第9話 適性試験

「装置の故障ですかね……?」


 テトラは言った。装置から出力された紙のレポートを読みながら、首を傾げている。


「ん、普通じゃない数字が出ていたのかな? それは故障じゃないよ。何故なら彼女たちは異世界から召喚された特別な戦士だ。そこらにいる冒険者と比べたら可哀想だよ。さて、レポートを見せてごらん。驚くようなことはないはずだ。少なくとも私は驚かないよ。自分で言うのもアレだが人生経験は豊富な方でね……なんじゃこりゃ」


 人生経験豊富なギルドマスターが目を真ん丸して驚いていた。怖々と、女子高生ゆるふわ痴女が理由を尋ねる。


「どう……したんですか?」

「ん、いや、これはたぶん……装置の故障だな。テトラが本棚にしていたから壊れたんだ」

「えー、私のせい?」

「テトラ。倉庫部屋に簡易測定機器があっただろ。ピピッと鳴るやつ。あれを持ってきなさい」

「はーい」


 テトラが部屋を出る。ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は首を傾げながら、彼女が戻ってくるのを待つ。



*****



「済まないね。さあ、再測定だ。この機器は精度が低いが、戦士向きか魔道士向きかぐらいなら適性を判別できる」


 テトラが持ってきたのは、小型の──日本にあったもので言うとバーコードの読み取り機みたいな、あるいはドライヤーみたいな、そんな機器だった。

 ケルヴィンはそれを持つと、女子高生ゆるふわ痴女の額に近づけた。そして数秒後、ピピッと音がして、機器の側面に文字の羅列が浮かんだ。


「嘘……ですよね。ギルド長」

「いや、これも故障……いやいや。さすがにあり得ない」

「あの、どうしたんですか?」

「…………」


 ケルヴィンもテトラも答えない。ただケルヴィンはさきほどのレポートを手に取ると、無言で女子高生ゆるふわ痴女に渡した。


「わ、なんか数字のゼロがたくさん並んでる」

「それはだね……魔力の大きさを示す。ゼロが並んでいる、いや、すべてゼロということはだね、君にはなんの適性も無いということだ」

「そうなんですか。適性が無い……ふむ」


 女子高生ゆるふわ痴女は特に驚きもせず、頷いていた。


「どうやら装置は壊れてなかったようだし、そちらの青年も測定しようか……嫌な予感がするが」


 ゴキブリもなんとなく結果が読めていた。ケルヴィンたちのリアクションを見る限り、それがなのだということも理解している。


「じゃあ、ゴキブリさんでしたっけ。こちらにどうぞ」

「はい」


 テトラに促されて、個室型の装置に入る。椅子に座り、ケルヴィンたちのため息が聞こえるまで待った。



*****



「ミーナさん、終わったよ。アイラはちゃんと仕事していたか?」

「ええ。受付の仕事は全部片付けて、トイレ掃除しています」


 測定が終わり、ゴキブリたちは受付のある部屋に戻ってきた。ほとんどの冒険者はすでに出立してしまったらしく、テーブル席はほぼすべて空いている状況である。


「適性試験の結果はどうでしたか?」

「レポートを渡す。その目で見て、あとは考えてください。文句は……召喚した人に言ってください」


 ケルヴィンは紙をミーナに渡すと、そそくさと二階に向かってしまった。


「マスターがあんなに動揺して、一体なにが? まあいいでしょう。私はなにも期待していないし驚くことなんかないし……なんじゃこりゃ」


 ミーナもレポートを見た瞬間、目を真ん丸にして驚いていた。


「ちょっと待って。二人とも……適性無しって、この世界の人間ならあり得ないのだけど」

「そんなに凄いんですか?」

「ええ、凄い。首を切断されて生きているくらいには凄い」

「なんでわざわざ怖い比喩をするの……。それで、あの、やっぱりまずいんですか? 適性無しって」


 ミーナは何度も頷く。うんうん、そうそう、やばいやばい。


「少なくとも冒険者にはなれない。救いなのは……女神の加護が無いだけなので、能力自体が無いわけではないことね。だから生きることくらいはできると思うわ。やれる仕事は限られるけど」

「そうなんですね。じゃあ特に困らない?」

を召喚したはずなのに、事務のお手伝いしかできないような子たちが来てしまって、こっちは困っています」

「あたしたちに言われても」


 その会話を聞いて、ゴキブリは、この世界に来た直後のことを思い出した。


「ミーナ」

「なんですかゴキブリ」

「俺たち、あらゆる女神の加護を受けているんじゃなかったっけ……」 

「そうね。そのはずだった」


 ミーナが下を向く。ため息すら出ないという様子である。


「女神ども、仕事サボりやがって……」

「サボり?」

「そう。あいつら『誰かが良さげな能力を付与してくれるだろうし、自分はなにもしなくて良いよね』って、サボったのでしょう。だからあなたたちは誰からも加護を得ていない」

「そうなのか……」


 ありがちな人災だけど、神様にやられたら堪らないな。


「ゴキブリ、ゆるふわ痴女。そういうわけだから頑張って。なにを頑張ればいいのか私にも分からないけど」


 顔を上げたミーナは、謎の握り拳を眼前に掲げた。そしてゴキブリはこの女性に養ってもらう決意を固める。

 働かない言い訳ができたし!


 

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