君と出会った日の思い出
病院から家に帰る道中で、俺は思い出していた。
十年前のとある話を。
それは寒々とした冬真っ只中のとある日、冬樹はとある病院へ搬送された。
車にひかれ、全身に大怪我を負い、生死不明という状態にあった冬樹。
緊急手術により、何とか一命を取り留めたが、後遺症としてしばらくの間は体を動かすことはできなかった。
全身に包帯を巻かれ、ほぼ動けない状態でベッドに横たわって眠っていた。
「冬樹さん、しばらく安静にしていてくださいね」
冬樹はベッドに横たわり、何もない天井を見上げていた。
小学一年生の彼には、これほどの怪我をしたという事実は漠然としか理解できないでいた。だからだろう、冬樹は必死に理解しようとしていた。
そもそも、何を理解しようとしているのか曖昧なまま。
というより、冬樹が本当に理解しようとしていたことは現状ではなかった。冬樹は自分がどういう状況なのか漠然としか分からなかったため、思っていた。どうせこのまま死ぬのだろうと。
だから彼は何もしようとはしていなかった。ただ目を瞑り、未来のない未来に目を背け、死を待っていたーー
「ねえ君、包帯まみれで大丈夫?ミイラみたいだよ」
ーーはずだった。
突然話しかけてきた少女は何者かと、痛みが走るも顔を少女の方へ向けた。
そこには冬樹と同じくらいの年齢の少女が満面の笑みで冬樹を見ていた。そこに心配そうな感情はないように思えた。むしろ、包帯を巻いている人を見て驚いているようだった。
「ねえねえ、君、どうして包帯まきまきにされちゃってるの?」
「何だこの女は」と、そう冬樹は思っていた。
一体この病院に何をしに来たのか、意味不明な少女は冬樹の病室を徘徊する。その部屋には冬樹しかいない。そのため少女が騒いでいても誰も注意することはなかった。
「ねえねえ、聞こえてる?」
聞こえてはいた。
だが冬樹はその少女に関わるのは面倒だと思ったのか、無視し続けていた。
それでも執拗に少女は冬樹のベッドの周りを走り回り、安らかなる睡眠の邪魔をしていた。
そしてとうとう、
「うるさい」
冬樹の怒りは爆発した。
しかし、少女は楽しそうに笑っていた。
「やっと起きたよ。君、やっぱ喋れるじゃん」
「見ての通り俺はケガ人だ。だから安静にさせろ」
「嫌だよ。だって君、退屈そうじゃん。だから私が君の話し相手になってあげるよ」
それから毎日、少女は冬樹の病室に訪れては話をしに来た。
「ねえ君今にも死にそうだね」
「ああ」
「もう少し元気だしなよ」
「出せるか」
死にかけの冬樹と少女は楽しそうに話していた。
ある日は学校で起きたヤンチャなクラスメートの話であったり、ある時はアニメで面白かった話であったり、またある時は少女の友達の恋バナであったり。
そんな話を毎日されていると、今まで暗かった冬樹も少しずつではあるが元気を取り戻しつつあった。
それから一年、退院できるまで回復した冬樹に、別れ際に少女はあることを言った。
「またいつか、入院しに来てくださいね」
それにはさすがに苦笑い。それでもなぜか冬樹は思っていた。
「また君に会えるのなら、入院するのも悪くないな」
「じゃあまた会おうね。この病院で」
二人は小指を合わせ、そしてゆびきりげんまんの歌を歌った。
その病院を後にする際、病院の名前を覚えておこうと振り返った。その病院の名前をちゃんと胸に焼きつけ、冬樹は病院を後にした。
十年経った今では、その病院の名前も忘れてしまっている。
今俺が猫の散歩をさせている道中にある病院の看板には、最初の文字が黒ずんで見えなくなっており、その後に『崎病院』と書かれている。
なぜかもう一度病院の前にやってきていた俺は、不確定な謎を残したまま病院の看板を眺める。
「そういえばどうしてあの少女は毎日のように俺の病室に来たんだろう?学校も行っていたみたいだし、俺に構う必要なんてなかったはずなのに」
曖昧な謎を残したまま、冬樹はその病院を後にする。
「十年前の少女の名前も、もう忘れてしまったな。もう会えないな。これじゃ……」
寂しさを滲ませ、俺は再び家に向かう。
「さよなら。十年前の少女」
今度こそは家へ帰ろうとしていると、病院の方から声がした。それは聞き覚えのある声だ。
振り返ってみると、そこには見覚えのある同い年の少女が立っていた。
「雪月神くん。学校に来なよ」
「何だ。
そこにいたのは幼馴染みの夜崎ここのえだった。
どうしてこの病院に!?
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