どうして君は、

 病室には、夜崎と灯が楽しそうに話していた。

 どうして二人が一緒にいるのか、俺は不思議で仕方がなかった。


「言い忘れてたけど、十年ぶりだね。冬樹くん」


 そう言ったのは灯ではなかった。だからといって、夜崎でもなかった。

 その発言をしたのは雨水さんだった。


「十年ぶり?」


「じゃあここで問題。十年前に会ったのは、二人の内のどちらでしょう。これは二人からの問題だよ」


 十年前に約束をした少女。

 それがどちらかなんて、俺には分からなーー



 気付けば、目の前に広がっていたのは天井だ。ここは……病室?先ほどまでいた病室とはまた別の病室なのだろうか?

 どういうことだ?

 体は包帯を巻かれ、身動きがとれなくなっている。まるで十年前の俺のように……って、これは……


「冬樹さん、動かないでくださいね」


 看護師がそう俺に言った。その看護師はどこかで見覚えがあった。

 胸元についた名札を見てみると、夜崎と書かれている。顔はどことなく雨水さんに似ている。


「雨水さん、こんにちは」


 少女は夜崎と書かれた名札をつけた看護師にそう言うと、俺のもとへと歩み寄ってきた。


「今日も来たよ。冬樹」


 この少女は……

 ということはこれは、走馬灯というやつなのか?


 流れる記憶に困惑しつつも、俺はその光景を目に焼きつけていた。


「もう、ちゃんと話聞いててよ」


 懐かしい。

 十年前に見た光景と全て同じだ。

 何もかもが。


 それから長い電流が脳内に流れ、目の前に広がっている景色は一変した。そこは学校、小学生の頃の学校だ。


「今日は転校生を紹介する。入ってこい」


「はじめまして。私は夜崎宵と言います。一年間、よろしくお願いします」


 自己紹介が終わり、彼女は席へついた。

 その後、ひとりぼっちの彼女のもとに俺は歩み寄った。


「夜崎さん、一年間よろしくね」


 すると、夜崎は小さく呟いた。


「覚えてくれてたんだ」


 その瞬間、走馬灯は終わった。

 夜崎と灯は俺を見ていた。そして答えを待っていた。


 先ほどの走馬灯から、俺は十年前に出会っていたのが誰なのか分かっていた。


「十年前に俺が会ったのは、夜崎、お前だろ」


「正解」


 そう言うと、夜崎は微笑んだ。

 その横で灯は少し頬を膨らませていた。


「それじゃ最後の質問。君はどっちが好きなの?」


「え!?」


「君は二人の内、どちらが好きなの?今の君は、もう既にその答えを持っているはずだ」


「そんなの……」


 出せるわけない。

 俺は咄嗟に病室を抜け出していた。



「灯、これで良かったの?」


「あーあ。やっぱ私じゃ、ダメだよね」


 灯は窓ぶちに腕を寄りかからせ、外の景色を眺めて寂しい表情を浮かべる。


「雪が……降ってるね」



 外に走り出した俺は、病院の屋上で白い息を吐いた。


「寒いな……」


 白い雪が降り積もっている。

 いっそ、この雪に紛れて消えてしまいたいくらいだ。結局俺は、弱さを盾にして何もできない愚か者だったんだから。

 相変わらず俺は愚かしい、愚かで弱くて腰抜けで、傷つくのも傷つけるのも怖い臆病者だ。


 ーー約束だよ。


 約束なら果たしただろ。

 だからもう、これで良い。


 俺は逃げた。結局逃げた。

 五階建ての病院の屋上、そこから見える景色は地上から見る景色よりも広大で、真っ白な景色だった。

 春に降る雪に惑わされ、俺は足を進めていた。一歩一歩進み、気付けばそこに足場はなかった。


 ……っえ!


 五階建ての病院のの屋上、そこから俺は一階に落ちた。

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