混乱の街カンロの章 4-20

「これで終わりかなぁ……」

そう呟くとミルファは喫茶店の表にあるテーブルの一つに腰かける。

さっと従業員がやってきて注文を聞いてくる。

いつもの店員さんだ。

だから、ニコリと笑って言う。

「いつものね」

それを聞いて、店員さんはにこやかに頷くと店内に戻っていった。

サラトガの用事に付き合って買い物した時に寄って以来、ちょこちょこここには寄っている。

その結果、店員さんとも顔見知りになり、いつも同じものを頼むため、すっかりいつもで通用するようになっていた。

しかし、早いわねぇ。明日にはこの街を出るんだから……。

ここの領主の依頼を終了して、次に行くところが決まったのは昨日の事だ。

その準備で買い物に出た帰りである。

ここの紅茶もしばらく飲めなくなるのか……。

結構お気に入りだったんだなと思う。

そう言えば、ここ、茶葉売ってたな。買っておこうかな。

サラトガの商会との旅は、馬車による移動なのである程度なら荷物の融通が利く。

もちろん限界はあるが、茶葉を少しぐらいなら何も言われないだろう。

それに茶葉だったら、みんなで飲んだりも出来るしね。

なにより、ノーラとか燻製肉とか色んな食べ物を山ほど持ち込んでいるからなぁ。

あれで文句言われていないんだから問題ないはずだ。

よしっ。買っとくか。

そう思った時であった。

「やぁ、お嬢さん」

そういってミルファに声をかけてくる男がいた。

あの例の情報を味気ない便箋で知らせてきた男である。

「あら、捕まったのかと思ったわ」

ミルファは済ました顔でそう探りを入れる。

また何かやる気かという警戒だ。

その言葉と態度に男は苦笑した。

「そうつっけんどんな態度だと傷つくなぁ……」

カラカラと笑いつつそういうと男は、ミルファの隣の席に座った。

そして、近寄って来る店員にコーヒーを注文する。

注文を受けた店員は少し首をひねりつつ店内に戻っていく。

どこかで見たかなという疑問がある様子だった。

それも仕方ないのかもしれない。

前回の時に比べ、髪形を変え、服装もより質素になっているし、口ひげなんではやしている。

受ける印象はかなり違うからだ。

「で、私のどんな御用かしら」

店員が言ったのを確認し、ミルファは口を開く。

「相変わらずつれないなぁ……。協力したじゃないか」

「ええ。その件は助かりました。でもね」

そこで一旦言葉を切って、紅茶を一口飲んで言葉を続けた。

「正体を明かしていない相手を信用なんでできないわ。それに、あなたには胡散臭いものを感じるのよ」

そう言い切ると紅茶のカップを持ったまま横目で見る。

「まぁ、確かになぁ。でも信じてもらえないかもしれないが、君らの敵じゃない事だけはわかっていていて欲しいな」

「でも、味方じゃないって可能性もあるわね。ただ、私達を利用してやろうというだけの……」

そう言われて男は苦笑する。

「あー、それは否定できないなぁ」

だが、すぐにミルファが注文したプレーンクッキーをひょいと取ると口に運んだ。

そして、それを食べるとニタリと笑う。

「でも、今回は違うんだ。実はね、やっと任務が終わってね、別れの挨拶に来たのさ」

ミルファの目が細くなる。

つまりは、こいつの目的は、この騒動の処理か裏組織に関しての事という事か。

ミルファはそう考える。

その思考が判ったのだろうか。

「多分、今思っているのは正解だよ。また、機会があったら会いたいな」

軽薄そうな笑顔を浮かべて男はそういう。

「私は会いたくないわ」

「そう言わずにさ……」

そう言うと男は立ち上がった。

「俺の名前は、クラフトファーって言うんだ。覚えておいてくれよ」

「気が向いたらね」

ミルファは興味なさそうな表情でそう言うと再び紅茶を口に運んだ。

そんな様子に、クラフトファーは楽しげに笑うと少し大きめの声で言う。

「残念だ。また次回の機会に口説かせてもらうよ」

そして立ち上がった時にちょうど店員がコーヒーを持ってきた。

クラフトファーは店員にニコリと微笑むとポケットからお金を取り出して店員に渡す。

コーヒーをテーブルにおいてお金を受け取る店員。

「そこのお嬢さんの分もだ」

そして、貰ったお金を確認した店員が慌てて声をかける前にクラフトファーは人混みの中に姿を消したのであった。

「これ……多いんですが……」

店員が呟く。

あっという間の出来事で店員がお金とコーヒーを見た後、ミルファを見る。

「コレ、どうしましょうか?」

「チップとしてもらって、コーヒーはあなたが飲んだら?」

「はぁ……」

気のない返事をしながら、コーヒーを持って下がっていく店員。

そういえば、最近似たようなことがあったような……。

そんな事を呟きながら……。



そして、旅立ちの前日の夜に、パーティ一行は領主の館に招待された。

今回の騒動に協力したくれたアキホ達へのお礼と別れを惜しんで最後に食事会でもという事らしい。

もっとも、格式ばったものではなく気軽に楽しめれる類のものだ。

実際、無礼講のそのパーティでは、誰もが気軽に会話とお酒、食事を楽しんだ。

そんな中、食欲魔人の本領発揮とばかりに大食い勝負するノーラとシズカ。

最初こそ驚いていたミサたちではあったが、大いに盛り上がったのは言うまでもない。

なお、今回は、シズカの勝利となり、前回負けた借りを返すことに成功したのであった。

こうして、楽しい時間はあっという間に過ぎ、、そろそろお開きになろうかという時にミサが前に出てパーティ全員に言う。

「みんなのおかげで本当に助かったわ。ありがとう」

そして頭を下げる。

だが、それを見てアキホが笑う。

「私は友人を助けただけだよ。それに、ミサが目指した街を見てみたいだけ」

