90.『奴らの目的は』
3日が経った。
手がかりとなるものは、未だ見つかっていない。
しかし、被害が拡大しているようなこともない。
現時点での村民は18人、大丈夫だ。
気付かないうちに誰かが消えてたり……なんてことも、今のところはないらしい。
相変わらず、村の男はすぐに息切れを起こすらしいし、人々の恐怖を拭い去ってあげることもできていないが、大丈夫だ。
俺が何とかする。出来なければ、俺は――いや、いい。
何とかするのだ。絶対に。
今まで倒した『魔王軍七星』の数は3人。
『七星』が人数を表しているのならまだ半分にも満たないが、魔王との決戦は遠い未来じゃない。
現に、既に一度魔王と相対したことがあるのだ。
あの時は魔王どころか、バエルの眷属を倒すことで精一杯だったが、今は違う。
きっと、その時は近い。
魔王討伐を志すなら、こんなところで躓いている場合では無いのだ。
「――――」
「……ヒスイ。肩に力入りすぎ」
ふと、背後に気配を感じて振り向くと、困った顔をした美少女が目に入る。
「……ルリか」
気配の正体が見知った可愛い顔だったからよかったものの、これが魔王だったら俺は既にこの世にいないだろう。
気を抜いていたつもりはないが、考え事に脳ミソを使いすぎていたらしい。
俺は、されるがままに肩を揉まれながらそんなことを考えていた。
「……無理しないで。どうせ考えても答えなんて出ないたぐいの問題だから」
「そうだなぁ……でも、考えて考えて、これ以上考えても答えは出ない、ってところまでは考えなきゃいけないと思うんだよ。考えてわからないとも限らないし」
「……たしかに。ちょっと軽薄だった。ごめん」
「いや、ルリが謝る必要はないんだけどね」
そもそも、ルリの言っていることも最もだ。
ただひたすらに考えて、考えて、考えて、考えて――それで、明確な答えが出ることの方が少ない。
流されるように、といえば聞こえは悪いが――俺たち冒険者は、目の前で起こっている問題を解決する方が向いている。
自分から問題を探すのは、正直なところ本職ではないのだ。
「……じゃあ、発想を変えてみたら?」
「発想を?」
「……普通に考えても答えが出ないってことは、普通に考えてちゃダメ、とか。発想の転換」
「発想の、転換……」
ルリの言葉を復唱し、それが存外しっくりくることに気付く。
普通に考えてもダメなら、普通に考えなければいいじゃない。
なるほど、柔軟な発想とはこのことか。
それにしてもあまりに抽象的な会話が続いたので、改めて現状に当てはめてみることにする。
まず、今回の件に魔王軍が絡んでいることはほぼ間違いがないだろう。
今まで何事も無かったところに、わかりやすい悪意が降り注いだともなれば、それ以外に考えようがない。
そして、その手段だが。
スキルを使っている……というのも、ほぼ間違いはないはずだ。
ならば何に悩んでいるのかといえば、その術者の正体と、目的。それからスキルの詳細な能力だ。
それがわからなければ、防ぐことも解決することもできない。
というのが、3日前から変わらない現状なのだが――。
「目的なんて、なかった……?」
「……それはまた突飛。なんでそう思ったの?」
「あ、いや、逆転の発想を狙いすぎて根拠はあんまりないんだけど……」
しかし、思い返してみると。
バエルがセドニーを襲ったのはなぜだった?
街の人間を攫い、醜悪なモンスターに作り替えたのは?
アスモデウスが、あの荒原に現れたのはなぜだ?
