第19話 女神と邪神

 食事を終えたゴキブリは、リビングでソファーに腰掛けていた。女子高生ゆるふわ痴女、リンも同じく。ミーナも座ってはいたが、どうやららしい。


「ゴキブリおにいちゃん!」

「…………」


 立ち上がった彼女は抱きついてくると見せかけてボディプレスで殺しにかかってきたので、横にずれて回避する。ソファに直接ダイビングする彼女。


「ふえ」

「ちょっとゴキブリ。ミーナちゃんを泣かしちゃダメでしょ」

「いや待て、あの勢いで飛び込まれたら最悪肋骨が逝くぞ……。しかも無事なら無事で今度は幼女にセクハラするなとか言うんだろ」

「うん。だって鼻の下伸ばすじゃないの」

「精神が幼女でも体は成人女性で、抱きつかれたら胸の感触とかモロ伝わってくるんだぞ。俺は一体どうすればいいんだ」

「知らないよ変態」

「変態はお前だろ変態革命」

「うるさい、死ねばいいのに便所虫」

「そろそろ話の続きをしようか」


 ミーナ(半泣き)の頭をなでなでしながら、リンが言う。ゴキブリは「ゆるふわ痴女が悪いけど、俺は大人だからここは我慢する」と言いながら、女子高生ゆるふわ痴女に向かって中指を立てた。


「ゆるふわ痴女ばーかばーか」

「ぜんっぜん我慢できてないしすこっしも大人じゃないし! はあ、馬鹿らしい。こんなやつは無視。リンさん、続きをお願いします」

「了解」


 ゴキブリも気持ちを真面目モードに切り替え、姿勢を正す。それを見て、リンが話し始める。


「勇者と魔王について……だな。その前に女神と邪神の話からかな? 魔物についてはギルドで誰かから話を聞いているのかな?」

「あまり……。冒険者さんたちが街の外で魔物ってモノと戦っていることは知っています」

「そのくらいの知識ね……ところでミーナ、重たいから膝の上に頭を乗せたまま寝るな」

「むにゃ、ゴキブリ……たたきつぶす……」

「良い夢見てるみたいだし放っておくか」


 いや起こせよ。他人の頭の中とはいえ、ゴキブリが死ぬのは嫌である。


「シンプルに説明しようか。まずこの世界の生き物は女神陣営、邪神陣営のいずれかに属している。女神陣営には我々人間の他、数多くの動植物が属し、一方、邪神陣営には魔物と呼ばれる生き物たち、『魔族』と呼ばれている人型種族が属している」


 女神、邪神、魔物、魔族。ゴキブリは重要そうなキーワードを脳内で復唱する。


「女神と邪神は対立しているが、直接は戦わない。どちらも自分の身は可愛いからな。そこで人間や魔物を使って代理戦争をしているというわけだ」

「戦争、ですか?」

「ああ……と言っても組織的な戦争は滅多なことでは起こらない。ただ争いそのものは絶え間なく続いている。魔物は『女神の魔力』に強く反応して攻撃するようにできているから、女神の加護を受けている人間は、必然的に魔物に狙われるようになる。だから私たちは常日頃から戦いを強いられている」


 女神と邪神の代理戦争。なかなか不穏当なキーワードである。もしかしてに参加させるため、ゴキブリたちは召喚されたのだろうか。


「魔王というのは、魔族の王のことだ。都市を有して、軍隊も有している。もちろん私たちとは対立しているのだけど、ただ彼らも馬鹿じゃない。闇雲に戦争を仕掛けてきたりはせず、小競り合いをずっと続けている」

「大きな戦争にはならないの?」

「過去にはあるけど、お互い馬鹿馬鹿しくなってやらなくなった。だって人間も魔族も神々の喧嘩に巻き込まれてるだけだぞ? 決着つけたいなら本人同士でやれよって思うだろ」

「まあ、そうですね」

「神の存在が文化文明を支える力のリソースである以上、ないがしろにすることはできないけど、かといって果てのない殺し合いをしてやる義理もないってところかな。これが魔王の話」


 ゴキブリは変わらず、重要なキーワードを脳内で復唱していた。魔族の王──魔王。おっぱいの王──おっぱい。おっぱいがおっぱいを支えるおっぱいのおっぱいである以上、おっぱいをおっぱいろにすることはおっぱい。


「ミーナ……。そのお兄ちゃんは危ない人だから抱きついたらダメだ」

「ふぁ……」

「ミーナちゃん、こっちで寝ようね?」


 寝惚けたミーナがゴキブリに抱きついていた。彼女は女子高生ゆるふわ痴女とリンの手により俺の体から離され、ソファーに寝かされる。


 さよなら、おっぱい。


「最後に勇者の話だな。まず勇者というのは……明確な定義があるわけじゃないから私の個人的な意見になるけれど、魔王や魔物などとの戦いで大きな功績を挙げた者、あるいはその期待を背負う者を指す」

「リンさんは知り合いなんだよね? その勇者って人と」

「ライラック市内を案内したことがある。あとは近隣も少し。仕事の都合で道には詳しいからな」

「そこで惚れたわけか」

「下衆な言葉を使うんじゃない。勇者タコはね、五年前に起きた領土紛争で魔王の軍勢を打ち破って降伏させた英雄なんだ。尊敬や憧れを抱いても不思議じゃない」

「男なのか? イケメンなのか?」

「あの凛々しいお姿を見れば、同性の君でもきっと同じような気持ちになるさ」


 そこまで褒めるか……。強くてイケメンとか、嫉妬しか起こらないけど。


「ところで、私が勇者と知り合いだとして、君たちはどうするつもりなんだ?」

「あたしたちも分かっていません。ケルヴィンさんが、頼ってみたらどうだろうって……言ってたから」

「彼を頼る……ん、そうか。考えは読めた。君たちは女神の加護を受けていないわけだし、そうするしかないのか」

「なんの話?」

「勇者タコは、魔族にもツテがある。魔王陣営には当然だけど、がある」

「あ、なるほど」

「?」


 察したゴキブリ、察していない女子高生ゆるふわ痴女


「確かに筋は通るね。目的が女神討伐なら、女神と対立する陣営──邪神の力を借りるしかない。女神の力を借りたって、女神に通用するはずがないのだから」


 女子高生ゆるふわ痴女も理解できたのか、頷いた。


「じゃあ俺たちが勇者にお願いすべきことは」

「魔族を紹介してくださいってことだね……女神を倒されたら勇者も困るだろうに。まあ頑張ってお願いすることだな」

「…………」


 どう楽観的に解釈しても、無理難題である。こっち理屈としては筋が通っていても、協力してもらえる道理がない。

 今、ゴキブリにできることは……土下座の練習くらいだろうか。ジャンピング土下座でもすれば、話くらいは聞いてもらえる……かも?

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