第8話 ケルヴィンとテトラ

 アイラは冒険者ギルドのマスターを呼ぶため(あと止血のため)、二階に向かった。その後、彼女は白髪混じりの男性とともにゴキブリの前に現れる。


「初めまして、新人冒険者クン。そしてミーナさん、お久しぶり」

「ええ、お久しぶりです。ケルヴィンさん」

「アイラは仕事に戻ってください。さて、今日は適性試験を受けたいってことだが……待て、アイラ。受付の仕事に戻れと言っているんだ。トイレに向かうんじゃない」

「ケルヴィンさん。私が見張っておきます」

「ミーナさん、面倒かけるね。君たちはこっち。専用の装置があるんだ」


 ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は、男性──ケルヴィンの後に付いて歩く。受付テーブルの裏に回り、扉を開けて奥に進む。そこには意外と大きなスペースがあり、本やら道具やらがそこらじゅうに積まれていた。


「この建物、思った以上に広いですね」


 女子高生ゆるふわ痴女が言う。ケルヴィンはわざわざ足を止めて、壁を指差しながら答える。


「ああ、そうだね。ちなみにこっちは厨房。冒険者ギルドの施設としても、一階だけであと三つは部屋がある。それぞれスタッフもいるよ」

「余計なお世話かもしれませんけど、他にも人がいるなら受付の方を変えた方が……」

「検討中だ。ただ彼女は優秀なんだよ、あれでも……」


 ケルヴィンは悲しげに言った。それからまた歩き始め、厨房とは反対方向の扉を開けて部屋に入る。

 その部屋はさらにごちゃごちゃしていた。


「あ、ギルド長。おはようございます」

「テトラ、適性試験だ。機材の準備はできるか?」

「はい。あ、新人冒険者さんですね。私の方で引き継ぐので、ギルド長は戻って大丈夫ですよ」

「ありがとう。でも暇だし、見届けるよ」

「暇なんですか」


 テトラは身長140センチくらいの小柄な女性である。黒髪を三つ編みにして、メガネをかけている。


「じゃ、お二人さん。そこの椅子……上にあるものは床に置いて……座っていてください」


 ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女は言われるまま、椅子の上に置かれた長方形の物体を床に移動させてから、座った。


「適性試験って、どんなことをするんですか?」

「君たちがなにかするわけじゃないよ。体内の魔力を測定して、どんな職業に向いているのかを調べるだけさ」


 女子高生ゆるふわ痴女がまたケルヴィンに話しかける。彼女はあまり人見知りをしないタイプのようだ。一方、ゴキブリは冗談の通じる相手かどうかを見極めるため、大人しく椅子の上でカサカサとしている。

 いや、座っているだけだし、そんなゴキブリ的な音は出ないが。


「魔力?」

「ああ。どんな人間でも多かれ少なかれ女神様の加護を受けている。それは戦うための力でも、商売するための才能でも、魔力という形で体に留まっている」

「その魔力ってものが無いとどうなるんですか? 商売って、頭を使えばどうにかなると思うんですけど」

「そうだね、確かにどうにかなる。ただ不運で滅茶苦茶になる。安定して仕事を続けるための保険みたいなものだよ、商売の女神は」


 女子高生ゆるふわ痴女が頷く。それから準備しているのか掃除しているのか分からない様子のテトラを見る。

 ケルヴィンはため息。


「テトラ。そんなに時間がかかるものじゃないだろう」

「分かってますよー! でも装置がすっかり本棚になっちゃってて」

「本棚は増やしたはずだが。本はそっちに置くようにしなさい」

「本棚は物置になってて」

「倉庫部屋があるだろう。物はそっちに」

「面倒で」

「…………」


 テトラが片付けしているものは、小さな部屋のような装置である。転移前の世界──日本で駅前にあった証明写真の機械を思い出した。中には椅子があって、座ってなにかをするのだろう。

 今は、その中に大量の本が積まれている。


「終わりそうにないね。お嬢さん、もう少しジジイと話をしますか?」

「ジジイだなんて。お若いですよ、ケルヴィンさん」

「いやいや最近は足腰にガタがきていてね」

「あの……ケルヴィンさんもお座りになられたら? 長そうですし」

「ははは……そうしないで済むように、早く準備を終えて欲しいものだ」


 ケルヴィンの目は笑っていない。


「ギルド長。ジジイなんだから座って待っていて良いですよ」

「…………」


 いや、笑った。にんまりと。


 これはあとで説教するパターンだな。このケルヴィンという男、物腰が柔らかく口調も丁寧だが、たぶん怒らせると怖い。


「…………」

「…………」


 ゴキブリたちは愛想笑いをしながら、ケルヴィンの機嫌がこれ以上悪くならないように祈っていた。



*****



「準備完了! じゃあ、お二方。どちらからでも良いのでこちらに」


 ゴキブリ女子高生ゆるふわ痴女と顔を見合わせる。


「どうぞ」

「え、あたし? ゴキブリ先にやってよ」

「椅子にゴキブリエキス付くぞ」

「あたしがやるとゆるふわ汁が付着するけど……んなもん付くか」


 ツッコミながら彼女が立ち上がった。怖くも無さそうだし、時間をかけて順番を決めるようなものではないと思ったのだろう。

 装置の中の椅子に座る。カーテンが閉められて、テトラが外側からパネルにぽちぽちと入力を始める。


「そういえば名前聞いてませんでしたね」

「ゆるふわ痴女です」

「ぶっ」


 テトラが吹き出しながら、力強くパネルを押した。


「あ! まあいいか。スタート押しちゃったのでそのまましばらくお待ちください……ゆる、ゆる」


 くくくとテトラが声を殺して笑っている。それを見てケルヴィンはテトラに近寄ると、三つ編みの一本を掴み、引っ張る。


「あぐええええ首がああああああ」

「人の名前を笑ってはいけませんよ」

「いや笑いますよ、ゆるふわ痴女って、斬新かつ扇情的なメッセージに笑わないわけには」

「…………」

「ごめんなさい。三つ編みより先に首が千切れそうなので放してください」


 ケルヴィンがで手を放す。おお、彼女の名前を聞いて笑わなかったのはこの人が初めてだ。


「凄いですね。彼女の名前を聞いて笑わないなんて」

「ああ、そのくらいのことで動揺していたらギルドマスターは務まらないよ、ゴキブリさん」

「あれ? 俺の名前を知っているってことは、誰かから聞いている?」

「昨日、アイラから報告を受けている」

「じゃあ昨日のうちに笑ったんすね……」

「ぎく」


 笑ったのか、やはり……。


「あ、測定終わったみたいです。結果レポート出力します」


 そして、いよいよ適性試験の結果が明らかになる。

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