第22話 早朝ランニング

 なんと勇者タコと一緒に冒険に行くことが決まった!

 しかし無条件というわけにはいかなかった。世の中そんなに甘くない。


「お前らの体力にゃ、足手まといどころか本当にお荷物にゃん。何日間も歩き続けることもあるにゃん。だから体力をつけるにゃん」

「え、すぐに行かないんですか?」

「この街での用事を済ませたら一度ルルア市に戻るにゃん。半年したらまたここに来るにゃん」

「半年だと……?」

「そうにゃん。戦えなくても良いにゃんが、歩けないのはさすがに困るにゃん」


 ウホウホにニャンニャン言われ、ゴキブリは──反論できずカサカサと頷くしかなかった。


 勇者との話はそこで終わり。ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女はリンとともに執務室を出る。ケルヴィンはまだ勇者と話したいことがあるらしく、執務室に残って会話を続けるようであった。


 冒険者ギルドを出た三人は、白い息を吐きながら寒空の下を歩く。勇者が訪れた時点ですでに夕方だったため、今はすっかり夜である。

 街の明かりは点々と。どこも店仕舞いが早く、街灯なんてものはほとんど無いから通りに出ても視界は悪い。リンが飛ばしているが無ければ、満足に歩くこともできないだろう。

 なおこの明かりは誰にでも使える初歩の魔法とのことである。それでもゴキブリは百年かかっても使えないらしいが。


「うう、なんか面倒なことになってきたな」


 ゴキブリが愚痴ると、斜め前を歩いている女子高生ゆるふわ痴女が同調する。


「体力かぁ。あたしは運動部だったから少しは自信あるけど、でもタコさんの言っていたレベルには程遠い感じがするね」

「毎日朝から晩まで寝てたら体力って増えないかな。ほら消費しないわけだし」

「ゴキブリ。試しても良いけど、上手く行かなかったら置いてくにゃん」

「リン。語尾が勇者化している」

「冗談だよ。でも何度見ても凛々しいお姿だな、タコ様は」


 ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は同時に頷く。確かに凛々しい姿だ。うさ耳マッチョの白ゴリラとか、神の使者かと思ってしまう。


「で、君たちはどうするつもりだ? 勇者様と一緒に冒険に行くのなら、本格的なトレーニングを考えないといけない」

「どんなことすればいいのかな」

「街の中に、ちょっとした森がある。そこを毎日走れ」

「森……はい、分かります。ケトル公園ですよね。かなり勾配もあるし、一時間歩くだけでもキツい」

「毎朝、三時間くらい走りなさい」

「えー辛いよ、リンたん」

「だからゴキブリ。別にやらなくても良いんだよ。置いていくだけだから」

「くそ、細身ながらバランスの良い筋肉を全身にまとわせた格好良い系のねーちゃんは余裕だな。でも……そもそもリンは呼ばれてもないだろ。付いてくる気か」

「当たり前だろ。勇者様だぞ。媚び売りまくるぞ」


 ゴリラだけどな。いや、正しくは人狼ワーウルフらしいけど。狼ってなんだ。


「じゃああたし、毎朝走るかぁ。ギルドのお仕事手伝う時間少なくなっちゃうけど」


 女子高生ゆるふわ痴女ゴキブリを見る。あなたはどうする?


「俺も走るかぁ。くそ、どうして……」


 置いていかれるのは嫌である。改名という目的のためには、ゴキブリも魔王に会って、邪神の加護を得なければならない。



*****



「今日はここまでにしよう」


 ゴキブリは慣れない運動で酷使した両足を投げ出して地面に座り、乱れた呼吸を整えていた。

 まさに疲労困憊。これが毎日続くのかと思うとぞっとするが、しかしやめるわけにもいかない。


 今日は勇者と会った翌々日である。日の出とともに準備を整え、寝惚けた女子高生ゆるふわ痴女を叩いて起こし、そして二人でケトル公園を訪れていた。


「ゴキブリ。まだ公園に着いただけだけど?」


 ゴキブリに向かって、女子高生ゆるふわ痴女がおかしなことを口走る。それはまるで、まだ朝のジョギングは始まっていないとでも言っているかのようだった。


「ゆるふわ痴女。ペースが速いんだよ」

「本当に運動不足なんだね、ゴキブリ。時速10キロも出てないようなペースだよ? でバテるなんて、情けないにも程がある」

「うるさい、ゆるふわ痴女変態革命第三帝国皇帝陛下はキレッキレのゆるふわダンスを踊って俺のことを励ましてくれればいいんだ」

「ゆるふわなのにキレッキレなんだ……。まあいいよ、とりあえずあたしは軽く一周してくるから、ヘタレはそこで休んでて」

「おいおい、俺を一人にするなよ。心細いだろ」

「本当にヘタレか……」


 彼女は呆れたように言うと、さっさと走り出してしまった。


「うう、寒い」


 冬に向かい、気温は毎日着実に下がっている。運動するため──そこそこ薄着なのに、大して動いていないため体はすぐに冷えてしまう。


「走るか……」


 構ってくれる相手もいない。寒さと退屈さを我慢するよりは、疲れてでも運動した方が良さそうである。

 ゴキブリは立ち上がると、女子高生ゆるふわ痴女に追いつく──のは早々に諦め、歩くような速さで走り始めた。

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