第4話 受付嬢と棍棒

「お邪魔します。あら、アイラは?」

「アイラならトイレ掃除に戻ったよ。あの女、トイレを借りようとすると『汚れるから使うな』って怒るんだよなぁ。あいつ一体なんなんだ」

「私の記憶が正しければ、冒険者ギルドの受付嬢のはずなのだけど……」


 冒険者ギルド。最初にいた館とはだいぶ様子が違っている。石より木を主材料に建てられており、内装は明るい木目調。外観からしてロッジに近く、中は宴会ができそうなほど広い。受付はやや奥まったところにあり、おそらく本来は、さきほど見た人物──アイラがそこにいるはずなのだろう。

 受付手前のスペースにはテーブルが並ぶ。受付とは別に、飲食の承りコーナーがあり、そこにはちゃんと人がいる。

 食事処としても良い雰囲気である。いたるところに貼られた『トイレは綺麗に! 汚す者は便所虫に食われる』という張り紙さえなければ。


「あなたたちはそこで待っていて。私はアイラを呼んできます。トイレにいるみたいだし」


 ミーナがトイレに向かう。その後、猫の喧嘩のような、なにを言っているか分からない声(高音)が建物内に響き、それが数十秒続いた。

 そして突然の沈黙。次に聞こえた音はパタンとドアを閉める音だった。

 右手に棍棒をぶら下げたミーナが、トイレから出てきたのである。

 アイラさん、血塗ちまみれ。


「あ、あれ大丈夫なんです……か?」


 女子高生ゆるふわ痴女が、入口近くの席に座る男性(最初にミーナが話しかけた男性)に聞く。


「あれが大丈夫に見えるなら、病院に行った方がいいな。目と脳のどちらを治すのかは知らんがな」


 ですよねー。


 どん引きするゴキブリたちのことなどお構いなしに、ミーナはアイラをずるずると引きずりながら近寄ってくる。


「お待たせ」

「待つのはいいけど……。なあ、その棍棒、そんなトゲ生えてたっけ」

「ああ、これ? グリップを回転させるとトゲが出る仕組みなのよ」

「…………」


 そのトゲについた血が誰のものなのかは、一目瞭然なので聞かないでおく。


「ほら、アイラ。ちゃんと挨拶しなさい。こちらは運命の女神により導かれこの世界に召喚された、異世界の戦士たちです」

「ううう……」


 アイラがよろよろと立ち上がる。頭部からだらだらと血を流しているが、ちゃんと目も死んでいるので問題ないだろう。(困惑)


「初めまして、アイラと申します。この冒険者ギルドの専任トイレ掃除担当を務めさせていただいております。トイレを綺麗に保つことがわたくしの至上目的であり、存在意義でございます。なので絶対にトイレだけは汚さぬよう、それだけはご注意あそばせ」

「今、あなたの血で汚れちゃったけどね」

「ああああああああああああ!」


 頭部から血を吹き出させながら、アイラが再び倒れた。異様な光景だが、テーブルの客たちは平然と食事を続けている。もしかしてこれがなのだろうか。


「ほら、寝てないで仕事しなさい」

「そうですわ。トイレを掃除しないと……」

「受付嬢だっつってんでしょ」

「…………」


 ミーナに蹴られ、のっそりと立ち上がるアイラ。それから、にっこりと笑顔。(血のせいでホラー)


「ようこそお越しくださいました! 新人冒険者の方ですね! わたくしこの冒険者ギルドで受付を担当しておりますアイラと申します! 新人の方には当方で手厚いサポートをさせていただきます! まずは冒険者登録を!」

「合格よ、アイラ。次は止血してきなさい。床に血溜まりができているし」

「トイレ以外は汚れてもどうでもいいですわ」

「あなたがどう思うかなんて知らないわよ。さっさと止血を」

「こんなの勝手に止まりますわ!」

「その前に体から血液がなくなって死ぬと思うけど……もういい、


 ミーナが手をかざすと、その手から光が放たれた。それがアイラの頭部に触れると、なんと一瞬でぴゅっぴゅしていた出血が止まったのである。


「ゆるふわ痴女。今のは……」

「血糊を使ったトリックだと思う。みんな手品上手だね」


 ミーナががっくりと項垂うなだれる。


「治癒魔法なのだけど……まあいいわ。ほら、アイラ。もう大丈夫でしょう」

「大丈夫かどうかを心配するくらいなら、トゲ付きの棍棒でぶっ叩くのはやめて欲しいところですわね……」


 こきこきと首を回すアイラ嬢。顔色は良くなったが、白かったブラウスが真っ赤に染まっており、凄惨な状況には変わりない。

 でも血糊だろうし、心配は無用だ。


「さて、改めまして、こんにちは。事情はだいたい察しておりますわ。とりあえずよく分からないけど冒険者登録しろって言われているのですわよね?」

「はい」


 察しが良いのは助かる。


「登録料は無料なのでご安心ください。ただ時間は多少いただきますが」

「登録って、なにをするんだ?」

と適性試験です。それを冒険者リストに記録しておけば、他の方からパーティに誘われたり、クエスト依頼を受けることができたり、良いことがたくさんあるのですわ」

「登録しないと?」

「野良の冒険者は処罰の対象になります……。ちなみに商売をする場合は商人ギルドに入る必要がありますし、資産も雇い主もない人間がギルドに入らず生きていくのは難しいと思います」


 なかなかの難題である。ギルドというものに属するのは構わないが、『名前登録』をしたくないのである。

 絶対笑われるし。


「ちなみにだが」

「なんでしょう」

「ヒモをやる場合はギルドに入る必要あるのか?」

「ヒモギルドとかあったら絶対に嫌ですわね……。まあ、当てがあるなら勝手にやれって感じ? そして刺されて死ね」

「よし分かった。じゃあここにいる女性たち全員でくじ引きして、当たりを引いた奴は俺を養え」


 ミーナが棍棒を構えた。たぶん大技を繰り出そうとしている。


「と……冗談はともかく。仕方ないな、冒険者登録をするか」

「かしこまりました。そちらの女性も?」


 女子高生ゆるふわ痴女がぎこちなく頷く。彼女も嫌だろう、名前登録が。


「では準備いたしますので、テーブル席にお座りになってしばらくお待ち下さい。お茶はサービスいたします。クローディアさん! 出涸らしでお茶三杯お願い!」


 せめてその台詞は相手に聞こえないように言うべきだと思う。サービス精神というものが1ミリでもあるならば。

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