向き合う心

 昨日の一件があってか、俺はあまり外に出たくなかった。もし外であったら夜崎とどういう顔をして会えば良いのか分からなかったから。


「あーあ。何かもう、駄目だなこれ……」


 布団の上に横たわり、両目を腕で塞いで目を閉じて虚無感に押し潰されていた。虚構ではなく虚無の中、俺は後悔に明け暮れていた。

 後悔が俺の首を絞めている。


 そういえば昨日から猫も帰ってきていない。


 そんなことを考えていると、一階で電話が鳴る。その電話を母がとり、話している。

 話を終えると、母は階段を上がって俺の部屋の前に来た、


「冬樹、にゃぴいが帰ってきていないから探しに行ってくれない?あと夜崎病院の裏道とかよく猫見掛けるからそことかも探しといてね」


 俺の状況も知らず、母は扉越しに言った。その後すぐに玄関を出た。車のエンジン音が聞こえたということは、どこかへこれから行くつもりなのだろう。

 俺は重たい体を起こした。

 時刻は午後の六時、少し暗い。俺は家で飼っている猫のにゃぴいを探しに行く。


 いつもは通らない病院の裏にある道を歩いていた。

 昨日の一件があり、病院の前を堂々と歩けなくなっていた。

 知り合いには会いたくない。だからその道を通っていたはずなのに……


「あっ!君は、」


 その道では、雨水という看護師が裏門に背をつけて立っていた。まるで誰かを待っているかのように。


「冬樹くんだよね」


「え、ええ。そうですけど……」


「少し前にも会ったけど、私は来崎灯さんの担当看護師をしている雨水。よろしくね」


「こんなところで何をしているんですか?」


「君を待っていたんだよ。灯さんに会ってくれないかな」


「灯に……ですか」


 正直、この病院に入ることには抵抗はあった。

 可能性は低いけど、病院の中で夜崎に会うかもしれないから。


 俺が険しい表情を浮かべていると、雨水さんはニコッと微笑んで、


「宵ちゃんと揉めたんでしょ」


「宵ちゃん?」


「夜崎宵。昨日会ったでしょ」


 夜崎のことを知っているのか。

 そういえば夜崎の両親はこの病院の経営者だったか。なら夜崎と雨水さんが関係を持っていても何ら不思議はないな。


「宵ちゃんは君のことを嫌いになったりなんてしていないよ」


「でも……俺はまだあいつと顔を合わせる勇気はない」


「君は男だろ。だったらいつまでも足踏みばかりしているな。ちゃんと前が見れなくても進めるだろ。しどろもどろでもそれでも進んで、会えば良い。このまま宵との関係に亀裂をいれたままで良いのか。お前は本当にそれで良いのか」


「謝りたい、あの日のことを謝りたい……けど……俺は弱いから。だから無理なんですよ……」


 俺は下を向き、言った。

 そんな俺を見て、雨水は言う。


「そうやって君は、自分の弱さを言い訳に使うのか」


「…………」


「言い訳の後はだんまりか。君は弱さを盾にして、嫌なことから逃げているだけだ。それではいつまで経っても進めない。弱いままだ。君はそれで良いのか」


「俺は……」


 何も言い返せなかった。

 全て図星だったから。それは今までの僕だったから。何一つ間違いではなかったから。


「君はまだ幼い。それでも成長はできるだろ。幼いからこそ成長できる」


 このまま何も言わず、だんまりを決め込んでも良かった。その方が嫌なことから逃げられるから。

 でもいい加減分かった。

 逃げて逃げて、その先に何もないんだって分かったから。いや、最初から知っていたはずだ。

 だからもういい加減、逃げるのはやめよう。


「雨水さん。俺、やっぱあいつに謝りたい。許してもらえるか分からない。許してもらえなくても良い。それでも俺はあいつに謝りたい」


「それでこそ男だ。じゃあのもとに案内してやる」


「二人?」


「これから君が会うのは十年前に君が会った少女と、一年前に君を見た少女だ」


 それ以上は何も聞かされぬまま、俺は雨水さんに案内されるままに案内された。案内されたのは病室だ。

 雨水は一度俺を見て、すぐに扉を開けた。そこで見えたのは、楽しそうに話している二人の少女。

 一人は車椅子に腰掛け、一人は椅子に座っている。俺は二人とも知っている。


「夜崎……それに灯も……」

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