その言葉に、ミサは頭を上げて微笑んだ。

「なら、次来た時には、もっといい街にして驚かせてあげるわ」

「ええ。楽しみにしている」

それは再会の約束。

アキホ達が旅をしている事を考えれば、多分、すぐにという形にはならないだろう。

だが、それでも、二人は約束する。

それは友人としての硬い約束。

その証のように二人は笑いあうと握手を交わした。

そんな二人を、パーティとミサの部下達が微笑んでみている。

こうして、アキホ達は、最後の夜を楽しく過ごし、翌日、カンロの街を旅立ったのである。

次の目的地は、海辺の街ポルディア。

そして、そこでも彼女らは騒動に巻き込まれるのであった。




アキホ達が出発してから二日後、ミサは領主の館で父親と会っていた。

ソファにお互いに向かい合って座った後、紅茶がテーブルに置かれて使用人が部屋から出てしまうと父親は口を開いた。

「ふむ。うまくやったようだな」

多分、いろいろと情報を掴んでいるのだろう。

父親の口調は全てを知っているぞと言わんばかりのものだ。

「はい。ありがとうございます」

ミサはそう言うと微笑む。

そして、用意していた書類の束を父親の前に提出した。

「いらん。今回の件は、すでに報告を受けている」

父親はそう言ったが、ミサは楽し気に微笑みつつ言う。

「それとは別のものですわ」

「別のもの?」

「ええ。見ていただけたらわかります」

そう言われ、受け取りを拒否しようとしていた父親は、渋々と言った感じで書類の束を手に取って目を通し始める。

最初こそ仕方なくと言った感じであったが、その表情はいつしか真剣なものになっていた。

その様子を楽しげに見つつミサは紅茶を楽しんでいる。

そして、全てを読み終えると父親はため息を吐き出した。

「これをどうした?」

その問いに、ミサは微笑んで言う。

「友人のツテで手に入れました」

「友人のツテだと?!」

その言葉を待っていたとばかりにミサは口を開く。

「アキホ・キリシマという方です」

その言葉に、父親の眉がピクリと動く。

やっぱり知ってましたか……。

「その方とは、友人なのか?」

「ええ。友人です。今回の件でも大変お世話になりました。もう少し早く来られたら紹介しましたのに……」

最後のは皮肉だ。

恐らく、彼女らが町を離れたのを確認して来ているはずだ。

その言葉に、父親は初めて苦虫を潰したような表情をした。

多分、皮肉で言っているのがわかったのだろう。

だが、それでも口を開く。

「わかった。二人の処分は、任せておけ」

舌打ちすると父親は呟くように言葉を続ける。

「あのバカ娘どもめ、裏組織に繋がるようなことをしていたとは……。その上、ここまではっきりと証拠まで残しおって。愚かすぎる」

そう、ミサが渡したのは、ミサの妨害をしていた二人の姉が、裏組織に関わっているという証拠であった。

そして、敢えて名前を上げた。

アキホの名前を。

つまり、アキホからその情報と証拠を手に入れたという事は、ナグモもすでにこの事は知っているという事であり、まだ手を出していないという事はこっちの対応次第ではとんでもない事に発展しかねないという事を匂わせるのに十分であった。

これで、あの二人は、後継者争いから脱落決定といったところかな。

ミサは心の中でほくそ笑む。

そんな事を思っていると、父親は書類を持つと立ち上がった。

「もうお帰りですか?」

わかっててそう言ってみる。

「ああ。すぐに戻らなければならない用事が出来たしな」

「そうですか」

そう言ったミサに、父親はちらりと見て言う。

「このまま精進せよ」

その言葉をうけてミサは恭しく頭を下げる。

「勿論でございます」

「うむ。また来る」

そして父親は退室していった。

そして、ドアが閉まるとニナはニヤリと笑った。

そして呟くように言う。

「ざまあみろ」

それは今まで散々邪魔され、嫌がらせをしてきた姉二人に対しての言葉だ。

これくらいは許されるわよね。

ミサはそう思うと背筋を伸ばして執務室に向かって歩き出したのであった。




「以上が報告であります」

クラフトファーはそういうとふうと息を吐き出した。

「珍しいな、君が任務に失敗するとは……」

主からそう言われ、クラフトファーは苦笑する。

「まぁ、あの剣鬼に殺されるかと思いましたからね」

「ふむ。だが、その割には嬉しそうだな」

主はそう言ってクラフトファーをじっと見る。

その視線を受けて、クラフトファーは益々苦笑した。

「それだけではないようだな」

「わかってしまいますか?」

クラフトファーがそう言い返すと主は聞き返す。

「わかるさ」

そう言った後、伺うように聞き返す。

「そんなに面白い相手だったかね、ナグモの関係者は……」

「ええ。とても面白かったですよ、彼女らはね」

そんなクラフトファーに主は苦笑する。

人に対してあまり興味を示さなかったこいつがそう認める相手か。

ますます興味深いな。

だが、いろいろ聞きたいのを我慢する。

まぁ、その内にな。

そして、目の前にある書類の束に目を落とす。

仕事が溜まっているのだ。

仕方ない……。

「ご苦労だったな。そう言えば、二週間の休暇希望であったな」

「はい。偶には羽でも伸ばそうかと思っております」

「そうか。ゆっくり休むといい。長い間の潜入任務ご苦労だったな」

主がそう言うとクラフトファーは頭を下げる。

「ありがとうございます」

クラフトファーは退出すると伸びをした。

そして、呟く。

「さて偶には海辺りでのんびりするのもいいかもしれんな」と。

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