沙姫の片想い

「おい、絢香、お前どー言うことだ。」

「何よ。あんたが私の娘欲しいって言ったんでしょ。」

「…は?俺が?嘘だろ?いつだ?」

「あぁ、酔ってて記憶ない感じか。めんどくさいなぁ。あんたが酔っ払って、私の娘見せろって言ってきたの。で、写真見せたの、そしたらあんたが可愛い可愛い褒めるから呼んだのよ。」


だんだん記憶が戻ってくる。


「あんたを見た娘がこの人前から好きだったとか、訳わかんないこと言い始めて、あんたが、なら家来るか?ってもっとわかんない事言ったんだけどさ、娘が乗り気になっちゃって、そしたらあんた私に言ったでしょ。」

「娘をくれってか…。」

「そうよ。あんただから許したのもあるけど。…まぁこれから娘をよろしくね。」

「お、おい!まてよ!」


電話を切られた。はぁ。酔った勢いで、家に来いとか俺バカかよ。


「朝からため息ばっかついてもたのしくないよ?」


ため息の元凶である美少女が、入り口から俺を呆れ顔で見ながら言い放った。


「なぁ、ほんとに俺の家で暮らすのか?」

「うん。だっていいって言ったでしょ?」


はぁ。俺は何をやってるんだか。まぁぶっちゃけ言えばこんな美少女と暮らせるのは嬉しいけど、仮にもこの子は同僚の娘だぞ。ややこしいなぁ。


「とりあえず朝飯食べよ?。簡単なの作ったからさ。」


そうだな。食いながら色々聞いてくか。


簡単って言ったよな?味噌汁に鮭にご飯に漬物に冷奴まで…。本格的じゃねぇか。しかも美味いし。


「お、美味しい?そんな黙って食われると美味しいのか分からないじゃんか。」


美味いよ。やべぇ。毎日これが食えるなら、同棲も悪くない。そう思ってしまった。


「同棲したら毎日作ってあげるよ?」


心が読めるのか?クリティカルヒットを出しやがって。でもまだだ。


「お前名前なんて言うんだよ。」

「あ、名前も忘れたの?もぉ!昨日も言ったじゃん!沙姫だよ!」


この子は沙姫というのか。


「沙姫は、俺と同棲するのは嫌じゃないの?」

「嫌だったら、来てないよ。」


なんでだろう。見ず知らずの男と同棲するのが嫌じゃないのか。


「沙姫は、俺と会ったことあるっけ?」

「あるよ。」


前言撤回、見ず知らずじゃないらしいです。どこであったんだろうか。


「間違えた、会ったっていうか見かけたぐらいかな。」


なるほど、どこかで見られてたわけだ。どこで?


「前に、轢かれそうになった男の子のために道路に飛び出して男の子救ったでしょ?見てたんだよ。私は動けなかったのに、咄嗟に動いてる姿がかっこよくてさ。その話をお母さんにしたらさ、同棲の裕太君じゃない?って。」


それって随分前じゃない?俺が新卒のときだから、5年前だぞ。そりゃ中2ぐらいの沙姫が咄嗟に動ける方が凄い。


「お母さんから聞いたけど、その日は取引先との商談だったらしいじゃん。それでもスーツが汚れるの気にしないで子供を助けるため飛び出したって。かっこよすぎない?それでその時からずっと好きだったの。」


あの時は、必死だったからな。商談先には汚れた格好で来るなんてふざけてるのかって怒られたけどね。結局俺が、男の子を助けたって情報のおかげで商談は受けて貰えたけどね。


「お母さんが、昨日その人と呑んでるって分かって、しかもお母さんから、来る?って言われて、行かないわけないじゃん!あの時は少ししか見れなくて、分からなかったけど昨日あって見たらめっちゃイケメンだし、彼女もいないって、しかも!家に来る?って。」


あぁ、これは俺の最後の一言で全部決まった感じだな。


「なるほどな。それでもうひとつ聞きたいことがおるんだが。」

「あぁ、昨日の夜は何もしてないよ。」


……ホッ。力が抜けた。


「だってヤるよって時にそのまま寝ちゃったじゃん。今日の朝は腹いせでからかったけど。」


そうか、なら良かった。ほんとに良かった。これでまだ引き返せる。


「なぁ、やっぱり同棲はさすがに不味くないか?」

「え…。」


そんな顔するなよ。反則だぞ。美少女が、悲しそうな顔でこっちを見るな。


「ダメなの?やっぱりダメなの?」


うぅ。ずるい。上目遣いのダメは断りにくいんだって。


「ねぇ、頑張って好きにさせるから!ここにいさせて?離れたくない!」


んんん?俺が好きになったら一緒に暮らせると思ってる感じ?まぁ、そうなんだろうけど、俺の好み知ってるか?


「俺の好みは、年上で胸が大きい人が好きなんだぞ?」

「う…。どっちもない…。」


泣きそうな顔しないでくれ。


「ないとダメ?そのふたつないとダメ?」


ないと絶対に好きにならないという訳では無いが、難しいよな。


「いいもん!なくても頑張るもん!だから待っててね。」


すんごい気合いだな。少しは期待しとこうかな。美少女が、俺に好かれるために頑張るとか少し絵面的に嬉しいからな。


「じゃあ、頑張れよ?」

「うん!」


俺はこの時に家に帰ってくれると思ってたが、それも違うようだった。いつまでもその場で質問し合って互いの情報を引き出して、気づいたらもう18時だった。

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