第20話 未知との遭遇

 リンとは勇者について散々話したものの、本当に勇者が来るという保証はどこにもなかった。しかしその一週間後、本当に勇者タコがライラック市を訪れたことで、ケルヴィンの情報は正しかったと証明された。


 ライラック市の北、港町ハルに勇者が到着した頃、ようやく市の議員たちは勇者来訪の一報を受け、慌ただしく動きだした。彼らは勇者の目的を探ろうと調査員をハルに送ったが、勇者は調査員と入れ替わりでハルを出て、ライラック市に入り、真っ先に冒険者ギルドを訪れていた。


 暗躍したのはリンである。仕事を理由にハルを訪れていた彼女は、ハルに到着したばかりの勇者に接触し、冒険者ギルドの紹介状を渡し、ライラック市までの案内をした。

 これは、なるべく目立たないようにしたい勇者、市としての対勇者窓口を担当したいリン、冒険者ギルドの長として勇者とのコネクションを持ちたいケルヴィンの思惑が合致した結果である。


 なお、ライラック市の議員たちが主導権を握っていた場合、式典やらパーティやら記念碑やらのイベントで勇者が身動き取れなくなることは確実だった。彼らは、勇者と出会ったリンの事後報告を聞き、(市内においては)勇者がケルヴィンの管理下に置かれたということを、渋々ながら承知するしかなかった。


 というわけで、冒険者ギルド──。


 本来なら部外者立ち入り禁止である、ギルドの二階。執務室には少し多めの──勇者やその他関係者が座るために他の部屋から持ち込まれた椅子が、置かれている。

 最初、勇者はケルヴィン一人と雑談していたが、途中からリンを交えての会話となった。そしてリンは勇者にたちを紹介した。


 ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は、ずっと隣の部屋で話を聞いていた。その時点で『嫌な予感』はしていたが、今更逃げ出すわけにもいかない。リンに呼ばれるとゴキブリたちは覚悟を決め、執務室に突入した。


「なるほど。お前らが異世界の戦士


 嫌な予感の正体。

 勇者の語尾が、ずっと『にゃん』なのである。


 ただそれは良い。ゴキブリたちは突入前に覚悟していた。しかしが現れることまでは想定していない。


「なんで……」


 女子高生ゆるふわ痴女は耐えきれず、勇者に向かって言ってしまう。我慢が足りない……否、彼女が言わなければ、ゴキブリが言っていただろう。


 言わずにはいられない、人として。


「なんで……を着てるんですか?」


 女子高生ゆるふわ痴女の言葉に、(たぶん勇者が首を傾げた結果として)着ぐるみの長い頭が折れ曲がる。


 そして勇者は答えた。その答えアンサーは……。


「イカってなんだにゃん? これはタコだにゃん」


 もう無茶苦茶だった。



*****



 勇者。彼はイカ(タコ?)の着ぐるみを脱いで生の姿を晒した。

 一方、ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は動揺していたものの、事実を脳内で羅列することで冷静さを取り戻しつつあった。


 まず着ぐるみを脱いだ勇者の御姿である。タンクトップに短パン。ゴキブリよりも拳二つ分くらい背が高く、筋肉隆々。全身のほとんどが白くて太い毛で覆われている。

 もっと簡単に説明しよう。


 白いゴリラなのだ。

 顔も体もゴリラなのである。

 そして、が生えている。


 つまり整理すると……。

 名前は勇者タコ。イカの着ぐるみを着ている。語尾は『にゃん』。顔と体は白ゴリラ。うさぎの耳を生やしている。


 ゴキブリは大きく二回頷いた。うんうん、なるほどなるほど。


「よし納得した。勇者を殺そう」

「いきなり物騒なこと言うなにゃん!」

「そうだよゴキブリ! いきなり殺すだなんて言ったらダメだよ!」

「おお、異世界のお嬢さんはまともなことを言ってるにゃん」

「耳と舌を切り落とせば済む話なのに殺すだなんて言ったらダメだよ!」

「違ったにゃん! こっちの子も怖いこと言ってるにゃん!」


 リンの背後に隠れる勇者。ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は彼に襲いかかろうと前傾姿勢になる。


「がるる」

「落ち着け、ゴキブリ。なにが不満なんだ?」

「リン、止めるな。その勇者の存在は俺たちのアイデンティティを根こそぎ破壊する。ゴリラでうさ耳なのはまだ許せる。うさ耳で語尾が『にゃん』なのはまだ許せる。でも全部はダメだ。欲張りすぎた。その存在を許容することはできない」

「君の言っていることはよく分からないが、タコ様は人狼ワーウルフ族としては一般的なお姿と喋り方だぞ」


 また新しい動物が増えた。


「うう、もうダメだ! その勇者を殺せないなら……俺を殺せぇ!」

「落ち着いてゴキブリ! なにもあなたが死ぬことじゃない! 勇者の耳と舌を切り落とした後、人狼ワーウルフの一族を全員倒してゴリラ族を名乗らせれば済むだけの話じゃないの!」

「そうだけどさ……」

「なんで物騒な解決方法ばかり言うにゃん……。リン、異世界の人間というのは、みんなこんなに凶暴なのかにゃん?」


 リンは首を横に振った。


「タコ様のあまりにも凛々しいお姿に、理性を失っているのかと」

「なるほど……。それはあるかもにゃん。イケメンは罪深いにゃん。ちなみにこの子たちはなんて名前にゃん?」

「男性がゴキブリ、女性がゆるふわ痴女です」

「にゃははははにゃんのにゃー! これまで聞いた中で一番変な名前にゃん!」


 ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は一度顔を見合わせて──

 同時に椅子を持ち上げた。


「勇者の頭蓋骨を!」

「折る!」


 しかし振り下ろした椅子はいとも簡単に避けられ、ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女はそれぞれリンとケルヴィンに羽交い締めにされた。

 それから正座させられる。さらに頭からバケツ一杯の水をかけられ、ようやく我に返ったのである。

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