58.『戦いの後で』


 ギルドマスターや近衛兵団の指揮の下、セドニーシティの復興は少しずつ進んでいった。


 死者の数は正確に測るのが難しいほどに膨らんでいて、その被害は建造物にまで及んだ。




 諸々の対応に追われ、街の有力者たちは忙しなく動いている。建築士たちも、かなりの激務を強いられているだろう。




 まぁ、失ったものに向き合って気が沈むよりは、多少忙しいくらいの方がいい。




 セドニーシティは、しばらくてんやわんやが続くと思う。


 そんな中で、冒険者である俺に出来ることは少ない。




 休んでいていいのかとも思ったが、そこは適材適所だ。


 今は俺の出る幕じゃないので、遠慮なく自宅でまったりさせて貰っている。




 今後のこともあるので、考える時間を作れるのは俺としても有難いのだ。




「……ヒスイ、お茶」




「あぁ、ありが――なんだこれ」




「……お茶だってば」




 それにしちゃ黒過ぎないか。


 この家でルリと過ごした数日間で、彼女の料理スキルが壊滅的なのは把握した。


 肉と山菜のスープに、鮮やかな赤色の獣肉が混入していたところで全てを悟ったのだ。




 ルリは冒険者として一人で生活していたわけなので、まさかそんなはずはないと意を決してそれを口に運ぶと、割としっかり目の血の味がしたのは苦い記憶だ。




 そんなルリの淹れたお茶は、漆黒だった。


 よくみるとマジでなんなのかよく分からない埃のような不気味な物体がぷかぷかと浮いている。


 ――よし。




「あとで飲むからそこに置いといてくれる?」




「……わかった」




 うん、あとで飲むよ。気持ち的には。


 それはともかくとして、今この家には俺とルリしかいない。


 タマユラはどうしているかと言うと、近衛兵団からお呼び出しが掛かったので、今頃皆と一緒にてんやわんやの渦中にいるはずだ。




 今のタマユラの扱いはイマイチ分からないが、少し前までは近衛兵団のトップだったわけで。


 流石にこの騒ぎを傍観するわけにもいかないのだろう。




 そんな中で俺たちがこうして優雅なティータイムをかましているのは、少しばかり申し訳ないとは思う。




「いや優雅……うん、優雅だな。実に優雅だ」




「……?」




 カップの中の黒い液体を眺めながら呟く。


 この広い世の中にはこういう飲み物もあるのだろう。


 俺は飲まないけど。




 さて、考えるべきは今後のことだ。


 魔王は、『今はその時ではない』と言った。


 『また会えるから、待ってろ』とも。




 だからと言って、それを真に受けて馬鹿正直に待ち続けるわけにもいかない。


 ちょっと前までは「別に俺が倒さなきゃいけない理由も無い」なんて思っていたわけだが、奴の狙いが俺だと判明した以上、これは俺の戦いなのだ。




 身に降りかかった火の粉を払うため、俺は戦わなくてはならない。




「遥かなる、最果て……」




「……なに?」




「ほら、バエルが殺される直前に言った言葉だ。これを最後まで伝えようとして、魔王に口封じされた。きっと重要な何かのはずなんだけど……なんのことだろうな」




「……世界の端っこまで旅してみる?」




 そりゃ気の長い話だ。


 世界の端っこっていうのがどこなのかも分からないし、どれくらいかかるのかもわからない。


 しかも、言葉通り『世界の最果て』に行けばいい、なんて単純な話かも分からない。




 そんな思案を巡らせていると、唐突にドアを叩く音が響いた。




「……見てくる」




 来客の予定はなかったはずだが、まぁ冒険者ギルドの人たちには俺の家を教えてあるし、何かあったら訪ねてくるよう伝えてもいる。




 俺たちの手を借りたいのであれば、惜しまないつもりだ。


 そう思いながらルリがドアを開けるのを眺めていると、それは意外な来客だった。




「こんにちは。突然来ちゃいました」




「……ん」




「タマユラ。あれ、今日はお休みの日?」




 数日ぶりのタマユラ。


 いつもの黄金色の鎧ではなく、薄手の外着でご登場だ。


 まぁ、常にあの重そうな甲冑では肩もこるだろう。


 バエルが死んだ今、街の中にモンスターが出ることも無いはずだし、常に気を張る事もあるまい。




「それがですね……抜け出してきちゃいました」




「えぇ!? そんな反骨精神溢れた少年じゃあるまいし……」




 タマユラが仕事を放り出して逃走するとは、よっぽどストレスが溜まっていたのだろうか。


 もしかして、やっぱりぬくぬくと休んでいる俺たちに憤りを感じてここに……すみません、悪気はなかったんです!