ラボラス……はルリが一瞬で倒してきたからわからないが、それ以外の『魔王軍七星』は。
奴らの、本当の目的は。
「――俺、か?」
「……え?」
魔王軍は、魔王は、俺を狙っていたように思う。
バエルの悪事は奴の趣味としても、セドニーに現れたのは俺を引き込むためだったのではないか。
アスモデウスは、間違いなく俺を狙っていると言った。
まぁそれは実際のところ、奴が用意した【バーミリオン・ベビー】を倒した者を追ってきていたようだが――そいつは、おあつらえ向きに俺の通り道に現れた。
――悪神は、俺を中心に世界が回っていると言った。
「――俺が、魔王軍を引き寄せているのか」
「……ヒスイ?」
その全てを馬鹿正直に信じれば、導き出せる答えはひとつある。
それは、
「俺の持ってる手札に答えがある、のかもしれない」
もし。もしだ。
悪神の言ったことを全て信じるならば、魔王は俺が倒す筋書きになっているらしい。
ということは、だ。
俺が乗り越えられない試練も、存在しないということになる。
もちろん、あの悪神の言葉を盲信するわけじゃない。
いつだって疑ってかかるし、『あなたは神を信じますか?』の問いには全力で『いいえ』と答えるだろう。
だけど、もう散々あの悪神に悩まされてきたのだ。
だったら一回くらい、利用させてもらってもいいのではないか。
そう――この異変は、俺に解決できるものになっている。
今回だけ、そう信じると決めた。
「ルリ、俺の印象ってどんなのかな?」
「……え。ね、寝顔がかわいくて、実は小石に躓くくらいおっちょこちょいなところもかわいくて、でも手はゴツゴツしてておっきいのがかっこよくて……」
「あ、違くて違くて! なんで俺、急に辱められてんの!?」
「……言ってる方も恥ずかしいんだけど」
「ごめん、ちょっと言葉が足りなかった。俺の……能力とか、特徴とか、主に戦闘的な部分で」
真っ向から惚気られるのも悪い気はしないが、今は二人して頬を赤らめている場合ではない。
話の方向性に軌道修正をかけ、もう一度答えを聞くに、
「……剣士のくせに私よりすごい魔法使えてムカつく」
「へぇ、ムカつ……え、ムカつくの? あれ、俺、ルリにムカつかれてたの? やべぇ、倦怠期かもわからん」
「……冗談。でも、ヒスイの魔法は本当にすごい。あとは、剣技もすごいけど……その強さの本質は、やっぱり際限なく上がるレベルだと思う」
ということらしい。
しかし、こうして整理してみれば単純なことだし、わかりきってもいた。
結局のところ、俺が強くなったのはレベルが上がったからだし、魔法や剣技もレベル由来のものだ。
一見、俺の手札は多いように思えるが、その本質は『レベル』という部分のみに行き着く。
ならば今回も、きっとそれが重要なのだろう。
いつものように。
「レベル、レベルか……」
まぁだからといって、突然革新的なひらめきが脳裏をよぎることもなく、考えは宙を舞っている。
しかし……なにか引っかかる。
大事な何かを見落としているような、答えを見逃しているような。
その違和感の正体がわからず、もどかしさの中で頭をフル回転させるも、むしろドツボにハマっている気がする。
いや、こういう時こそ発想の転換だ。
何がおかしいのか考えるのではなく、以前同じような感覚がなかったか思い返すのだ。
そう、例えばバエルの時、アスモデウスの時――。
「――あ」
「……何かわかった?」
「わかった……わかったぞルリ! 村に戻ろう!」
「……一応、説明して欲しいんだけど」
「レベルだよ、レベルが原因かもしれない!」
まだ確信があるわけではない。
だが、もしかしたら。
俺は馬車から飛び降り、村へ駆け出した。
■
村は、3日前と寸分も変わりなかった。
活気もなければ、怒鳴り声のひとつも聞こえない。
こうしてじわじわと弱り、消えていく運命にあるのだとすれば、心が痛む。
「――タマユラ」
「――っ、ヒスイ。すみません、やはり原因はなにも……」
「いや、いいんだ。というか、俺が気付かなければいけなかったことかもしれない」
俺たちが馬車で休んでいる間も、タマユラは村民ひとりひとりに声をかけ、話を聞き、原因を探っていた。
気を張りすぎると疲労が溜まってむしろ非効率だとルリに諭されながらも、それを聞き入れることなく昼夜走り回っていたのだ。
しかし、タマユラのことだ。
いざという時に戦闘ができないほど疲れを溜めることなどないだろう。
その証拠に、その目にはクマひとつない。自己管理の鬼である。
そんなタマユラを横目に、俺は村民のひとりと向き合っていた。
最近、仕事中に息が切れると、体力の低下を訴えていた男性だ。
例によって、思うように身体が動かずに休んでいるらしい。
「すみません、ひとつ尋ねたいんですが、いいですか?」
「――冒険者様。ええ、座りながらですみませんが……」
「ああ、お気になさらず。ご自身のレベルを最後に確認した時、いくつだったか覚えていますか?」
そう問いながら、魔力を込め、スキルを使う。
邪魔だからと最近は切っていた、パッシブスキルだ。
「レベル……ですか。もう私くらいの年齢になると、自然にレベルが上がることはないので……最後にステータスを確認したのは2年ほど前ですが……」
「その時は、いくつでしたか?」
『レベル可視化』――今俺の目には、この人のレベルが映っている。
「そうですね、確か――」
しっかり、『レベル6』と。
「――『レベル13』、でした」
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
こんなにも、俺への当てつけのために用意されたような試練だったというのに。
なぜ予想していなかったのだろう。
あのクソ神が、こんなわかりやすい展開を用意しないはずがないのに。
――俺以外にも、他人のレベルを操るものがいるらしい。
それも、おぞましいほど悪意に塗れたものが。
ぞくりと、背筋に冷たいものが走った。
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