第10話 ツケとお使い

 冒険者ギルドを出て、館に帰ってきた。


 到着するなりミーナはすぐに自室に閉じこもってしまい、ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女も勝手に動き回るわけにもいかず、お互い部屋に戻った。


 昼過ぎになり、ドアがノックされる。昼食かと思い顔を出すと、そこにはミーナではなく女子高生ゆるふわ痴女の顔があった。


「飯?」

「ううん。ミーナさんが出てこないから、お昼ごはんが無くて。お腹減らない?」

「減ったよ。ぺこぺこ」

「一緒にミーナさんを呼ぼう」


 ゴキブリは彼女とともにミーナの部屋に向かう。そして、恐る恐る……だと意味がないので、力強くドアを二回ノックした。


「ふぁーい」

「あの、ミーナさん。お昼ごはんどうしますか?」

「作る気力ない。冒険者ギルドに行ってくれる? 私のツケでなにか食べてきて」

「ミーナさんは?」

「食欲ない……夜は誰かに頼んで作ってもらいますけど」


 適性無しの診断結果がよほどショックだったのだろう。でもまあ、気持ちは分かる。ゴキブリたちを一分一秒でも早く冒険者にする義務があるとか言っていたし。

 ゴキブリたちがしばらく無収入の居候になることも確定したわけだし。


「いえい」

「ゴキブリ。ミーナさん本気でショック受けてるみたいだから、刺激するようなこと言っちゃダメだよ」

「ああ、棍棒は怖いからな」

「…………」


 確かに。


「あ、そうだ! ねえ。アイラさんに協力してもらって、夜ごはん作ってあげよっか? ミーナさんに」

「おお、名案だな。頑張れ」

「あなたもやるの……。ふざけてる場合じゃないでしょ、死ねばいいのに便所虫」

「なんだと、変態革命」

「喧嘩売ってきたのは……うう」


 そのとき女子高生ゆるふわ痴女が、両手でお腹を押さえる仕草をした。

 そうだった。今はとにかく空腹なのだ。


「喧嘩は昼飯の後にするか」

「らじゃ」


 ゴキブリたちは館を出ると、再び冒険者ギルドに向かった。



*****



 二度も通った道だというのに、二人だけで歩くと心細い。知らない人に話しかけられたらどうしようという恐怖もある。

 この時間、朝に比べるとやや活気がなく、道行く人々も慌しさがない。どこもお昼の休憩中なのだろう。おそらく夕方に近づくにつれ、また活気が戻ってくる。


「こっちの道だっけ」

「違うよ、こっちだよ。ゴキブリ、全然覚えてないんだね」

「いやあっちこっち見ながら歩いてたじゃんか。まったく集中してなくて」

「あっちこっち見ながら歩いてたなら道くらい覚えてくれてても良いと思う……。よし、到着!」


 すっかり見慣れた建物の前に到着した。冒険者ギルド。この時間も人の出入りはまあまああるようだ。


「じゃあ行くぞ」

「今までキョドキョドとあたしの後ろ付いて歩いてたくせに、急に自信満々になって前を進むのって恥ずかしくない?」

「ああ。そんな生き様だ」

「そっか」


 入り口のドアを開けて中に入る。朝ほどではないが、賑わっている様子だ。テーブルの間を通り、受付──にアイラがいるはずもないから、真っ直ぐに飲食コーナーに向かう。

 ゴキブリは、女子高生ゆるふわ痴女に頼ってばかりだとさすがに悪いと思い、彼女より先に係の女性に話しかけようとした。でも女子高生ゆるふわ痴女ゴキブリを制して前に出る。


