混乱の街カンロの章 4-19
反領主派の一斉摘発は、間違いなくカンロの街に混乱をもたらした。
しかし、ミサを始めとする領主側はそれを的確に対応していく。
その手際の良さに、私が驚いているとミルファがこっそりと教えてくれた。
ここまで手際いいってことは、かなり以前からこうなった場合の対応を考え準備していたはずで、ただその一斉摘発のチャンスがなくて手間取っていたんじゃないかなと。
そう言われてみれば、この対応の速さ、準備の良さに納得できる。
それにこの混乱を好機とみて動いたのは領主側だけではない。
今まで街を牛耳ってきた大手の商人や商会にいい様にされてきた中小規模の商人や商会が一斉に動いたのだ。
サラトガの知り合いの商人曰く『法律が変わる?それは裏を返せば一獲千金のチャンスじゃねぇか』ということらしい。
一時期、物価が上がったり、流通が止まったものの、それも実に短期間だけで、街は以前よりも活気に満ち満ちている。
そして、領主の動きに便住したのは商人だけではなかった。
今まで地主にいい様に使われていた農民たちも一斉に動き出したのだ。
それに合わせて、農地改革を進めるミサ。
今回摘発した地主の土地を農民に安く解放したのである。
彼らにしてみれば自分らの土地が持てるチャンスでもあったし、今回のチャンスを生かせなければただ地主に雇われて労働力としてこき使われて終わる人生だっただろう。
しかし、土地さえ手に入れば、働けば働くだけ、工夫すればするだけ自分達の取り分が増えるのである。
多くの農民達は、ミサの改革を大歓迎した。
こうして、僅か摘発して二週間で、カンロの街は大きく変化していったのであった。
そして、私達パーティはそんな街でそれぞれ動いていた。
ミサの依頼で、私とミルファは事務処理。ノーラは警備。リーナは情報収集。
また、サラトガとシズカは自分の商売の件で忙しかった。
そして気が付くと二週間が過ぎ、やっと一段落といったところだろうか。
そんな中、依頼を済まして宿に戻ろうとしている途中でサラトガと会った。
最近は、それぞれの個別の仕事や依頼で忙しくて顔を合わせない日もあるほどなので実に久しぶりといった感じだ。
「やっほー、そっちどう?」
そう声をかけると、サラトガは笑って言う。
「ああ、アキホのお陰様で儲けさせてもらっているよ」
その言葉に思わず笑ってしまう。
「何、それ?まるで私のおかげみたいに言ってるし」
私の言葉にサラトガは笑う。
「いや、アキホの判断のおかげで街がここまで活性化したと思っているからよ」
「それは違うわよ。ミサの手腕でってとこだと思うわ」
だが、そんな言葉をサラトガは笑い飛ばす。
「だが、こうなったきっかけを作ったのは、あんただよ、アキホ。感謝するよ」
しみじみとそう言うサラトガ。
以前のこり固まってしまっていた自分なら、疑いもせずに反領主派に協力して、今の活気のある街の様子を見る事はなかったと思っているのだろう。
だが、別に私はご大層な事を考えて動いたのではない。
だから、言い返す。
「私は、友人の為、この街の人達が少しでもいい生活を送れるようになるためにやっただけだからね」
サラトガは、笑って言う。
「そういうことにしとくか……」
本当にその言葉通りなのだが、サラトガはそう言葉通りに取らずに色々考えてしまっているっぽい。
違うんだけどなぁ。
それに、買いかぶってもらっても困る。
だから、きちんとしておこうかなと思って口を開きかけるが、それより先に街並みを見てサラトガがぼそりと言った。
「しかし、本当にいい街になりそうだ……」
思いの籠もった言葉。
以前聞いたサラトガの過去の話を思い出す。
だから、私は言おうと思った言葉の代わりに同意して頷く。
「ええ。いい街になりそうね」
その言葉には、ミサならそういう街にしてくれだろうという想いが自然と籠っていた。
その日の夜、一人の男が人目を避けて街から脱出していた。
男の名は、カンファル。
一応、表向きは地主の一人という事になってはいたが、反領主派をまとめる為に裏組織から派遣されていた人物である。
彼は常に用心深かった。
特に自分の事になると……。
それ故に、一斉摘発の時も身代わりを用意した後、変装して街の中で潜伏して様子を見ていたのである。
実際、身代わりは反領主派の首謀者と思われていたラバハット・リンべラーゼンと共に死体で見つかっており、どうやら偽物とは気づかれていなかったようである。
その情報に、思わず彼は笑ってしまった。
表向きはリンベラーゼンがまとめ役のようにふるまっていたが、反領主派を実質まとめていたのは自分であり、リンベラーゼンはただの協力者でしかなかった。
なのに、それさえもわからない間抜けな連中だと。
最もそのおかげで逃げやすくなったのには感謝したが。
そして、時間が経ち、街が落ち着ついて警戒が緩んだ隙を見て抜け出してきたのだ。
緊張の連続であり、気が休めなかった為だろか。
或いは、無事抜け出し、もう摑まったり、殺されたりといった危険から解放されたためだろうか。
無意識のうちに彼の口から愚痴が漏れる。
