第11話 パスタちゅるちゅる
「ゴキブリ。ちゃんと顔洗ってきた?」
顔を洗わないといけない状況にした
「カサカサカサ!」
「なんですの? それ」
「ゴキブリの鳴き声だ」
「鳴き声じゃないし、意味分かんないし。さて……じゃあ食べよっか」
トイレでの戦い(?)が終わり、三人は広間に出てきていた。すでに
いやだから、座っただけでそんな音は鳴らないが。
テーブルには山盛りスパゲティの皿が三つ置かれていた。ツルツルの麺にトマトソース。さらにバジル、チーズがたっぷりと振りかけられている。
「いただきまーす」
「いただきまーす」
「えっと。いただきますわね?」
おそらく『いただきます』という挨拶はこの世界にないものだろう。でも流されるように、困惑しながらも真似るアイラさん。
挨拶の後、三者は一斉にスパゲティをフォークでくるくると巻き、口へと運んだ。熱々の麺に絡み合うトマトソースの甘さと酸味、鼻に広がるチーズの香り。
「ん! 美味しい!」
「ふふ、同然ですわ。ここの料理は
「そうなんですか? でも分かる気がします」
「ええ、料理が不味かったら冒険者ギルドが潰れると噂されるくらいの評判ですの」
「…………」
それは冒険者ギルドの評判が悪いだけでは?
食べ始めると全員がほとんど話もせず、黙々とパスタの山を平らげることに専念した。最初に
「さて、お腹一杯になりましたわね」
「はい。アイラさん、あの……もう少しお話ししても良いですか?」
「少しなら良いですけど、なにか?」
「ミーナさんがちょっと調子悪そうなのでごはんを作ってあげたいんですけど、アイラさん、手伝っていただけますか? その、お礼はいつかするので」
「どうしてわたくしがトゲ付きの棍棒でぶん殴ってくる女のために料理の手伝いをしないといけないのですか?」
「あ、そうですよね。そんな義理ないですよね……じゃあ、ゴキブリ」
「ああ、アイラがダメならケルヴィンのおっさんに相談するよ。アイラはミーナにあれだけ迷惑かけておきながら、1ミリも感謝している様子がないことも伝えておく」
「おいお前やめろ。そんなことされたら、わたくしの地に落ちた評価がさらに落ちて地中にめり込んでしまいますわ」
「じゃあ手伝って」
「じゃあ手伝って」
「ぐ……!」
アイラは二人を睨むも、不利を悟ると表情を緩め、ため息をついた。
「分かりました。仕事が終わったら買い物に行きましょう」
「おー」
「ありがとうございます」
「その代わり、仕事を手伝っていただけますか? マスターに伝えて、少し早めに上がれるようにしておきます」
「おー……お?」
「ありがとうござ……え、仕事って?」
アイラは「当然でしょう?」とでも言うように頷いた。
「なにを手伝うのかは、言わなくても分かりますわよね」
「まあ……アレだよな」
トイレを見ながら言う。しかし彼女は首を横に振った。「なにを言っているの? あなたたち」とでも言うように。
「え、違うんですか? アイラさんが受付の仕事をしている間にあたしたちがトイレの掃除をするんじゃないんですか?」
「逆よ、逆」
逆?
「わたくしがトイレ掃除している間にあなたたちが受付の仕事をするの」
「できるわけねーだろ」
どんだけトイレ好きなんだよ、このねーちゃんは。
「じゃあ一緒にトイレ掃除をいたしますか?」
「いたしません……。一緒に受付の仕事するのじゃダメなんですか?」
「そんなことしたらトイレが」
「トイレよりも受付の仕事をちゃんとした方が良いと思いますけど……。あと無茶振りをしないでください。この世界のことをろくに知らないあたしたちだけで、冒険者ギルドの受付なんてできるはずないですからね」
「でもトイレが」
「アイラさんの仕事は受付でしょ」
「いえわたくしの仕事はトイレ掃除」
「受付」
「トイレ」
そっと
「お、片付けてくれたのかい」
「ああ。で、クローディア……さん。お茶、貰えるか? 二つ」
「冷たいのなら、ちょっと待ち」
クローディアからお茶の入ったコップを受け取り、それを持って席に戻る。
「受付」
「トイレ」
「受付」
「トイレ」
「受付……?」
「トイレ……?」
突然、二人はなにかに気付いたように見つめ合った。そうだ、なんで今まで気付かなかったんだろう、あたしたちはどうして争っていたのだろう、みたいな。
「トイレで受付すればいいんだ!」
「その手がありましたわ!」
「
二人の頭にコップのお茶をぶち撒ける。
「ぎゃああああああああ! ゴキブリ! なにをする!」
「お前こそ、この栗毛変態脳内トイレ女に汚染されてるんじゃない! トイレで受付ってなんだよ! なんの受付する気だよ!」
「ちょ、誰が栗毛変態脳内トイレですか! わたくしにはアイラという名前が!」
「やまかしい! 同じだ同じ! 同じ意味!」
三人がわーわーぎゃーぎゃーやっていると、いつの間にか、近くに白髪混じりの男──ケルヴィンが立っていた。
三人が同時に喋るのを止める。三人が同時に彼の顔を見る。そして三人が同時に表情を凍らせる。
彼は笑顔だった。でも笑ってはいない。
「楽しそうだねぇ、アイラ。新人クンたちも。ただちょっと迷惑だと……思いませんか?」
「ケルヴィンさん、すみません。俺、雑巾借りてくるよ」
「テーブル拭くための布巾も借りれないかな?」
「一緒に行くか?」
「うん」
「じゃあ、わたくしはトイレを……」
「その空気を読まないスタンスはむしろ褒めたくなるよ、アイラ。ところで右と左どっちが好きかな?」
「え? よく分かりませんが左で……あだだだだだだだだだ!」
アイラはケルヴィンに耳を引っ張られていた。千切れないか心配なほどの勢いで。
後片付けが終わると、
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