第21話 イカ足の数は十本
ようやく本題に入れそうである。
「はい、あります。その……」
「女神を倒すことにはさすがに協力できないにゃん」
「うーん、魔族ってやつを紹介してくれるだけでもできないかな。ほら、俺たち友達じゃんか」
「いつ友達になったにゃん……? というかお前は友達の頭蓋骨を折ろうとしていたにゃんか?」
「スキンシップだ」
「殺意しか感じられなかった気がするにゃんが……。まあ冗談はともかく、拙者もなにか手伝ってやりたい気持ちはあるにゃんよ」
「うーん、でもなぁ。邪神の力を借りるしか俺たちに道は無いわけで」
勇者は脱ぎ捨ててあったイカの着ぐるみを拾うと、
「ちなみにこの着ぐるみは、魔族に作ってもらったにゃん」
「そうなのか?」
「そうにゃん。タコの着ぐるみにゃん」
「いや、それイカだぞ」
勇者はゴリラ的に首を傾げる。
「イカってなんだにゃん?」
「俺たちの世界に住んでいた生き物だよ。その着ぐるみにそっくりだ」
「そうなのにゃん? でも拙者はタコの着ぐるみを頼んだにゃん。だからこれはタコにゃん」
「タコはこの世界にいる生き物なんですね」
「いないにゃん」
「え? いないんですか?」
「いないにゃん。ただ異世界にそういう名前の生き物がいるということは文献に書かれていたので知ってるにゃん」
「その本に書かれていたのが……その着ぐるみの姿だったんですか?」
「絵は無かったにゃん。でも特徴は書いてあったにゃん。海に棲む軟体生物で、足がたくさん生えていて、身の危険を感じるとスミを吐く」
「…………」
タコともイカとも解釈できる説明である。
「そして魔族──はっきり言ってしまうと魔王にゃのだけど、そいつにその特徴を説明したら、その生き物を知っていると答えたのにゃん」
「魔王はタコを知っていたってことか?」
「いや、タコという名前は知らなかったにゃん。ただ『海に棲む軟体生物で、足がたくさん生えていて、身の危険を感じるとスミを吐く』という特徴の生き物は知っていたにゃん。だから拙者は魔王にタコの着ぐるみの作成を頼んだにゃん。降伏させたときのついでにゃん」
「…………」
何故、イカの着ぐるみが作られたのか。何故それがタコと呼ばれているのか。言わなくても良いことなのかもしれない。でも言わずにはいられなかった。
「タコ」
「なんだゴキブリ。お前に呼び捨てにされる筋合いはないだにゃん」
「
「だから友達になった記憶もないだにゃん……で、なにか言いたいことがあるにゃん?」
「俺たちの元いた世界には、タコという生き物もイカという生き物もいる」
勇者は怪訝そうなゴリラ顔をしたが、でもなにも言わず促すように頷いた。
「タコもイカも、『海に棲む軟体生物で、足がたくさん生えていて、身の危険を感じるとスミを吐く』という特徴があるんだ。そして……」
「そこにあるのは、イカの着ぐるみです」
勇者、リン、ケルヴィン。三者とも一瞬こそ意味の分からない様子で眉なり口元なりを歪ませたが、すぐに理解が追いついたらしく、はっきりと表情を変えていた。
「タコ殿。これはつまり」
「ケルヴィン殿、皆まで言うなにゃん……。拙者はタコのつもりで特徴を伝えたが、魔王をそれを聞いてイカだと思ったにゃん。だからイカの着ぐるみができたにゃん」
「く、魔王め!」
「リン、落ち着くにゃん。向こうも悪気は無かったにゃん……しかし残念にゃん」
勇者は着ぐるみを置くと、ゴリラ的に腕をぐるぐると回した。それから「もう正座は良いにゃん。お前らは良いことを教えてくれたから恩人にゃん」と言った。
「じゃあ、その……」
「ゆるふわ痴女よ。拙者はもう一度、魔王に会って今度こそタコの着ぐるみを作ってもらうにゃん。そのとき、ちゃんと特徴を伝える必要がにゃるから、お前たちにも同行してもらうにゃん」
「連れて行ってくれるのか?」
「特別にゃん。魔王に頼みたいことがあるなら、そのとき頼むが良いにゃん」
しかしリンが勇者の眼前に移動すると、胸元で両手の拳を握り締めながら抗議する。
「また魔王に会うだなんて! そんな危険なことはおやめください!」
「止めるなリンよ。この世界で着ぐるみを作れるのは魔族だけにゃん。拙者はタコの名を冠する者として、なんとしてもタコの着ぐるみを手に入れる必要があるにゃん」
「いや、僕はその必要はないと思いますが、ははは、勇者の行動を止めようとも思いませんけど」
「…………」
ケルヴィンに言われ、勇者は手をゴリラアゴに当てながら、少し考えた。
「確かに。別に着ぐるみは無くても良いかもしれないにゃんな……」
「いや、タコの着ぐるみ! めっちゃ可愛いっすよ! それを着て街を歩けば、今以上の人気は間違いないっす!」
「そうですよ! あたしも保証します! 人気も人気、大人気! キャラクターグッズが販売されて売れまくりです!」
「うーん、その大袈裟アピールは信じる気ににゃらないが、でもやっぱりタコの着ぐるみ欲しいにゃん。また冒険に行くにゃん」
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