第12話 マヨネーズ(一)
仕事が終わり、
「ゆるふわ痴女さん。あなたは家に戻って、私たちが一品作ることを伝えておいていただけます?」
「え、あの」
「リンという市庁の職員が、よくミーナの食事を作っておりますの。たぶん今日もその予定ですし、わたくしたちは一品だけ用意すれば十分だと思いますわ。ご連絡だけお願いできます?」
「なるほど……分かりました」
「俺が買い物を手伝うのか? 料理とかしたことないし、あまり役に立たないと思うが」
「あなたは荷物持ち。はい、この買い物カゴをお使いくださいませ」
「…………」
適切に役割分担されていた。
「じゃあ、ゴキブリ。行きますわ」
「はーい」
「あたしはこっち行くね。お買い物よろしくお願いします」
*****
「あ、そうだ。マヨネーズ作ろう」
「まよねーず?」
ミーナがマヨネーズに興味を示していたこと、マヨネーズの材料、そして作り方を順番に話す。
「なるほど……卵黄と油と唐辛子を混ぜ合わせることで、神秘の調味料ができるというわけですのね」
アイラはふむふむと頷いている。
「生野菜にかけても合うし、炒め物に混ぜても合う。とにかく魔法のような調味料なんだ」
「具体的な食材だとなんですの?」
「キャベツとか、ツナとか、ベーコンとか」
「それならキャベツと、ツナ……はよく分からないので、ベーコンを買うといたしましょう。他、合いそうなお野菜はございます?」
「ブロッコリーとか、人参とか」
「ふむふむ、了解ですわ。目当てのものは決まりました。あとは付いてくるだけで大丈夫です、死ねばいいのに便所虫」
「…………」
家名を呼ばれているだけなのは分かるけど。穏やかに日常の一コマで、さりげなくトラウマになりそうな悪口を浴びせられるというのはどうなんだろう。
アイラに従って、いくつかの店を巡る。買い物カゴには、どさどさと購入済みの食材が投入されていく。
「さて、集まりましたね。それでは館に参りましょう」
*****
館に戻る。リビングに人が集まっているようだったので、まずはそこに向かった。
ミーナがいた。
「アイラ。なんであなたまでいるの?」
ミーナが不機嫌に言う。アイラがなにか言い返そうとしたが、その前に
「アイラさんね、昨日、今日とご迷惑をおかけしたのでお詫びに一品作りたいって」
「え、違……むぎゅ」
「へえ、殊勲なことを言うようになったのね、アイラ」
「むぎゅ……がぶり」
「…………」
手を噛まれたが無視する。
「ゴキブリ。ついでだから鼻も塞いであげたらどう?」
「あ、そういえば、塞ぐか。とりゃ」
「む…………………………………………………………………………………………………………………う……う……う…………がぶり」
また手を噛まれたが放さない。アイラの口と鼻を塞いだまま、
「はいはい、怖くない怖くない」
「…………」
顔面を殴られた。
「痛え! アホかグーで殴るなトイレ女!」
「アホはあなたの方ですわ! 口と鼻を塞ぐとか殺意しか感じられないんですけど!」
「ゴキブリ。ちゃんと名前を呼ぶのですよ」
「あ、そうだった、言い直す。アホかグーで殴るなアイラ! これで良いか?」
「ええ、それなら問題無いわ」
「殺されかけた方は大問題なのですけど……ミーナ。とにかく、わたくしも料理を手伝いますわ。リンさん、そこのゆるふわ痴女からどこまで話を聞いておりますの?」
「すまん、名前を聞いて大爆笑していたせいでほとんど会話が……ふぐう、ゆるふわ……ゆるふわ痴女……」
「私、滅多に笑わないリンの笑い声を聞いて部屋から出てきたの。彼女、笑いすぎて泣いているような状況だったわ……」
「…………」
「頑張れ」
「あなたに励まさせると、むしろ
改めて、
「じゃあ──励ますまでもなく、すでに元気になっていますけれど……ミーナのため、頑張って料理を作りましょう」
アイラの合図で、夕食会の準備が始まった。このときはまだ、この後に始まる悪夢のことなど誰一人として想像していなかった。
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