第3話 お散歩、手品、トイレ掃除担当
白ローブ女ことミーナ女史と会話していた場所は、ライラック市という街の中心部、市庁と併設された館にある一室だった。
日本の都市と比較すれば、とても近代的とは言えない街並みである。だが文明としてかなり高いレベルにあることも分かる。高層マンションはないが、三階建ての建物なら存在する。アスファルトで舗装された道路はないが、道はしっかりと踏み固められていて歩きやすい。自動車はないが、馬車なら往来している。日本でいえば、中世というより、近世といった具合の発展具合だろうか。
「まあ、日本でも田舎なら馬車くらい使っているだろうし。やっぱりここ日本なんじゃないか?」
「いや、さすがに趣味以外で馬車を使ってる人はいないと思うけど……。うーん、少なくとも日本ではないよね。ただ異世界って言われるとぴんとこない」
ミーナの後を歩きながら、会話する二人。
「つーか、ほら。日本語普通に通じてるじゃんか。あのミーナって人にも」
「あ、そういえば」
「そこに疑問を持つと死ぬわよ」
振り返りもせず、ミーナが言った。棍棒をひゅんと振りながら。
「いやだって」
「異世界召喚による矛盾は、女神の加護により取り除かれています。しかしそれでも疑問を抱く者は記憶を失う可能性があります。最悪、死に至る」
「訳。記憶失うまで棍棒でぶん殴るし、その際死ぬかもしれません。それが嫌ならその話題に触れるな」
「その理解で正しい。頭は悪くないようね、死ねばいいのに便所虫」
褒めるのか貶すのか名前を呼ぶのか、どれか一つにして欲しい。
「さて二人とも、あちらをご覧。面白いものが見れそうよ」
ミーナが足を止める。彼女の指差した先に、二人の男が向かい合って立っていた。
たぶん喧嘩をしている。
最初、彼らは掴み合いをしていたが、片方が突き飛ばされて尻餅をついた。そして立っている方の男が蹴りを入れようとする。
ずどぉぉぉん!
しかし蹴ろうとした男が仰け反った。すぐ近くに落ちた落雷に驚いたからである。
「冒険者ギルドの目の前で喧嘩とは。派手な仲裁をご希望のようですわね」
近くに女性が立っている。白いブラウスにロングスカートを身につけ、栗色の髪をポニーテールにしている。
どことなく上品な所作。お嬢様っぽい雰囲気だ。
「誰だお前は!」
「あら、わたくしのことをご存知ない。一応、市の要職に就いている者なのですけれど」
「ま、まさか……この冒険者ギルドのマスターか?」
「惜しいけど違いますわ。わたくし冒険者ギルドの専任トイレ掃除担当、アイラと申します」
彼女は指先に火を灯す。あれはまさか……!
「手品か!」
「手品ね」
「あなたたち。落雷のことも思い出して、それから魔法という言葉を思いついてもらえると私は嬉しいのだけど……いや待って。その前にアイラ、あなたはいつからトイレ掃除担当になったの? 受付嬢でしょう?」
ミーナが言うが、彼女に気付いてもいないアイラ嬢は、さらに指先の炎を大きくさせると、喧嘩している二人を威嚇した。
「ギルドの平和を脅かす者と便所虫は絶対に許さない。モップに変わってお仕置きですわ!」
「びくん」
便所虫というキーワードにびびるゴキブリ氏。それはさておき、喧嘩していた二人はアイラを恐れ、肩を並べて謝り始めた。
一件落着か。
「ふふん、謝るくらいなら喧嘩などしないことですわ」
アイラはそう言うと、近くの建物(おそらく冒険者ギルドという施設)に入っていった。
「手品凄かった」
「うん。火はバーナーとか使ったとして、落雷はどうやったのかな」
「うーん。簡単にトリックが分かったら手品にならないからね」
「頭痛いのか? 片頭痛?」
「いえ、あなたたちは悪くないわ。悪いのはポンコツ……じゃなかった、運命の女神なのよ。よくもまあこんなにも異世界召喚に適さない人間を選んだものかと」
「預言者自ら神を侮辱?」
「私がそんなことするはずがないでしょう。頭割るわよ」
理不尽なことを言いながら棍棒を構えるミーナ。
「あたしを盾にしないでよ」
「ゆるふわバリアー」
「殺虫剤飲ませるよ?」
「それゴキブリじゃなくても死ぬから」
「あなたたちの教育は後でやることにして。ちょうど良く冒険者ギルドの前に来ているし、冒険者登録をしていこうかしらね?」
ミーナは、アイラが入った建物に向かって歩き出す。
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