弱さと後悔

 病院の方から歩いてきた夜崎は、俺を呼び止めた。久しぶりに見た夜崎は少し成長していた。

 髪も伸び、身長も大きくなり、前まではつけていなかったカチューシャを頭につけている。


「あ!雪月神くん、もしかして見惚れちゃった?」


「見惚れてねえよ。それより、何で病院から出てきたんだ?」


「私のこと心配してくれてるの?サンキュー。でも私は怪我とか負っているわけじゃないんだ。私がこの病院から出てきたのは親に会いに来ただけだよ」


「親は入院してるのか?」


「ううん。この病院は私の両親が経営しているから」


「夜の親が!?」


「驚きすぎだよ」


 俺が驚いた理由は夜崎の両親が病院を経営しているということであったが、それでこれほど驚いたわけではない。

 もっと明確に言うのなら……いや、今はそれについて考えるのはやめておこう。


「ところで雪月神くん、どうして学校に来ないの?もう一年も来てないじゃん」


「別に良いだろ。学校に行くのは俺の勝手だ」


「ねえ雪月神くん、理由を教えてよ。どうして君が学校に来ないのか」


「別に、ただ面倒くさいだけだ」


「私、友達から聞いたよ。部活で問題を起こしてから来なくなったって。ねえ、雪月神くんは何で問題なんて起こしたの?君は優しい人だったでしょ」


 俺が部活で起こした問題、それはただの暴力事件だ。俺の一方的な苛立ちで相手を傷つけた一方的な怒りの拳。

 その暴力事件を起こしてから決めたんだ。俺はもう学校には行かないと。行けないと。


「雪月神くん、学校に行こうよ」


「嫌だ。俺は二度と学校には行かねぇ」


 少し怒り口調で、俺は夜崎に言った。

 それでもこいつはお節介だ。


「私がサポートするから。君を支えるから。だから私と一緒に学校にーー」


「うるせぇ」


「え?」


「うるせえって言ってんだよ」


 俺は怒りのあまり、怒鳴った。

 夜崎は俺の力強い声に脅えたのか、肩をすくめて驚いていた。それと同時に脅えてもいた。

 俺は振り返り、夜崎に背中を向けながら言った。


「俺はもう二度と学校には行かねぇ。それとだ、今ので分かったろ。俺はそういう奴だって。だからもう二度と俺に関わるな」


 俺は走り、その場を後にする。

 一緒にいた猫もない。恐らく怒鳴った時に脅えてどっかに行ったのだろう。だがそんなことはどうでも良かった。


 とにかく俺は人目のない場所で泣きたかった。

 病院の側にある森に入り、そこで俺は泣いた。後悔や怒り、その他諸々の感情がごちゃ混ぜになって、自分でもよく分からない状況に陥っていたからだ。

 俺を救おうとしてくれた夜崎にも怒鳴り声をあげた。だからもう、あいつには会えない。

 謝ることなんてできない。だって俺は弱いから。


 夜の森はやけに静かで、落ち着く。

 俺は木に寄りかかり、地べたに座り込んで懺悔する。

 ーーその懺悔に意味がないと分かっていても。





 夜崎は病院の前で立ち尽くしていた。

 自分勝手に逃げていった雪月神を追おうとしたが、彼の去り際に目から溢れた涙を見て、夜崎は追いかけることはできなかった。

 一人苦しむ夜崎のもとへ、一匹の猫が歩み寄る。


「あれ?君は雪月神くんが連れていた猫だよね」


「にゃー」


「雪月神くんの家に返さないと……」


 しかし夜崎は先ほどの件もあってか、雪月神の家に行くのを躊躇っていた。

 葛藤の末、夜崎は猫とともに公園に行き、猫と一緒にブランコに乗る。そして大きなため息を吐き、猫に語り始める。


「ほんと、雪月神くんって最低だよ。せっかく私が心配してあげているのに、どうして彼はそれを分かってくれないのかな、もう」


 猫は鳴かず、静かに夜崎の膝の上に座っていた。


「昔から雪月神くんは自分勝手なんだ。本当に自分勝手な奴だ。だけど……私は雪月神くんの隣にいる時が一番幸せなんだよ。雪月神くんはとっても優しくて、小学六年生の頃に転校してなかなか友達ができなかった時、真っ先に話しかけてくれたのが雪月神くんだったんだよ。

 最初は無愛想な人かと思ったけど、普通に優しくて、そして普通に惚れたんだ。それ以来私は雪月神くんが大好きになった。

 さっきは怒鳴られちゃったけど、私は雪月神くんの側にいたいな」


 そう呟く夜崎の右目からは涙が溢れていた。

 自分でも気づかなかったのか、夜崎は頬をつたう涙に触れ、驚いていた。


「私、泣いてるんだ。でも涙が流れたのが今で良かった。雪月神くんの前では泣き虫なところは見せられないよね」


 夜崎は猫を抱え、立ち上がって叫んだ。


「雪月神くんのバカァァァアアアアア」


 夜の公園に響いたその声。

 心の内に溜まっていた言葉を叫んでスッキリしたのか、夜崎は笑みを浮かべていた。

 その顔を見上げた後、猫は夜崎の腕の中から飛んでどこかへ走って消えていく。


「さすがに逃げられちゃったね」


 夜崎は頬を伸ばして笑みをつくり、そして呟く。


「猫が逃がしても、雪月神くんは逃がさないからね。絶対に学校に連れ戻すから」

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