夏というものは、どうも好きになれない。

 強過ぎる陽射しや焼けたアスファルト、それにせみの大合唱──〝蒸風呂〟を通り越して〝蒸し器〟状態になった廃車の寝床を後にしたおれは、安息の地を求めて日陰を伝いながら住宅街をさまよい歩いていた。

 軽い火傷でもしたのか、ヒリヒリと痛む肉球を途中にあった木陰で舐めていると、蝉時雨せみしぐれに紛れてなにやら騒がしい声が近づいて来る。


「た、助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 顔を上げてみれば、髭袋ひげぶくろに大きな黒斑くろぶち模様がひとつある、特徴的な面構えをした白黒毛のハチワレ猫が、血相を変えてこちらに向かって走ってくるではないか。そしてその真後ろで、銀色の細長い棒が縦に一本生えた小さい車が速度を上げながらその猫を追いかけていた。


「やれやれ……」


 軽く痛む足をふたたび地面に着けたおれは、ハチワレ猫の動線に立ち塞がった。

 ゆっくりとした歩みを徐々に激しく刻み、やがてアスファルトの上を全速力で走り出して風になる。向かう先では、ハチワレ猫がおれを見つめながら目を丸くして驚いていた。


「ええっ!? ちょ、ちょっ、ちょっと待ってくれぇぇぇぇぇぇ!!」


 さらに血相を変えるハチワレ猫の頭上を優雅に飛び越えたおれは、小さい暴走車に何発も目にも止まらぬ速さで肉球の連打を浴びせた!


 ギュイイイイイイ……!

 ギュイイイイイイ……!


 仰向けにひっくり返った車体の四隅で、車輪が前後に激しく空回りする。もがくように車体までくるくると回りだしたのも束の間、小さい車は奇妙にタイヤをうごめかせて起き上がり、そして、来た道を一直線で走り去って戻っていった。


「なんだ、ありゃ?」

「はぁ、はぁ、はぁ……たっ、助かったぁ~……」


 息も絶え絶えにハチワレ猫は尻餅を着き、股を広げて毛繕いを始める。


「もう大丈夫そうだな。それじゃあ、あばよ」


 軽い運動を終えたおれは、避暑地を求めてきびすを返す。夜にそなえて充分な昼寝をしておかないと、この季節は夜中でもバテてしまう。少しでも長く眠らなければならない。


「あっ、待ってくれよ兄貴アニキ!」


 突然の大声に振り返ると、髭袋の黒斑模様が目の前にあった。

 ハチワレ猫は、おれの顔や体にゴロゴロと喉を鳴らしながら絡みつく。


「おい……! おまえっ……やめろ!」

「へへっ、きょうから兄貴と呼ばせてください。オイラ、ブッチって言いやす」


 ブッチは、嫌がるおれの気持ちもなんのその。しつこく、なおも絡みつく。


「おっと、頬っぺたの毛が乱れてやすぜ。兄貴、どうかオイラに舐めさせてください!」

「やめろよ、気持ち悪いな! おい、やめろ……ブッチ、やめろって!」


 これが、おれとブッチとの出会いだった。


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