第8話 ケルヴィンとテトラ
アイラは冒険者ギルドのマスターを呼ぶため(あと止血のため)、二階に向かった。その後、彼女は白髪混じりの男性とともに
「初めまして、新人冒険者クン。そしてミーナさん、お久しぶり」
「ええ、お久しぶりです。ケルヴィンさん」
「アイラは仕事に戻ってください。さて、今日は適性試験を受けたいってことだが……待て、アイラ。受付の仕事に戻れと言っているんだ。トイレに向かうんじゃない」
「ケルヴィンさん。私が見張っておきます」
「ミーナさん、面倒かけるね。君たちはこっち。専用の装置があるんだ」
「この建物、思った以上に広いですね」
「ああ、そうだね。ちなみにこっちは厨房。冒険者ギルドの施設としても、一階だけであと三つは部屋がある。それぞれスタッフもいるよ」
「余計なお世話かもしれませんけど、他にも人がいるなら受付の方を変えた方が……」
「検討中だ。ただ彼女は優秀なんだよ、あれでも……」
ケルヴィンは悲しげに言った。それからまた歩き始め、厨房とは反対方向の扉を開けて部屋に入る。
その部屋はさらにごちゃごちゃしていた。
「あ、ギルド長。おはようございます」
「テトラ、適性試験だ。機材の準備はできるか?」
「はい。あ、新人冒険者さんですね。私の方で引き継ぐので、ギルド長は戻って大丈夫ですよ」
「ありがとう。でも暇だし、見届けるよ」
「暇なんですか」
テトラは身長140センチくらいの小柄な女性である。黒髪を三つ編みにして、メガネをかけている。
「じゃ、お二人さん。そこの椅子……上にあるものは床に置いて……座っていてください」
「適性試験って、どんなことをするんですか?」
「君たちがなにかするわけじゃないよ。体内の魔力を測定して、どんな職業に向いているのかを調べるだけさ」
いや、座っているだけだし、そんなゴキブリ的な音は出ないが。
「魔力?」
「ああ。どんな人間でも多かれ少なかれ女神様の加護を受けている。それは戦うための力でも、商売するための才能でも、魔力という形で体に留まっている」
「その魔力ってものが無いとどうなるんですか? 商売って、頭を使えばどうにかなると思うんですけど」
「そうだね、確かにどうにかなる。ただ不運で滅茶苦茶になる。安定して仕事を続けるための保険みたいなものだよ、商売の女神は」
ケルヴィンはため息。
「テトラ。そんなに時間がかかるものじゃないだろう」
「分かってますよー! でも装置がすっかり本棚になっちゃってて」
「本棚は増やしたはずだが。本はそっちに置くようにしなさい」
「本棚は物置になってて」
「倉庫部屋があるだろう。物はそっちに」
「面倒で」
「…………」
テトラが片付けしているものは、小さな部屋のような装置である。転移前の世界──日本で駅前にあった証明写真の機械を思い出した。中には椅子があって、座ってなにかをするのだろう。
今は、その中に大量の本が積まれている。
「終わりそうにないね。お嬢さん、もう少しジジイと話をしますか?」
「ジジイだなんて。お若いですよ、ケルヴィンさん」
「いやいや最近は足腰にガタがきていてね」
「あの……ケルヴィンさんもお座りになられたら? 長そうですし」
「ははは……そうしないで済むように、早く準備を終えて欲しいものだ」
ケルヴィンの目は笑っていない。
「ギルド長。ジジイなんだから座って待っていて良いですよ」
「…………」
いや、笑った。にんまりと。
これはあとで説教するパターンだな。このケルヴィンという男、物腰が柔らかく口調も丁寧だが、たぶん怒らせると怖い。
「…………」
「…………」
*****
「準備完了! じゃあ、お二方。どちらからでも良いのでこちらに」
「どうぞ」
「え、あたし? ゴキブリ先にやってよ」
「椅子にゴキブリエキス付くぞ」
「あたしがやるとゆるふわ汁が付着するけど……んなもん付くか」
ツッコミながら彼女が立ち上がった。怖くも無さそうだし、時間をかけて順番を決めるようなものではないと思ったのだろう。
装置の中の椅子に座る。カーテンが閉められて、テトラが外側からパネルにぽちぽちと入力を始める。
「そういえば名前聞いてませんでしたね」
「ゆるふわ痴女です」
「ぶっ」
テトラが吹き出しながら、力強くパネルを押した。
「あ! まあいいか。スタート押しちゃったのでそのまましばらくお待ちください……ゆる、ゆる」
くくくとテトラが声を殺して笑っている。それを見てケルヴィンはテトラに近寄ると、三つ編みの一本を掴み、引っ張る。
「あぐええええ首がああああああ」
「人の名前を笑ってはいけませんよ」
「いや笑いますよ、ゆるふわ痴女って、斬新かつ扇情的なメッセージに笑わないわけには」
「…………」
「ごめんなさい。三つ編みより先に首が千切れそうなので放してください」
ケルヴィンが真顔で手を放す。おお、彼女の名前を聞いて笑わなかったのはこの人が初めてだ。
「凄いですね。彼女の名前を聞いて笑わないなんて」
「ああ、そのくらいのことで動揺していたらギルドマスターは務まらないよ、ゴキブリさん」
「あれ? 俺の名前を知っているってことは、誰かから聞いている?」
「昨日、アイラから報告を受けている」
「じゃあ昨日のうちに笑ったんすね……」
「ぎく」
笑ったのか、やはり……。
「あ、測定終わったみたいです。結果レポート出力します」
そして、いよいよ適性試験の結果が明らかになる。
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