第18話 勇者タコ?
冒険者ギルドでのお茶会が終わり、
家事全般はリンがやっている。ミーナもやってはいるが、記憶を失う前のように手際良くできず、まさに子供のお手伝いといった様子である。
「ゴキブリおにいちゃん、ゆるふわ……おねえちゃんおかえり!」
玄関の扉を開けると、白ローブ姿のミーナが待っていてくれた。今日も変わらず無垢な──キラキラとした瞳でのお出迎えである。
「ミーナ、命名の女神に怒られるぞ。ちゃんとお姉ちゃんの名前を呼ばないとダメだ」
「えー、だって」
ミーナは『痴女』という言葉の意味を知らない。知らないが、どういうわけかその言葉を発することを拒む。
おそらく表層的ではない領域で、彼女は過去の記憶を留めているのだろう。だからこの言葉が『幼女として』言うに
しかし、それでも言わせるのが人の
「だっても明後日もない。大切な名前をミーナが呼んでくれないなんて、ゆるふわ痴女お姉ちゃんが悲しむぞ」
「ふえ」
「泣いたってダメだ。命名の女神の名において命ずる。ちゃんと名前を呼びなさい」
「うう……わかった。わたし、おねえちゃんのなまえよぶ」
「よし、がんばれ」
ミーナが
いっせいのー、せ!
「ゆるふわ痴女お姉ちゃんお疲れ様!」
「ゆるふわちじょおねえちゃんおつかれさま!」
「成人した幼女使ってなにしてんだよお前は」
ごーん、という音が鳴り響いた。
叩いたのはリンだった。家の中なのにスーツ姿、短髪で赤髪のクールレディ。
「成人した幼女って、ただの成人じゃん」
「黙りなよ。君だけ晩飯抜きにするぞ」
「ええええ……リンの超絶美味しい夜ごはんが食べられないなんて、それだけで取り返しのつかない人生の損失なんだけど」
「そう思うなら反省しなよ……いやまあ、そこまで褒められると悪い気はしないけど」
「リンさん……。懐柔されてないで、そのセクハラ男に断罪を」
「そうだね。君だけ一品だけ抜くか……」
「な、ゆるふわ痴女! なんてことを言うんだ! せっかく機嫌直したのに!」
「あなたがミーナ使って嫌がらせするから悪いんでしょ!」
「喧嘩はダメー!」
ひゅんという風を切る音。
ずがんという床が
ミーナが振り下ろした棍棒が床にぶつかる音だった。
「…………」
「…………」
三者とも無言になる。棍棒の威力と口論を続けることの危険性を天秤にかけている。
館での生活は平和だった。理由の一つは、間違いなくミーナの棍棒である。
*****
「今日、ギルドマスターと話したんだけど」
夜ごはんを食べながら、
「まあ、そうかな。身も蓋もない言い方をすれば、俺とゆるふわ痴女をクビにして、ミーナを雇いたいってことかな。ミーナが市の職員を辞めさせられたらの話だけど」
「なるほど……」
リンは頷く。ミーナと同じく市の職員である彼女なら、議会の中でのミーナの評価も分かっていることだろう。
「まだ焦らなくて良いとは思うけどね。議会の連中もミーナを無理矢理スカウトしてきた負い目があるから、いきなり解雇はしないと思う。でも様子は見ておくよ」
「悪いな。仕事もあるのに」
「一日のノルマはさほどでもない。市庁内をうろうろするくらいの余裕はあるぞ」
ちなみにリンの仕事は、市の設備の保全作業である。定期的に市が建設した建物や建造物を見て回り、破損や老朽化が起きていたら修繕(ダメそうなら取り壊し)を検討する。
リンがこの館でミーナたちの面倒を見ていられるのも、保全作業という名目があるからである。この館は先代の市長が来客用の宿泊施設として建設したものなので(悪趣味すぎてまったく使われなかったというが)、市の設備に該当する。だからリンが掃除や点検という理由でこの館に出入りしても、他の仕事に支障がなければ、文句は言われないのである。
「ケルヴィンさんの話はそれだけ?」
「いや、そこでリンに相談なんだけど。近いうちに勇者がこの街に来るとかで、リンの知り合いだとか」
「美容院予約しないと……ああ、でも髪が短くてなにもできないか。もっと髪伸ばしておけば良かった。ウィッグ使うかな。服ももっと女っぽいのにするか、でも似合わないって言われるしな。どうしよう。どう思う?」
「誰になにをどう求めているのか分からないのだが、急に発情するんじゃない」
「は、発情だなんて失礼なこと言うな。でも舞い上がりもするさ。勇者が来るんだろう? 勇者タコといえば、五年前に魔王を降伏させた英雄だぞ」
「そもそも勇者ってなんだ? まあ聞いたことある言葉だけど」
「そもそも魔王ってなあに? まあ聞いたことある言葉だけど」
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