「大体、今回の失敗は、タイゲイの野郎があの女を始末すると言っておきながら、始末できなかったのが原因じゃねぇか」
その愚痴から、今回の失敗についての組織の報告にそう記すつもりであることを物語っている。
恐らく、今回の失敗を死で報いよとか言われることはないだろう。
それはわかっている。
だが、大きな失点であるのは間違いない。
ならば、どうその失点をカバーするか。
だから、暗殺失敗という事実をうまく使おうと考えていたのだ。
カンファルは、恨めしそうにカンロの街の方を見る。
その目は憎しみの色に染まり、怒りと欲望に濁り切っていた。
いつかこの街の連中にこの借りを返させてやる。
特に領主のあの女は、たっぷりと可愛がってその後じわじわと殺してやる。
カンファルがそんな事を考えていた時であった。
樹の陰から人影が姿を現す。
いきなり現れた人影に、カンファルはびくっと怯えるも、相手が誰かわってほっとした表情になった。
「なんだお前か、タイゲイ」
そう、彼の前に現れたのはアキホに後藤義明と名乗った男であった。
もっとも、後藤義明と名乗ったのは霧島秋穂だけであり、裏組織ではタイゲイと呼ばれている。
「生きていたとはな」
その言葉にカンファルはイライラした表情になった。
地主の一人という設定で潜入した以上、反領主派の前では演技で対応していたが、今はもう演技する必要はない。
組織の中では、タイゲイと彼とは同格であった。
だから、いつもの口調に戻る。
「どういうことだ?この計画は私の計画だ。貴様は、協力者に過ぎん。横からいろいろ言うな」
強気の口調でそういうものの、タイゲイの表情に変化はない。
ただ、じっとカンファルを見ている。
その冷徹の眼差しに、カンファルの脳裏に嫌な思考が生まれた。
まさか……、こいつ……。
そう思った瞬間、身体が震えた。
だが、ここで弱みを見せてはならない。
そんな気持ちが沸き上がり、カンファルは強気で言う。
「迎えに来たのなら、さっさとつれて行け。計画は失敗したが、報告はせねばならん」
必死で声が震えそうになるのを抑える。
だが、それでもわかったのだろう。
「どうした?声が震えているぞ」
そう指摘され、すーっと冷たい汗がカンファルの背中に流れる。
「お、おいっ。まさか……」
一歩、カンファルは後ずさる。
「お、俺らは仲間だ。そうだろう?」
そう言うカンファルの声は、さっきではほとんどわからなかったのにはっきり震えているとわかる。
もう押しさえ切れていないのだ。
タイゲイが一歩踏み出す。
それに合わせてカンファルも一歩後ずさっていく。
「仲間……。そうか、仲間か……」
「そうだっ。仲間だ。確かに仲がいいわけじゃねぇ。だがな、同じ組織の仲間だ」
その言葉に、タイゲイはニタリと笑った。
その微笑みは、相手を見下す冷酷な微笑みであったが、カンファルは誤魔化せたと思ったのか、ほっとした表情になる。
だが、それと同時にタイゲイの右手が動く。
光の線がカンファルの首のまわりを走り、そしてすーっとカンファルの首に赤い線が出来た。
一瞬の間があった後、ズレていくカンファルの頭。
噴き出す紅い血しぶき。
降り注ぐ紅い雨を避けるかのように後ろに下がりつつタイゲイは笑って言う。
「俺はお前を仲間と思ったことは一度もないぞ」
崩れ落ちるカンファルの身体。
そして、それと同時にカンファルの首も地面に転がっていた。
そして、そのかって人であった肉の塊を見た後、ちらりと側の樹を見る。
ニタリ。
楽し気な笑み。
それはまるで何もかも見透かす様だ。
だが、すぐにタイゲイは踵を返す。
そして、街とは反対方向に歩き出したが、一旦足を止めると街の方を見た。
タイゲイの顔に浮かぶのは極上の笑み。
「霧島秋穂、また遊ぶ機会もあるか……。楽しみなことよ」
その言葉には、熱い思いが籠っており、まるで愛しい相手に伝えるかのようだ。
そして再び歩き出す。
もう振り向かずに……。
完全にタイゲイの姿が消えた後、彼がちらりと見た樹の陰から一人の男が現れる。
ミルファに手紙を預けた男だ。
その顔は真っ青であり、額には滴る様に汗が浮かんでいた。
「見逃してくれたという事か……」
そう言ってごくりと口の中にたまった唾を飲み込む。
いつ殺されてもおかしくない。
そんな状況であった。
だが、タイゲイは彼を見逃した。
それはまさに運が良かったと言っていいだろう。
だが、タイゲイの進んだ先に向けられていた視線が、側に転がっている肉の塊に向けられる男は舌打ちをした。
彼の目的は、カンファルの確保であった。
今回の事件の首謀者であり、裏組織の関係者。
どうしても生かして確保すべき相手であった。
しかし、その任務は失敗した。
だが、すぐに思考を切り替える。
相手は、あの裏組織の屈指の殺し屋、タイゲイなのだ。
こうして生きて上に報告出来るだけ良しとすべきだと。
そして、そのまま街から出ようと一旦考えるも、どうせなら口直しでもしてから出た方がいいと思い立った。
だから、彼は街に戻ることにしたのであった。
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