60.『年上の包容力』
魔王軍七星バエルとの戦いから1ヶ月が過ぎ、街もある程度落ち着きを取り戻し始めた。
肝心の魔王への辿り着き方はわからないし、音沙汰もない。
しかし、時間が過ぎるほどに俺のレベルは上がっていくし、全く無意味な時を過ごしたわけではないだろう。
そんな俺はというと、相変わらず特に用事がなければ家に引き篭っている。
「ささ、お茶です」
「ありがとうございます。そんなに気を使って頂かなくても構いませんが……」
「何をおっしゃいますやら。やっとタマユラと本当の意味でパーティを組めるんだから、これくらいは」
「はぁ……」
タマユラは諸々が済んだようで、近衛兵団を脱退した。
それに伴って、臨時で兵団長を請け負っていたアベンが繰り上がって兵団長の任に就いた。彼も苦労するな。
というわけで、今までお疲れ様とこれからよろしくの意味を込めてお茶を淹れたわけだ。
「そういえば、私はルリさんに嫌われているのでしょうか」
「えぇ、なんで?」
いきなり、ネガティブな呟きを聞いた。
確かにルリとタマユラは、反りが合う方ではないのだろう。
性格も全然違うし、S級同士なのでプライドのぶつかり合い的なところもあるのかもしれない。
でも、嫌われているってことはないと思うが。
どうしてそう思ったのだろう。
「なんかこう、強烈な視線を感じることがあるんです。友人に向けるものというよりは、敵対視されているような……」
「そんなことあるかなぁ……」
「――あと、ルリさんにヘドロのようなお茶を淹れて頂きまして……露骨に嫌われてるのかなぁ、と」
「いやそれは」
信じられないかもしれませんが、いつものルリなんですよ。いや、初めて見た時は驚くよね。わかる。
だけど悪気があるわけじゃないし、嫌ってるってこともないと思うんだけどなぁ。
ともあれ、今この場にルリはいないから真相は闇の中だ。
そういえば、タマユラと正式にパーティを組んだことで、彼女も俺の【レベル分配】の庇護下に入った。
実際には【巨魁の号令】のおかげで、パーティメンバー以外にも行使することはできるのだが。
やっぱり気分的に、正式にパーティメンバーになるというのは嬉しい。
「タマユラに俺のレベルを分けようと思うんだけど」
というわけで、レベルの分配を申し出た。
メンバー内のパッシブスキルは俺のスキルのおかげで共有されるので、タマユラも今頃すごい勢いでレベルが上がっているものだとは思うが、一応レベルを均等にした方がいいだろう。
「いえ、お気持ちだけで」
そう思ったのだが、キッパリ断られてしまった。
おかしいな、断る理由はないはずなんだけど。
「魔王戦では、3人とも通じないよりは1人が突出していた方がいいでしょう。誰も届かない、っていうのが最悪のケースですから」
それもそうか。均等にしたせいでレベルが足りない、なんてことになったらとんでもない。
魔王のレベルは8000超えだ。
そこを、レベル5000の者が3人で挑むより、レベル3000の者ふたりとレベル9000の者がひとりで挑んだ方が可能性はあるだろう。
まぁ、二人のカバーをする為に、迂闊に動くことができないというデメリットはあるが。
それでも、俺よりも遥かに冷静に分析していたというわけだ。
全く、反省せねばなるまい。
「そういえば、今のヒスイのレベルはどれくらいなんでしょうか?」
「ん? 見てみようか。ステータス!」
『ステータスを表示します』
ーーーーーーーーーーーーーーー
ヒスイ Lv.4672
S級冒険者
【スキル】
万物の慈悲を賜う者
【パッシブスキル】
沃地の寵愛
レベル感知
レベル可視化
▶︎
ーーーーーーーーーーーーーーー
ということなので、改めて俺のステータスを覗いてみる。
パッシブスキル【大地の恵み】が【沃地の寵愛】に進化したことで、俺のレベルは一気に上がったわけだ。
まだ魔王には届かないが、そのうち届くだろう。
そんなこと言って魔王が明日攻めてこない保証はどこにもないので、出来ることなら自分からレベルを上げたいものだ。
しかし、ここまで高レベルになると俺の考えうる努力でどうにかなる領域をとうに超えている。
どの道、待つしかないように思う。
「相変わらず凄いですね……私も強くなった自負がありましたが、自信をなくします」
「まぁ俺のはズルみたいなものだし、ほら……」
「わかっています、言ってみただけです」
そう言って控えめな笑顔を見せるタマユラ。
その笑顔は俺を優しく包んでくれるようで、妙な安心感がある。
レベルを含めた強さでは俺の方が上のはずなのに、つい寄りかかって守ってもらいたくなってしまう魅惑を孕んでいて――。
はっ、これが年上の包容力というやつか。
タマユラは案外魔性の女なのかもしれない。
だけど、タマユラは俺に寄りかかられることを望んでいないし、俺もそれを良しとしない。
甘えたくなってしまうが、ぐっと堪えて俺が先頭に立たなければなるまい。
「それにしても、ルリさん遅いですね……」
「そうだね、もう2時間になるけど……」
ルリは買い出しに出かけている。
ついこの前大量の買い物をしたばかりだというのに、何を買いに行っているのかというと、食材である。
最近は外食が多く、それ以前は俺が作ったりしていたのだが、何を思ったか今朝ルリが「今日は腕によりをかけて料理を作ってあげる」とか言い始めたのだ。
俺は全力で拒否する準備が出来ていたのに、タマユラが「ルリさんの手料理、食べたいです」とか言うもんだから――いや、タマユラはルリと仲良くしたいだけだし、ルリのあの壊滅的な料理センスを知らないから責めまい。
ただ、思い知ることになるだろう。
――軽率な発言が、身を滅ぼすこともあると。
俺は覚悟した。そして願った。
「味覚を麻痺させるスキルをくれ」と。
しかし、【万物の慈悲を賜う者】は応えてくれなかった。肝心な時に役に立たないスキルだ。
「――ただいま」
そして、ドアが開いた。
ルリとの付き合いも徐々に長くなってきて、最近では声色で細かな機嫌を察知することができるようになった。
これは、上機嫌な時のルリだ。
よっぽど上等な食材が手に入ったのだろうか。
せっかくの素材、可哀想だなと思いながら振り向くと――、
「――なんだ、それは」
「……今日はいっぱいつくる」
肉や魚を両手いっぱいに、そして背中には山盛りの山菜を背負ったルリが立っていた。
おい、いくらなんでもアレは致死量だぞ――。
「すごいですね。こんなにいっぱい食べきれるでしょうか」
「……大丈夫、ヒスイが食べる」
「……そうだね、今日はいっぱい食べないとなあ」
俺は諦めた。
せめて、明日寝込まないように気を張ろうと思った。
あと、タマユラにはめちゃくちゃ食わせようと誓った。
今日は荒れそうだ。俺たちの胃が。
■
翌日。
満場一致でルリに料理禁止令が下ったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます