第四章 『S級の恋慕事情』

59.『とある休日』



「買い出しに行こうと思う」


 大部屋にルリとタマユラを集め、高らかに宣言した。

 そう、買い出しだ。

 この家で生活をするようになって数日。

 必要最低限は揃っているが、必要最低限しか揃っていないのだ。


 生活を豊かにするあれこれや、絶品料理の素となる食材が、今の俺たちには必要だ。


「……行く」


「いいですね。私も揃えたいものがあります」


 そして、「唐突な休日の計画に、怪訝な顔をされるかもしれない」という俺の予想に反して、ふたりはすぐに立ち上がった。


 ――行こう、遥かなる商業区に。



 街の復興は、まだまだこれからだ。

 家屋は壊れ、売り物は泥まみれ。

 その被害を金額に直したら相当なものになるが、そうは言ってもお腹は空くのだ。

 腹が減ったら食料が必要で、食料を買うためには金がいる。


 そんなわけで、最優先で物流が立て直されたおかげで、商業区には活気が戻っていた。


 道の所々がめくれ上がった往来を、俺たちは闊歩する。


「おい、見ろよ……『剣聖』だ」

「ってことは、あれがあの――」


「なんか目立ってない?」


「目立つでしょう。S級が3人でパーティを組んだ話は広まってますから……ところで」


 俺が歩いている半歩後ろにルリ。

 その反対側にタマユラが歩いている。

 ほぼ横一列になって歩いているようなものだから、通行の妨げになっていないかビクビクしている。


 そんな俺の心配とは裏腹に、どちらかといえば通行人が俺たちを避けているようだ。

 別に威圧してるわけじゃないのに。


 ところで。俺の呟きに答えるタマユラの目線は、俺の顔よりも下の方にあった。

 ルリが俺の袖をつまみながら歩いているのだ。

 それはもうかわいらしく、ちょこんと。


「……おふたりはやはり――恋人、関係……なのでしょうか」


「えっ!?」


 思いもよらぬ爆弾発言に、俺の肩が跳ねる。

 薄々思ってはいたが、やはりルリのアクションはそういうものが多い。

 一度ちゃんと話したんだけど、それからもやっぱり恋人っぽい振る舞いをしてくるのだ。


 いやまぁ、キッパリ断るでも受け入れるでもなかった俺が悪いから、文句なんて言えた立場じゃないのでスルーしていたが。


 タマユラの訝しげな視線が刺さる。

 ルリみたいなジト目だ。なかなかお目にかかることは無い。


「……違うよ?」


「違うのですか。ならばなぜそんなに距離が近いのでしょう……」


「……違うってヒスイが勝手に言ってるだけだから」


「恋人って一方的になれるものじゃないよね!?」


 ルリに驚かされていると、尚更タマユラの目線が痛くなる。


「私も共に住むわけですし、そういうのはハッキリと教えて頂きたいのですが」


 タマユラがむくれている。

 いやまぁ、わかる。わかるよ。

 もし俺とルリが恋人関係であった場合、あの家が一気に卑猥なイチャイチャ空間に思えてくるだろう。


 それはタマユラにとって喜ばしくないことだし、その間に割って入るのは気まずいだろう。


 それはわかるし、そんな事実もない。

 今のところは、ルリと俺は一線を越えていないのだ。


 だけど、そもそも関係性がハッキリしていない以上、今後もないと断言することが出来ない。

 俺は家族のつもりで接しているが、ルリは断固としてそうじゃないみたいだし。


 ともあれ、関係を隠しているわけじゃないから、許してくれないかな。


「……ヒスイって結構、乙女の心を弄ぶ男」


「そうなのですか? それは困りものですね……」


「根も葉もない!」


 そんな下世話な会話をしていると、お目当ての店に辿り着いたのだった。



「わぁ……かわいらしいですね」


 眼前に広がるのは、一面のピンクだ。

 小物だったり、飾りだったり、食器だったり。

 とにかく女の子向けの商品が大量に並んでいる。


 「場違いだ、帰れ」と、この場所が俺に言っている気がする。


「見てください! ホワイトファング・ウルフを形どったブローチですよ! かわいいですねぇ」


 タマユラは意外と少女趣味のようで、この空間の居心地がいいようだ。そもそも彼女の生活用品や寝具などを買いに来たので、気に入ったならなによりである。


 それに対してルリはかわいいものに対する興味が薄いようで、暇そうな顔をしている。


「ヒスイはどっちがいいと思いますか?」


「うーん、こっちかな?」


「よし、どっちも買っちゃおう!」


「おい」


 この店に入ってからしばらく、タマユラはこんな調子だった。

 まぁ、こうやって好きな物にお金と時間をかける機会があまりなかったのだろうし、存分に楽しんでくれればいい。

