91.『違和感』


 違和感の正体は、単純なものだった。

 『最近疲れやすくなった』というのは、レベルが下がったせいだろう。


 なぜ俺がその結論に行き着いたかと言えば、まずアスモデウスのことだ。

 俺は奴のレベルを100奪い、実力差を逆転させて勝利した。


 その際、アスモデウスにレベルを奪われた自覚はなかったように記憶している。

 レベルを失うというのは、気づかないままに自分の限界値を下げられることに等しい。


 次に思い出したのは、バエルが創った素体.46のことだ。

 俺は奴のレベルを奪い続け、最終的には消滅した。

 しかし、この村の失われた民とは違い、俺にもルリにも奴の記憶はあるが……少しばかり、条件が違うのかもしれない。


 ただ、理由付けするならば、あの場所がこの世界とはズレた場所にあったから――なんてのも、一応考えられる。


 最後に、俺の『レベル分配』が覚醒した日のことだ。

 眠ってるうちにレベルが200近くも上がって目が覚めた俺は、妙に体が軽く感じた記憶がある。

 レベルが上がって体が軽くなるのだから、そりゃレベルが下がれば体は重くなるだろう。


 つまり、やはり答えは俺の中にあったのだ。

 俺がもっと早く気付くべきだった。


「ごめん、タマユラ。俺のせいで無理させちゃって」


「いえ、いいのです。むしろ、さすがはヒスイです」


 そう微笑むタマユラは、どこか力がないように見えた。

 やっぱり、疲れは溜まっていたようだ。

 

「後は俺が何とかしてみるから、タマユラは馬車で休んでてよ。戦闘になったら力を借りると思うけど……」


「ですが、原因がわかってもそれを解決する手段はわかっていません。ヒスイばかりに無理をさせるのも……」


「いや、たしかに根本の解決策はわからないけど……先延ばしにする方法ならあるから、今は休もう」


「そうですか。わかりました、ではお言葉に甘えて先に失礼します」


 この村の民のレベルを奪っているのがスキルだとしたら、それを食い止めるには術者を倒すほかないだろう。


 【神域結界陣】がどこまで効果を発揮してくれるかはわからないが、少なくとも現状を打破してくれるものではなく、時間稼ぎにしかならない。

 あるいは、【神域結界陣】の発動前から対象を蝕んでいた悪意からは守れない可能性もある。


 そいつが誰で、どこにいるのか。

 それがわからない以上、いかに原因を突き止めても解決するのは不可能。


 いや、あの黒柱を破壊すれば進行が止まる可能性もあるにはある。

 ここまでくれば、少なくとも黒柱を媒介にした呪いのような形でスキルを発動させていることは予想はつくが、しかし術式も役割も不明瞭な段階で破壊するのは得策とは言えない。


 だから、進行を遅らせる手段でもない限り、結局は当てもなく闇雲に術者を探すしかない――のだが、偶然と言うべきか、必然と言うべきか、俺にはその進行を遅らせる手段がある。


 そう、『レベル分配』だ。

 その『レベル奪い』がどの程度の早さで蝕んでくるのかは知らないが、村民の数は精々18人。

 ひとりあたり10程度のレベルを分け与えれば、しばらくの間はレベルが0になってしまうことはないはずだ。


 所詮は先延ばし。

 だけど、先延ばしできるのはかなり大きい。


 村民からしても、ずっと原因不明の恐怖に苛まれ続けるよりよっぽど楽になるだろう。


 そして、事が計画通りに運んでいないと気付けば、奴らはきっとこの場所にくる。

 『魔王軍』がノコノコと現れたならば、俺たちで倒せばいい。


「だから今俺に出来ることは、村民全員にレベルを分配することと……待つこと」


 正直、不安がないわけではない。

 レベルに余裕があるかと言われれば未だそんなことはないし、ここでレベルを分配したことで魔王に及ばなくなる可能性だってある。


 だけど、ここで村民を見捨てる選択を取る事も、俺にはできないのだ。

 現実と効率だけを見たら、ここでリスクを負って村民を助けるより、魔王戦のために力を貯めておいた方がいいのだろうが――結局、目の前の悪意から助けられる人がいるなら、助けるしかない。


 噛み砕いていえば、自分が後悔しない選択を取りたい。

 小狡い俺は、そんな自分勝手な性格を『S級の信念』と呼んだ。


 だけど、最近になって思う。

 それで、救われる人と救われる自分の心があるなら、最適解なのではないかと。


 そう、それでいいのだ。

 自分の本心がどこにあろうと、それをねじ曲げることなど自分にさえできないのだから。


「さて、と……」


 目線を空中から少しずらすと、ひとりの男性と目が合う。

 俺とタマユラの会話を聞いていた彼だが、それで全てを察せというのは無責任だろう。


「全ての原因がわかりました。いや、全てではないけど、あなたの不調の原因はわかりました。レベルが奪われているんです。今あなたのレベルは6で、これが0になると恐らく存在が消えてしまうんだと思います」


「レベルが……そんなことが、できるのでしょうか」


「できるんです。少なくとも、この世界にそれができる者が2人はいるようです」


 俺と、この惨状を招いた立役者だ。

 魔王軍の力量次第では、もしかしたら3人や4人になるかもしれないが。


「でも、安心してください。俺のスキルで、皆さんのレベルを上げます。直接解決はできないかもしれませんが、死ぬ気で抗って、術者を見つけて、ボコボコにしますから」


「……本当に、なんとお礼を申し上げればいいのか」


「気にしないでください。半分は自分のためですから」


 ひとまず、目の前の男性に俺のレベルを10ばかし付与する。

 今となってはルリとタマユラも勝手にレベルが上がっていくので、『分配』を使うのは久しぶりに感じるが、一番付き合いの長いスキルだ。感覚を忘れることなどない。


 この瞬間、俺のレベルは間違いなくこの男性に移った。

 それと同時に、ほんの少し、その目に生気が宿った気がした。


「俺は今から村長のところに行ってきます。また村の皆さんを呼ぶことになると思いますが、それまで休んでてください。急にレベルが上がって、体の動き方とか違和感あると思うので」


「……心からの感謝を。我らが救世主」


 慣れない呼ばれ方に少しこそばゆくなりながらも、光明が見えたことへの微かな喜びを噛み締めて、俺は走り出した。

 まだ喜んでる場合ではない。解決の糸口の糸口が見つかった程度だが、それでも3日間の停滞の末やっと射した光だ。

 

 きっと、上手くいく。



 ドクンと、心臓が跳ねるような感覚があった。

 言葉通りの意味ではなく、なんとなく何かが引っかかるような、心が何かを知らせたがっているような、そんな曖昧な違和感だ。


「――なんだ?」


 立ち止まって後ろを振り返ってみるも、当然そこには何もない。そもそも背後に違和感があるわけでもない。

 目に映っている景色の中に違和感の正体はなかったから、それを見つけるためにとりあえず後ろを見ただけだ。


 もちろん、無駄な動作に終わったが。


「まぁいいか。急がなきゃいけないんだ」


 そう、立ち止まっている場合ではないのだ。

 俺は急がなきゃいけない。

 急いで、急いで、急がないと――。


「あれ?」


 ――そういえば、




「――俺、なんで急いでたんだっけ?」

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