第15話 マヨネーズ(四)
「で、カードゲームか」
「まあ仕方ないですわね。捨てるのも勿体ないですし。負けたら野菜炒めを一口食べる。これを繰り返す。それでよろしい?」
アイラの言葉に、ミーナはこくりと頷く。
「ルールは単純。カードを一枚引いて、それ全員同時にオープンする。一番数字が小さい者が負けで、野菜炒めを一口食べる」
リンの言葉に、ミーナはこくりと頷く。
「この世界にもトランプがあるんですね。えっと、2が最弱で
「ミーナも参加するんだよな」
「ええ、さんかするわ。ふふ、まさかあなたたち、よげんしゃにかてるとでもおおもいですか?」
ミーナの余裕の笑みを見て、一同は分の悪い勝負をしているなぁと思いながらも、この程度でミーナの怒りが収まるのならと安堵もしていた。
そして勝負が始まる──
*****
「また俺かよ」
カードをオープンする。クラブの6。絶対に負けるとは言えない数字ではあったが、他のメンバーは全員絵付きのカードだった。
すでに十回以上の勝負が行われている。
「ほら、まだまだあるんだから。さっさと食べなさいよ」
「ゆるふわ痴女め。口から火が出たら焼き殺してやる」
「ふふふ、負けるあなたが悪いんだ」
和やかな雰囲気だが、食べる瞬間は間違いなく地獄である。一体、どれほどの量の唐辛子を入れたのか……とにかく野菜炒めの具材は、一つ一つが
「食うぞ」
「それ一口? 少なくないか?」
「リン。これなら文句ないか?」
ちょっと多めに食べてみせる。痛いほどの刺激が舌に突き刺さる。
「ひぎいいいいい」
「はい、オッケーですわ。次行きましょう。わたくしから引きます」
カードを引く。オープンする。食べる。それを繰り返す。
「ひぎいいいいい」
「アイラさん、そのリアクション。ゴキブリと同じ」
「それは嫌あああでも声でちゃうううう」
なお耐性のない
全員汗びっしょり。ときどき鼻水を垂らすがもう汚いとか気にしていられない。涼しい顔をしているのは負け知らずのミーナだけだった。
だが、終わりも見えてくる。
「あと一人前くらいの量になりましたわね。さて、次でラストにするというのはいかが? 負けたら、全部食べるのですわ」
提案したのはアイラだった。もう一口すらも食べたくない残りの三名はリスクを承知で頷く。
未だに負けのないミーナも、「勝手にすれば」と言わんばかりに頷いた。
「決定ですわね。じゃあカードを置くので、好きなカードをお取りくださいませ」
イカサマなど許されない場面、また後でイカサマを疑われるのも面倒である。そう思ったのか、アイラはカードを──神経衰弱をするみたいにバラバラに並べた。
最後にミーナが一枚取る。
「じゃあ、わたくしから」
アイラがカードをオープンする。ハートの5だった。
「ぐ!」
「ははははアイラ。その数字は厳しいなあ! 残りの野菜炒めは任せたぞ」
言いながらリンがカードをオープンする。
クラブの4だった。
「あらあらリンさん。それではわたくしに勝てないですわ」
「ぐぬぬ」
ほぼリンの負けが確定した。しかしまだ終わってはいない。
次にカードをオープンしたのは
「嘘!」
「よし、私も抜けた!」
スペードの3だった。アイラとリンがハイタッチする。
これでさらに
これ、次はダイヤの2を引く流れなのでは?
「ああああああああああ!」
「やったー! あたしも抜けたー!」
勝ち組の三名が互いにハイタッチする。
「ほら、ゴキブリ。早く食べるのですわ」
「そうだ。というか、元はといえばお前が間違った材料を私たちに教えたのが原因だしな」
「ゴキブリ。あなたのことは忘れない。ちゃんと毎年お墓参りはするからね」
「くそぉ、女ども、好き勝手言いやがって! あとゆるふわ! これから俺が死ぬみたいに言うんじゃない! 生きて帰ってみせるからな! それにまだミーナのカードを見てないぞ! 負けたとは限らない!」
「往生際の悪いお方ですわね……。ミーナ。そのカードを見せておやりなさい」
「…………」
ミーナはカードを手に持って、見ていた。何故かその手が震えている。
「あ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
それはジョーカーだった。今回のルールでは最弱よりも弱い、無条件で敗北するカードである。
彼女が今まで負け無しだったのは運が強かったのか、預言者の力なのか──それは分からない。しかし無敵というわけではなかったらしい。
「ううううう」
気まずい。何故か
しかし勝負は勝負である。アイラは無言で、野菜炒めの皿をミーナ(すでに若干泣いている)の眼前に移動させる。すでにこの結末は誰も予想していなかったものであるが、この先なにが起こるのかも、また予想できないものであった。
「たべます。それでまんぞくなんでしょう」
そして、ここで止めておけば良かったと、そんな後悔をするのはこれからである。
そう。地獄は過ぎ去った。
でも、まだ悪夢は始まってもいない。
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