第2話 命名、そして旅の目的
「ゴキブリ」
白ローブ女は、そう言った。アナウンサーのような滑舌の良さで、はっきりと。
「これがあなたの名前よ」
「却下。いや分かるだろ、その極めて不快な生き物。名前には不適切だ」
「私はこの言葉を存じ上げませんが……ええ、存じ上げぬとも。おそらく命名の女神様は、深い意味を込めてこの名に決めてくださったのでしょう」
「不快意味しかこもってないだろ。絶対やだよ。絶対却下。命名の女神、ネーミングセンスない」
「黙れ」
白ローブ女が棍棒を横に薙いだ。ブォンと言う音とともに、鼻先にじんと痛みが走る。
今回はかすっただけ。でも当てられたら洒落にならないのは良く分かった。
「さて、ゴキブリよ。命名の女神様は、なんと特例で家名までも授けて下さいました」
「嫌な予感しかしないのだけど」
「神を信じなさい。それでは家名は」
心の準備をする間もない。さらりと彼女は告げる。
死ねばいいのに便所虫。
「ぷっ」
女子高生が吹き出した。それを見て、白ローブ女も吹き出す。
「え、今のが家名?」
「素晴らしい……すぅはぁ。素晴らしい名前ね……ぐ」
「間違いなく意味分かってるよな? その上で笑ってるよな」
「私が女神様より賜った名前を笑うことなどあるはずがないでしょう。あまり侮辱すると死ぬことになるわよ? ゴキブリ=シネバイイノニベンジョムシ……ぶは」
いやお前が死ねよ、どう考えても侮辱してるのもお前だし!
「ひぃ、ひぃ、ゴキブリ、ひぃ」
一方、女子高生は笑いを堪えながら、いや堪えきれずに呼吸困難に陥っている。
「おい、白ローブ女! 笑ってないでこの女の子の名前も教えろよ!」
「私の名は『白ローブ女』じゃないわ。ミーナという名があります。預言者という、神の言葉を賜る職務に就いております」
「はいはい。で、この女の子の名前は? まさかそっちだけ普通ってことはないよな?」
「またあなたは神を侮辱するようなことを……。ええ、でもまあ伝えるのが早いでしょう。それではその女性についても名を授けます」
笑っていた女子高生の動きが止まる。この状況で良い予感はしないだろう。そしてその勘は間違いなく正しい。
白ローブ女──ミーナは言った。
「ゆるふわ痴女」
「ぐっ」
ミーナの言葉に、
「家名は……変態革命」
「ぶわっはっはっは!」
とても堪えきれず、
「あなた、また笑いますか。神を侮辱したら許さぬと何度言えば」
「ゆるふわ痴女変態革命の爆誕である。なんと素晴らしいことか。本日をゆるふわ痴女変態革命記念日と定め毎年祝おう」
「ぶぉふ」
真顔を保っていたミーナの口から大量の空気が漏れる。
「記念日には、みんなでゆるふわ痴女の格好をしながらパレードを」
「ぐぼ」
半泣きの表情だったゆるふわ痴女本人が吹き出していた。その後、彼女は鬼の形相になり
「そんなに茶化さないでよ! ゴキブリのくせに!」
「先に笑ったのはそっちだろ!」
「あなたの名前はいいでしょ! いずれ慣れる……いや慣れないか。ゴキブリとか絶対無理だ」
「黙れゆるふわ!」
「ゴキブリ。短縮して名を呼ぶことは神が許さないわ。ちゃんとゆるふわ痴女と呼びなさい。彼女はゆるふわ痴女なのよ。そもそもゆるふわ痴女ってなんなのよ」
「知らねえしお前が俺らに聞くんじゃねえ! つーか命名の女神に聞けばいいだろ!」
「女神様ご本人に聞くだなんて、その場で大爆笑してしまうに決まっているでしょう。そんなことも分からないだなんて、なんて想像力の欠けた御仁でしょうか」
それこそ知らねえ。
「はあ、まあいい。で、ミーナ」
「呼び捨てなど許していないのだけど」
「ミーナ。名前を変える方法ってあるのか? いや無いと答えるのは知っている。その上での質問だ」
「呼び捨てするなと……後にしましょう。そうね、たとえば女神に直談判して了承を得ることができれば、可能でしょう」
「なるほど」
「ただし、女神に勝たないと交渉は成功しないでしょうね。つまり不可能」
「なるほど」
「聞いたか?」
「はい、聞きました」
「俺たちの目的は決まったな」
「はい、決まりましたね」
ミーナだけが首を傾げる。
「あなたたち、なにを?」
「俺は命名の女神を倒して、改名する!」
「あたしはゆるふわ痴女世界選手権で優勝……じゃなかった。命名の女神を倒して、改名する!」
ミーナは吹き出して、追って
女子高生。大事な場面でパワーワードを繰り出すんじゃない。ほら、ミーナも笑っちゃって「女神を倒すだなんて、そんな不遜は許さないわ」とか言うべきところなのに言えなくなっちゃってるし。
ただとりあえず、異世界っぽいところに放り出されたゴキブリ&ゆるふわ痴女に、旅の目的ができたのは確かなようだった。
ゴキブリの名で死ぬわけにはいかない。
「ところで、元の世界に帰る方法ってないの?」
最後に、
「そんな技術力、私たちにあるわけないじゃないの」
そして想定通りの回答が返ってきた。いや技術力がないとかは知らないし、誇られても困るけど。
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