 俺は、入り組んだ店の奥に消えていくタマユラを見送った。


 そんでもって、ルリが幾度目かのあくびをしたところで、満足そうなタマユラが戻ってきた。


「お待たせしました。いやぁ、はしゃいでしまってすみません。寝具は後日配送してくれるそうです」


 一応、今日の目的はタマユラの生活用品だ。

 それは忘れていなかったらしく、両手いっぱいのファンシーな何かしら以外にも買い物を済ませてきたらしい。


「わかった。じゃあ、ご飯でも食べに行く?」


「いいですね。もうお腹が空いてしまいました」


「……そうする」


 満場一致で、次の目的地が決まった。

 昼飯に丁度いい時間、腹ごしらえだ。



「それで酒場に来ちゃうあたり、俺たちも冒険者根性染み付いてるよね」


「まぁ、馴染みのある店ってことで……」


「……社会貢献。酒場も大変だから」


 あれやこれやと理由をつけたところで、結局はあれだ。

 ここ以外の飲食店を知らないのと、なんだかんだ酒場の空気感が好きなのだ。


 これは俺の勝手なイメージだが、酒場の雰囲気が嫌いな奴に冒険者が務まるとは思えん――おっと。


「そういえばルリは酒場苦手そうだったな」


「……別に苦手じゃない。用がないだけ」


「はは、用がないっていうより友達がいな――寒いなぁ、寒い! はい、調子に乗ってすみませんでした!」


 なんだろうか。つい、ルリの前では軽口を叩いてしまう。

 ルリも本気で怒っているわけではないと思うが、あまりよくないな。今後は控えよう。


 タマユラにはこんな軽口を叩きづらいし、考えてみれば俺の中でルリとタマユラの接し方に線引きがあるようだ。

 ただ別にどっちの方が好きとか嫌いとかじゃなくて、性格や年齢の違いだろうか。タマユラは年上で、ルリは年下だし。


 ――もしかして自分でも気づかないだけで、どちらかに向けたものが『恋愛感情』だったりするのだろうか。


 いや、そんなことはない……と思う。多分。

 ルリがあの調子だから引っ張られているんだろう。

 あんまり意識しすぎでもしょうがないので、深追いするのはやめよう。


「お? ヒスイじゃねぇか。美女二人つれて、さすが英雄は違うねぇ」


 と、見覚えのある顔に話しかけられた。

 あの惨状の中にいたB級冒険者だ。

 怪我は良くなっていて、冒険者としての旅支度を整えているようだった。


 あの戦いは相当なトラウマだろうに、メンタルの強い事だ。流石は冒険者といったところか。

 俺としても、変に気を使う必要もなくてありがたい。


「――あぁ、元気してたか? 知ってると思うけど、こっちはタマユラ。俺の相棒だ」


「初めまして。タマユラです。しばらくはこの街を拠点にするので、至らぬ点があるとは思いますが――」


「いやいや、この街にいてあんたの事を知らねぇわけがねぇだろ! S級がB級に至らぬ点の話をするたぁ、皮肉じゃねぇよな? 恐縮しちまうよ、全く……」


 タマユラのにこやかな笑顔に射止められたその男は、ガチガチに緊張してしまっている。

 そりゃそうだ。聞き方によっては牽制にも思える。あ、『剣聖』だけに――いや、なんでもない。何も言ってない。


 そんな中、突然ルリが叫んだ。

 いや、叫んだってほどの声量ではないが、ルリにしては大きな声で。


「ちょっと待って。――ヒスイの相棒ポジションは、私の……」


「いや、最初にヒスイと二人で冒険に出たのは私で……」


「どっちも相棒でいいだろ! 何を争ってるんだよ!」


 そんなこんなで、昼食は賑やかに進んだ。

 近頃は疲れること続きだったので、こうして騒げるとやはり楽しいものだ。冒険者の本分だな。



 腹ごしらえも済んだことだし、目的であるタマユラの生活用品も購入。タマユラはまだ買いたいものがあるようで、一旦別行動となった。

 ということでルリと街をブラブラ歩いていたら、またしても見知った顔を見つけた。


 向こうも俺に気づいたようで、通りの反対側から人の間を縫って駆け寄ってくる。


「おにーさん、久しぶり! とんだ災難に巻き込まれたから責任取って欲しい!」


「そっ、それは理不尽だよ。お兄さんが悪いわけじゃないの」


「――イヴ、ネス。この街に来てたのか」


 第一声が文句というのもアレだが、元気そうでなによりだ。

 というか、なんでわざわざセドニーシティに来ていたのだろうか。もしかして、俺に会いに来てくれたとかだろうか。


 いや、それはないか。ちょっと自意識過剰だったかもしれない。

 だってもしそうなら、もっと早い段階で俺の家まで来てただろうし。


「おにーさんに会いに来たんだよ?」