「あ、違いますよ? 抜け出してきたっていうのは、近衛兵団をです」




「余計にえぇ!?」




 そんなあっさり、辞められるものなのだろうか。


 立場とか、『剣聖』としての責任とか、そういうのは大丈夫なのだろうか。




 というか、タマユラってこんな子だっけ?


 何がなんでも責任は果たそう、みたいな考えを持っていると思っていたが、俺の勝手なイメージだったか。




「元々、一度辞めた身ですから――ヒスイ、ルリさん。私をパーティに加えて頂けませんか?」




「もちろん。というか、俺からお願いしようと思ってたくらいだよ。でも本当に大丈夫なの?」




「すぐにこの街を発つわけではないのでしょう? 諸々の引き継ぎなんかはありますが、ひと月もあれば済むと思います」




「いやほら、立場とか……」




「――まぁ、大丈夫でしょう。何も、『剣聖』を捨てるわけではありませんし。捨てるのは『近衛兵団長』という枷だけですよ」




 そりゃなんとも、都合のいい話な気がするが。


 『剣聖』という権威は捨てないが、面倒な実務からは離れたい。それがまかり通るのか。




 まぁいい、それはタマユラがなんとかすることだ。


 彼女も、なにもその場のノリとか勢いで言っているわけではないはず。


 彼女なりの考えのもと決めたことなら、それを尊重しよう。




 それに、どうせタマユラはパーティに誘うと決めていた。こんなにあっさりと決まったことに驚いただけで、俺からしたら願ってもない申し出なのだ。




「じゃあ、これからよろしくね」




「はい。ルリさんも、よろしくお願いしますね」




「……よろしく」




 何はともあれ、再びタマユラと共に戦えるのだ。


 そればかりかこのパーティにはルリもいる。


 S級冒険者が3人だ。間違いなく、世界最強のパーティだろう。




 これなら、魔王だって倒せるはず。




「じゃあ、タマユラはどの部屋にする?」




「え?」




「え? ほら、ここパーティの本拠地みたいなもんだし、タマユラも一緒に住んでもらおうと思ったんだけど……嫌だった?」




 ルリと二人暮らしだと間違いがあってもアレだしな。


 というか、ルリは狙ってくるに違いないから……っていう評価は、失礼極まりないが。




 とにかく、タマユラがいれば安心だ。




「いえ、嫌なんてとんでもありませんが……ふふ」




「え、今ニヤけた?」




「ニヤけてないです」




 それにしても、ただでさえ少ないルリの口数が、タマユラが来てからいつにも増して少ない気がする。


 チラリと目を見やると、なんとなく微妙な顔でタマユラを見つめているように見えた。




 あれ、まさかとは思うがタマユラと仲悪いの?


 いやいや、そんなことはないはずだ。




 タマユラとルリがまともに顔を合わせたのは、バエル戦を除けば今日が初めて。


 関係が悪化する暇などなかったはず。




「ルリさん?」




「……ん」




 返事はするようだ。


 気にしすぎだろうか。




 まぁ、俺とルリの初対面を思い返してみても、無愛想で攻撃的だった覚えが――いやあれは俺が悪いのか。


 ただ、少しばかり人見知りなところがあるのかもしれない。




 二人には仲良くして欲しいものだ。




「じゃあ、ルリさんの隣の部屋がいいですかね、なんて……」




 おお、タマユラが歩み寄っている。


 まぁ歩み寄るもなにも、ルリの口数が少ないだけなんだが。


 ただ、これから生活を共にする家族のようなものだし、ぜひこの調子で仲を育んで欲しい。




 ただ、残念ながらルリの部屋は一番端だ。


 そしてその隣は――、




「……私の隣はヒスイだから、空いてない」




 ということなのだ。


 俺とルリの部屋がある2階には、部屋が3つある。


 そのうちの一番奥がルリの部屋で、真ん中が俺の部屋。


 タマユラには、2階の一番手前の部屋か1階の部屋の中から選んでもらうことになってしまう。




 いやいや、まだ住み始めたばかりだし、俺が部屋を変えればいいのだ。


 そして、ルリとタマユラを隣同士にしよう。よし、それがいい。




 ルリが何やら勝ち誇った顔をしているのは無視しよう。




「――へぇ、そうですか。ならば私もヒスイの隣ということになりますね」




「……ちっ」




「おい舌打ちしただろお前」




 あのルリが俺の言葉に反応しない。


 波乱の予感がする。


 二人には! 仲良くして欲しいものだなぁ!




 そんなこんなで、新居での新生活が幕を開けたのだった。


 魔王との決戦までの、少しばかりの休息が。


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