯人は、あの小さい車だ。

 ブッチだけでなく、この爺さんも襲ったに違いない。

 巻き終えた〝謎〟の中から残された一糸の真実が、きらびやかな光を放ってそう教えてくれた。


「誰かぁぁぁぁぁ! 助けてぇぇぇぇぇぇ!」


 すると、子猫の叫び声がおれを現実に呼び戻す。


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