「あ、そうなの? よく来てくれたな。でも、探せばすぐ俺の家見つからなかった?」


「『白夜』とパーティを組んだって噂を聞いて、ネスがビビってたんだ」


「あっ、あっ、言わなくていいの!」


 どうやら、うちのちびっ子が原因らしい。

 なんだ、こんな無垢な少女をビビらせてるのか? 悪いやつだな。

 ちびっ子同士仲良くした方がいいぞ。


「……そんなことしてない」


「ひっ……そっ、そちらの方がもしかして……?」


「『白夜』ことルリだよ。……お前、マジで何したの?」


「何もしてないけど……」


 ほんとかよ。尋常じゃないくらい恐れられてるぞ。

 火のないところに煙は立たないって言うしな。

 もしかしたら、覚えてないところでネスに何かしたんじゃないのか?


 いや、ルリのことだから、危害を加えるようなことはしないだろう。

 でも、誤解を生みやすいタイプではあるし。


「何かあったなら遠慮なく言ってくれていいよ。ルリが悪いことしたなら頭グリグリしとくから」


「……それはそれで」


「グ、グローシティにいた時に聞いた噂なんだけど、『白夜』は気に入らない人を氷漬けにする血も涙もない魔女だって……」


 なんだ、噂か。やっぱり誤解だったな。

 確かに肌がピリピリするような氷魔法で脅されるようなことはあるが、それはこっちに非があった時だけだし。

 ルリのコミュニケーション力不足が生んだ根も葉もない噂だ。


 なにも、誰彼構わず氷像にする無慈悲な魔女ではない。


「な、誤解だって。ルリからも――ルリ?」


「……心当たりがある」


 あるのかよ。じゃあお前が悪いじゃねぇか。

 っていうか、魔女の心当たりってなに?

 マジで誰かを氷漬けにした前科があるの? 怖すぎるんですけど。もう迂闊なこと言えないな。


「……ナンパがしつこすぎて、ついうっかり氷漬けにした人がいた。大丈夫、命までは取ってない」


「あー」


 確かにそういう理由なら、ルリはついうっかりやってしまいそうだ。

 それに関しては俺がどうこう言うような問題でもないし、恐怖を植え付ける原因には十分だろう。


 それを見た別の冒険者か、はたまた本人か、ルリへの恐怖を誰かと共有して、広まったのだ。


 今ここで俺ができることといえば、そうだな――。


「えっと……ルリのぺったんこ!」


「――――」


 俺の突然の叫びに、ルリはこの世の全てを信じられなくなったような顔をしている。

 ちょっと心が痛いが、目を見開いて口を開けた状態でフリーズするルリはかわいい。


 もちろん、その顔が見たくて無闇にルリを傷つけたわけではない。


「ほら、こういう面白い顔で絶望はするけど、それくらいで氷漬けにされたりしないから。大丈夫、思ってるほど危険な生き物じゃない」


「ほら、ネスがビビりすぎだったんだって」


「ほっ、ほんとに大丈夫? いきなり噛みつかれないか心配なの」


「大丈夫大丈夫、ちょっと口下手だけどいい子だから」


 ごめん、ルリ。こうでもしないとネスの恐怖心を解くことはできなかったんだ。

 でも、半分くらいはルリが悪いから受け入れてくれ。

 あと俺を氷漬けにするのもできればやめてくれ。


「じゃあ、また後でおにーさんの家に遊びに行くね!」


「うん、歓迎するよ。こっちにはいつまでいるの?」


「あっ、あと1週間はいるの」


「じゃあ好きな時に来てくれ。基本的には家にいるから」


「わかった、じゃあまたねー!」


 何はともあれ、ネスの緊張が解けてよかった。

 ルリと面と向かって会話するのはまだ難しいかもしれないが、ルリだってそれを望んでいるわけではないだろう。


 とりあえずそろそろタマユラと落ち合うか、と言いながら振り向くと、


「――――」


 依然として固まり続けるルリがいた。

 俺の突然の裏切りがよっぽどショックだったんだろう。

 申し訳ないことをした。


「ルリ、悪かったって。あれは冗談――ではないけど、俺はぺったんこも好きだから」


「――はっ……あれ? さっきの二人は……」


「もういなくなったよ。ほら、タマユラのところ行こう」


「……ん。ヒスイ、今私のこと好きって言った?」


「えぇ!? いや、ぺったんこが……その方が変態っぽいな」


 ルリのことは好きだけど、それはルリの求めている好きではないのだろう。だから、軽々しく言うべきではない。


 それはそれとして、ルリがナンパされた話を聞いて少しだけ胸の奥がチクリとしたのは、きっと気のせいのはずだ。

 ルリへの気持ちは、変わっていないはずなんだ。

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