23.『胸騒ぎの正体』
気付けば、前方に巨大な山が現れていた。
ただ見惚れることしか許されず、俺はただ息を吞んでいた。
これは、強大な大地そのもの。それ以外に言葉にできない。
人間が決して手に入れることの敵わぬ存在、自然。
俺たちは、こんなものと戦わなくてはいけないのか。
「――これが、マウンテンザラタン」
「……山だと思いますけど」
山かよ! この辺どんだけ山があるんだよ!
流石にそろそろ本命だと思ったよ!
っていうか、そんなにデカいモンスターならそろそろ見えてもいい頃――、
「…………違う」
「え? 何が違うって? お前さ、主語と述語を同時に喋る事できないの?」
いくらなんでも会話を省略し過ぎだろ。
もう少し相手に伝える努力というものを……ん?
なんか、あの山動いてるような……。
「――あいつです! あれが、【マウンテンザラタン】です!」
「山じゃねぇじゃねぇか!」
俺が今まさに山だと勘違いした存在――いや、あれはもはや山だ。
俺の言ったことは、冗談にすらなっていなかったんだ。
遥か遠くに見えるのは、高さ500メートルはあるであろう山。
その山が、ほんの僅かだが前進し続けている。
近くにいたらわからないであろうスピードで、ゆっくりと。
岩肌だと思っていたあれは、手足だろうか。
本当にこんなモンスターが存在するなんて、悪い夢だ。
「こんなの、どうやって倒すんだよ……」
つい、弱音が出てしまう。
昨晩の集会から今朝に至るまで、ギルド職員やら他の冒険者に焦りは見られなかった。
それはつまり、「S級が二人もいればどうにかなるだろう」という安心感からだ。
俺たちに圧し掛かったプレッシャーは、俺が想像するよりも重たかったのだ。
ここでしくじれば、きっとグローシティは滅びる。
そして守れなかった人の数も、数えるのが嫌になるほどになるだろう。
今の俺のレベルなら、きっと何もできずに終わることはあるまい。
アークデーモンと同程度なら、俺一人でもきっとなんとかなる。
だけど、目の前のモンスターはあまりにも大きかった。
体だけでなく、威圧感も、絶望感も。
「しかし……どうやら様子がおかしいですね」
と、A級パーティのノアがそう呟いた。
様子がおかしいったって、存在からして馬鹿げてるんだから。
ちょっとくらい俺らの常識から逸脱してることだってあるんじゃないか。
きっと、マウンテンザラタンにとってはそれが正常なんだよ。
「いえ、そうではなく……なんか、穴が開いてるような」
「穴?」
「はい、最初は影かと思いましたが……甲羅部分に大きな穴が、ぽっかりと」
そんなことがあるかい。
山に自然に穴が開くなんて信じられないし、可能性があるとすれば同じ超巨大モンスターとの縄張り争いとかだが。
そんな事件があれば一瞬で世界中に通達が行くに決まってる。
現に、S級冒険者である俺にもそんな報告は来てない。
きっと見間違いかなんかだろう。
どれ、俺が見てやる。
ほうほう、やっぱりあれは――穴だな。
うん、穴が開いている。
「マウンテンザラタンってああいうもんなの?」
「……そんなことない、はず」
一応『白夜』にも聞いてみたが、自ら甲羅に穴を開ける趣味はないようだ。
それにしても、どうも落ち着かない。
あの穴を見ているとこう、胸のあたりがザワザワと……まさか、精神汚染攻撃か何かだろうか。
毒、麻痺、呪いは俺に効かないが、そのどれにも分類されない精神攻撃的なものが存在するとでもいうのか。
だとしたらあの穴を見つめるのは危険だ。
それに、妙な既視感がある。
上手く表せないが、そう。
まるで焦りと戸惑いを象徴するような、なにかが。
「うーん、自然災害か何かでしょうか。聞いていたよりも歩く速度が遅いようですし、弱体化してるのかもしれません」
「…………好都合」
「あれ? 皆はあの穴見てても何も思わないの?」
「どういう意味でしょうか……ただの穴に見えますが」
どういうことだ。
まさか、俺だけを標的にした攻撃だとでもいうのか。
いや、それは考えにくい。
歩くだけで甚大な被害を生み出すような生物が、たかだか人間一人を狙った攻撃などしないだろう。
歩いて踏めばおしまいなんだから。
ということは、この胸のざわつきは俺の心があの穴を拒絶しているのか?
生憎、穴にトラウマはなかったと思うが……どちらにせよ、ここで逃げてちゃ話にならない。
俺には、しっかりとあの穴をこの目に焼き付け、見定める義務がある。
ただの穴なんかにビビってはいられない。
だから俺は、意を決してその穴をしっかりと見つめ――、
「――あ、れは」
気付いてしまった。理解してしまった。
あの穴の正体を。胸騒ぎの意味を。
なぜ俺は、あの穴にただならぬ感情を抱いてしまったのか。
あの山に感じる既視感はなんなのか。
そう、その正体は――、
「俺が【天籟一閃】で風穴あけた山じゃん」
タマユラがセドニーシティの鉱山だと勘違いした、あの山だった。
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