89.『ヤマを張る』


 そこにいたはずの人が、煙のように消えてしまう。

 

 そんな現象に前例があるのかと問われれば、全くないとも言えなかったりするのだ。

 詳細までは覚えていないが、前のパーティにいた頃に、酒場で知り合った冒険者が同じような話をしていたと記憶している――のだが。


「冒険者の中では、ありがちな怪談みたいですね。自分たちは4人パーティなのに、何故かもう1人いたような気がする……なんて錯覚を起こしたりとか」


「……それ、聞いたことある」


 タマユラの話に、ルリも乗っかる。

 俺も、似たような話は聞いたことがある。


 だけど、どこまでいってもそれは怪談に過ぎない。

 今回の村のように目に見えた実害が出たケースなど、少なくとも俺は知らない。


「しかも、周りの人たちの記憶まで改竄するなんて……そんなこと、ありえるのかな?」


「そうですね……正直、ヒスイが出来ないなら不可能だと断定してしまいたいくらいですが」


「それはさすがに……」


 確かに『戦闘力』という指標で言えば、俺よりも強い可能性がある者なんて今のところ魔王くらいのものだが――使えるスキルや魔法の数で言えば、まぁ多いにしろ全てを扱えるわけではない。


 現に、ルリに使えて俺には使えない魔法だって存在するのだから。


「そこんとこ、魔法の専門家たるルリさんはどういった見解で?」


「……相手の記憶に干渉するのは不可能じゃない」


「そうなのか――ならやっぱり」


 それを聞いて安直な結論を出しかけた俺を、「最後まで聞け」と言わんばかりにチョップして静止するルリ。


「……でも、万能じゃない。一人の記憶を消すのに、大規模な魔法陣と長い詠唱がいる。今回のはたくさんの人の記憶が同時に消えてるわけだから……やっぱり現実的じゃないと思う」


「……そっか、じゃあやっぱり魔法ではない、と」


「……それに、全ての記憶を消すことは出来ても、一部だけを狙って消すのは魔法じゃ無理だと思う」


 魔法では不可能。

 ならば結論としては、やはり。


「スキルか」


「でしょうね……人の数だけ、スキルの可能性というものはあります。ここまで強力なスキルがあるなんて、想像もしたくありませんが……」


 厄介なんてものではない。

 人の記憶を細かくいじれるなんて――あれ。

 違うな、本質はそこじゃない。


「人を消す、っていう方がヤバいよね」


「もちろん、そうですね。人を存在ごと抹消する――なんて、どうやって勝てばいいのかまるでわかりません」


「……しかも、術者がどこにいるのかすら掴めてない」


 これはつまり、想像よりも遥かにとてつもない強敵が、あの村に潜んでいるということだ。

 迂闊に動けば、俺たち3人のうち誰かが消え去ってしまうという可能性すらある。


 そうなる前に、なにか手がかりを見つけなければならない。

 手がかり、手がかり――。


「――消えた人間に共通点はあるのかな?」


「消えてしまっては、確かめようもありませんね……ですが」


「……消えてない人の共通点なら、確かめられる」


「そうか! 賢いな、ルリは!」


「えっ、私も思いついていたのに……」


 そう言って、少し大袈裟にルリを褒めてみる。

 この後、壮絶な戦いが待っていないとも限らない。

 緊張を解すという意味でも、こういうくだらないやりとりはやれるうちにやっておくのがいい。


 さて、残った村人の共通点だが――、


「なんだろうな……男性が多い、とか? いや、偶然女性に会わなかっただけかもしれない。やっぱり、全員集めてもらって確かめるしかないな」


「そうですね。先ほどの村長に頼んでみましょう」


 そういうわけで、俺たちは再び村長の家に戻った。



 村長の家にズラーっと人を並べてもらった結果、気になる点はひとつやふたつに収まらないことが判明した。


「これで全員ですか?」


「今この村に住んでいる者という意味では、そうなる」


 第一に、少なすぎる。

 村の規模を見て受けた印象と、ここに集まった人の数がどうしても一致しないのだ。


「18人、ですか」


 もちろん、元々数百人の規模で人々が生活していたとまでは考えにくい。

 だが、本来であればその倍以上は民がいたとしてもおかしくない――そう、思ったのだが。


「いたのであろう。今となっては、この通りだが」


 神妙な面持ちで静かにそう告げるラウルは、握りしめた両の手を微かに震わせていた。

 それが怒りからくる衝動なのか、嘆きからくるものなのか、はたまた恐怖なのか――それはわからない。


 第二に、そのほぼ全ての人物が高齢であるということ。

 特に、顔に皺以外の深い線が入ったような、歴戦を思わせる鋭い眼光を持ったような、そんな戦士ばかりに思える。


 これは土地柄なのか、はたまた偶然なのか、それとも何か意味があるのか、判断に足りえる決定的なものは残念ながら持ち合わせていない。


 それから、男性が多い――というのは先ほど受けた印象通りだが、女性も皆無というわけではなかった。

 ますます、共通点が見えてこない。


「なにか、わかりましたか?」


「――いえ、すみません」


 俺たちが頭を悩ませていると、集まってもらったうちの一人が声を上げる。

 声からでもその焦燥感を汲み取れるほど、切羽詰まっているようだ。


 いや、そりゃそうか。

 いつ自分が消えてしまうかも分からない恐怖と常に隣り合わせで生きているのだから。


 そう考えれば、早急に解決しなくてはならない。

 これ以上取り零す命があっては、俺たちが来た意味がない。

 そう思い、俺は少々無責任な質問を投げかけた。


「なにか、手がかりになりそうな情報はないですか? なんでもいいんです、例えば人が消えたと感じた時の違和感とか」


「そうは言われても……」


 村民が互いに顔を見合わせながら、その眉をひそめる。

 こんな議題は既に何度も上がったことだろう。

 今さら、この現状に光明を差すような新事実なんて、そう簡単には出てこないことはわかっている。


 それでも、今はたったひとつの情報すら惜しい。

 どんなに些細なことでもいいからと、無理を言って記憶の蓋をこじ開けてもらう。


 すると、村長の中でも比較的若い男性が「そういえば……」と手を挙げた。


「関係のあることかどうかはわかりませんが……」


「構いません。聞かせてください」


「最近、体調が優れないんです」


「体調が?」


 その男性は少し躊躇いながら、恐る恐る言葉を続ける。

 人が消えるという話や、記憶が消えてしまうという話からは逸脱しているような、個人的な話だ。

 躊躇してしまう気持ちもわかるが、それでも話し始めたのは何かの心当たりがあってこそ。


 ならば、俺はそれを聞かなければならない。


「はい……仕事をしていても、以前よりも早く息が上がるようになったんです。最初は一時的な疲労か何かかなと思ったんですが、日に日に酷くなっていって……しかも」


「彼だけじゃないんです。僕も全く同じ症状に悩まされていて……村の若い人はみんな、急に体力がなくなったような感じで」


「それは何かありそうですね……」


 筋骨隆々な二人の男性が、自分の身に起こった異変を語る。

 パッと見では、体力不足という印象は全く受けない二人。

 特に鍛え上げられた筋肉は俺よりも遥かに美しく、かといって主張が激しすぎて邪魔になるほどではない。

 長年の肉体労働によって完成された、無駄のない筋肉といった感じだ。


 そんな彼らが、今となってはものの数十分で限界を迎えてしまうという。

 明らかに不自然なその現象は、なんらかの異常事態が発生している証拠になる。


「原因があるとしたらやっぱりスキルか、他に考えられるなら……」


「呪い、といったところでしょうか。少しずつ衰弱し、やがて死に至る……というのは考えられますが、しかし消滅するとなると……呪いというのはそこまで万能ではありません」


「じゃあ、もうスキルで間違いなさそうだね」


 後は発生源と、術者の居場所。

 それから、この村を襲った動機と、あの黒柱との相関性を調べあげる必要がありそうだ。


 やることは多いが、ひとつひとつ潰していかなければならない。

 しかし悠長に時間をかけていられる状況でもないので、まずは優先順位をつける必要があるな。


 この中で最も一刻を争うのは――、


「術者を見つけ出して、この村への侵攻を止めることだ。タマユラ、ルリ」


「私は【魔力感知】で怪しい魔力の動きを探してみます」


「……私は、村の周りに罠を張ってみる」


 そして俺は、


「――【神域結界陣】」


 村を守る。

 

 だが、【神域結界陣】の対象をどう絞るか。

 対象者を【人間】とすれば、もし敵が人間以外の者だった場合に守れない。

 【村民以外】とすれば、当てはまる者が多すぎていかに俺でも魔力を使いすぎる。

 数時間程度なら持つだろうが、長期的には守れそうにない。


 だから俺は、その対象にヤマを張った。

 こんなことをする輩に、心当たりがあるならひとつしかない。


 村を守る盾。【神域結界陣】の対象者は、


「『魔王軍七星』だ。どうせお前らなんだろ、クソ野郎」

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