 彼女は人に任せて失敗するより、自分が苦労してでも成功する方を選ぶ性格のようだ。ここでトラブルになると昼飯が無くなるということも良く理解している。


「あの、クローディアさん、でしたっけ」

「はいよ。あ、ミーナさんの連れの子たちか。なにか用かい?」

「ミーナさんにで食べてきてと言われたのですが、そんなことってできるんですか?」

「ミーナさんのツケね……。彼女は市の職員だし、まあ信用はするけど」

「ありがとうございます。一番安いもので良いのでいただけると」

「若いんだし、遠慮せずたくさん食べな。あ、そうだ。ツケの条件ってわけじゃないけど、一つ仕事をしてくれるかい?」

「はい? あたしたちにできることなら」

「アイラのアホが飲まず食わすでトイレ掃除してるから……連れ出してきて、一緒に昼飯食べな」

「…………」


 なにが彼女アイラをそこまで駆り立てるのだろうか。


「日替わりパスタ三人前。承っておくから、さあ行っておいで」

「ありがとうございます」


 そしてゴキブリたちは、冒険者ギルドの魔境(?)、トイレへと向かう。


「…………」


 トイレに行くために、まず部屋の隅にある扉を開けた。その先には短い廊下があり、個室のトイレが三つ並んでいる。

 この街の水道設備がかなり発達していることは、個室トイレと洗面台の様子から見てとれた。そしてこの場所においては、それ以外のものは不要である。たとえば祭壇とか。


「まだまだ白くなれますわ。磨けば磨くほど美しく、さあさあ白く白く白くなりなさい。どんどん白く……む、便所虫の気配!」


 個室の一つを占拠している祭壇は無視し、ゴキブリたちは便座を磨いているアイラの背後に立っていた。彼女はすぐに察知し(足音を消していたわけじゃないから、気付くのは当然である)、振り返ってゴキブリたちを見る。


「あら、あなたたちは。ミーナの」

「こんちっす」

「ええ、こんにちは……えっと、なにか御用かしら?」


 警戒からか、近くにあるモップを手に取る彼女。トイレで客に会ってモップを構える受付嬢ってなんなんだろう。


「アイラさん。あたしたちクローディアさんに頼まれて……」

「あ、まさかトイレを使うつもり? こんなに美しく輝いているトイレ様を汚物で汚すおつもりですか! そんなこと、神と悪魔とギルド長が許しても、このわたくしが許しませんわ!」

「いや、俺たちは」

「どいつもこいつも朝から晩までトイレ様を汚しやがって、おかげで掃除しても掃除してもすぐに汚くなる」

「あのー、アイラさん」

「ギルド長に抗議しても聞く耳持たないですし。もういっそ壁で入口を塞いでしまおうかしら」


 それはもうトイレではない。


「それで? あなたたちはなあに? これ以上掃除の邪魔をするなら、このモップで顔を掃除して差し上げますわよ」


 聞く耳持たずの彼女に、女子高生ゆるふわ痴女は落ち着いた口調で言った。


「そんなことするなら、ここでお漏らしするよ、あたし」

「!」

「!!」


 アイラが一歩下がり、ゴキブリは三歩下がった。


「や、やめなさい。そこはトイレ様とトイレ様を結ぶ大切な通路ですわ。それを尿で汚すなんて、ああ、トイレ様が怖がっている……わたくしが守らねば……」

「どうする、俺。JK女子高生の失禁シーンってどうなんだ? エロいのか? エロくないのか? エロそうだけど、んなもん見てなにが嬉しいのか」

「それが嫌なら、大人しくこの場所を離れていただけますか? あ、その前に手を洗って。それからあたしたちと一緒にお昼ごはんを食べてください」


 女子高生ゆるふわ痴女の気迫に押されたのか、アイラはさらに一歩後退した。モップの先が下がり、交戦ムードが少し緩む。


「ち、なかなかやりますわね。でもまあ、そういえばお腹が減ったというか空腹で死にそうな気もしなくもないですし、あなたの言葉に従っても構いませんわ」


 一方、ゴキブリは独り言を続けていた。


「でも貴重な経験かもしれないな。将来自慢できるかもしれないし。もしエロかったらラッキーだしな。そうだ、いつでもどこでも男子たるもの発情せねば」


 アイラは女子高生ゆるふわ痴女の隣に立つ。二対一から一対二の構図に変わっていたが、ゴキブリは特に気にもせず、彼女たちに想いを伝えた。


「よし、ゆるふわ痴女。結論が出た。今すぐそこで漏らせ。その姿を俺に見せるんだ」

「アイラさん……。この人、痴漢です」

「そのようですわね……死ねばいいのに便所虫!」


 その後、ゴキブリは汚れたモップで顔を丁寧に掃除されることになった。トイレ様、見てないでタスケテ……。

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