第13話 マヨネーズ(二)

 リンが食事の支度を始めた。それをアイラが手伝う。手伝いたくてもこの世界での料理の流儀が分からない女子高生ゆるふわ痴女、そもそも手伝う気がないゴキブリとミーナはリビングでくつろいで待つ。


「ケルヴィンって、ミーナと昔からの知り合いなのか?」

「何度もお伝えして、呼び捨てにするな」

「ケルちゃんって、ミーちゃんと昔からの知り合いなのか?」

「この世界ではあだ名は禁止させています……それ以前にあなたにそのような名で呼ばれると虫唾が走る」

ゴキブリだけに?」

ゴキブリだけにこの棍棒で叩き潰して差し上げましょうか?」

「おいなにをする、ゆるふわ痴女助けろ」

「なんであたしが……ミーナさん。殴って良いです」

「了解」


 こんな会話をしながら、料理の完成を待つ。途中から女子高生ゆるふわ痴女があれこれ質問して、ミーナが答えるという流れになり、ゴキブリは二人の話をながら時間が過ぎるのを待っていた。


 しかし退屈である。


「ちょっと歩いてくる」


 そしてあまりにも退屈だったので、リビングを出て、少しうろつくことにする。


 まず廊下に出た。小さな窓から外を見ると、空が少しずつ暗くなり始めていた。これから夜になるわけだが、館の中はところどころに半透明の三角錐がぶら下がっていて、それがゆらゆらと薄い赤色の光を放っているため、真っ暗闇になることはない。

 ただ不気味ではある。


 そもそも館内のインテリア全般がおどろおどろしいのである。それに加えて三角錐の放つ赤光に照らされているわけで、ますます不気味なのは言うまでもない。

 誰の趣味なのだろうか。ミーナかな、やはり。


「アイラ、ちゃんと働いてるかー……ん?」


 キッチンに着き、声を掛けるも気付かれない。アイラとリンは顔を近づけてひそひそと小声で会話をしていた。


「マヨネーズ……本当にこれで合っているのか?」


 リンが言うと、アイラは「言われた通りに作ったはずだけど」と、自信無さそうに答える。


「当たり前だけど、こんな大量に唐辛子を入れたらからいぞ」

「乳化という現象でからさが消えるって聞きましたけど」

「なんかもうマヨネーズって言うより、唐辛子ネーズって感じ」

「とにかく、野菜に絡めて炒めてみましょう……。食べてみれば分かるはずですわ」


 リンがフライパンで肉野菜炒めを作り始める。ジュージューという音とともに香ばしい匂いがゴキブリの鼻にも届いた。

 料理風景は前にいた世界とほとんど変わらない。ガスや電気は無くても、魔法がそれらの技術の代替をしているのだろう。


「よし、できたよ。アイラ、感想を」

「赤いですわね……。あと湯気に顔を当てるだけで目が痛くなる」

からくならないって聞いて、とんでもない量の唐辛子をすり潰してぶち込んでいるからね……マヨネーズ」

「…………」


 肉野菜炒めの赤さとは反対に、二人の顔は青ざめていく。


「一口……食べるか?」

「え? わたくしですか? いやこれはもう……ミーナのために作った料理ですし」

「不幸にも全員分ある」

「…………」


 アイラの頬に汗をつーっと流れる。それからにっこり。


「とりあえずミーナに食べさせて反応を見るといたしましょう。それにほら、もし激辛だったら、ゴキブリに責任を取らせればいいのです。この料理は彼の提案ですし」

「私は知らないぞ……。とりあえずどうなっても私に責任押しつけるなよ」

「どれだけからくても、死ぬことはないですし。それに……ふふ、からさに歪むミーナの顔……見たい」


 ゴキブリは、腹痛を偽って夕食を回避する計画を考え始めていた。

 今、この状況なら、ゴキブリだけが疑いの目を向けられることなく、あのマヨネーズ──否、唐辛子ネーズを避けることができるのだ。


 それにしても材料……違っていたか。

 よく考えたら、マヨネーズの材料に唐辛子ってあり得ないけど。どうしてそんな思いつきをしてしまったのか。

 いやいや、失敗失敗。


「ところで、。今の話……聞いた以上は他人事では済まされないですわよ」

「…………」


 しっかり気付かれていた。

 ゴキブリは立ち上がると(しゃがんで身を隠していたのだ)、へらへらしながらその場を去ろうとする。


「ゴキブリ。わたくしたち、共犯ですからね?」

「いや、俺に責任取らせようとする発言してたくせに共犯ってなんだよ」

「それが嫌なら、今の会話は忘れることですわね」

「…………」


 このとき頷いてしまったことを、ゴキブリは後々、後悔することになる。

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