混乱の街カンロの章 4-17
「やっぱり、そうきますか……」
思わずといった感じでため息とともにそんな言葉が私の口から漏れた。
予想していたとはいえ、チャンスを逃さずに間違いなく手を打ってくるあたり、連中はかなりしたたかだ。
ちらりとミサを見る。
彼女は私を見るとこくんと頷いた。
襲撃者の腕前は見ていないのでわからないものの、正面から襲撃してきた事と裏通りで対峙した感じだと普通の兵士でどうこうできるレベルではなかった。
特にあの凄腕の男がいるのなら。
私は、パーティの面子を見る。
誰もがそれぞれの仕草と表情で同意を示す。
「よしっ。ミルファとノーラ、それにシズカは来てっ。連中を止めるわ。あと、リーナとサラトガは残って」
私がそう言うとリーナとサラトガが不満そうな表情になる。
「連中の狙いは、彼女よ。暗殺者なら、私達の隙を狙うわ。それに対応できるのはリーナしかいない。それにサラトガはどちらかと言うと防衛戦が得意でしょ?」
私の言葉に、二人は頷く。
だが、一人困ったような顔をしている者がいる。
シズカである。
「アキホ、なぜ私?私、戦いはそれほど得意じゃないわよ」
シズカの言葉に、私は言う。
「兵士のみんなの手当てを。出来る限り助けたいし」
私の言葉にシズカは納得した様子だが言い返す。
「なら、しっかり私を守りなさいよ」
「もちろん」
私は頷く。
「任せときな」
ノーラがニヤリと笑みを漏らす。
そして、私達はそれぞれ動き出す。
「後は頼むわよ」
私達はそう言うと部屋を飛び出した。
後ろには、ノーラとミルファ、最後尾にシズカが続く。
「おいっ。やっぱりあいつもいるんだろうな?」
ノーラの問いに、私は頷く。
「ええ。恐らく。だから、あいつは私が抑えるから、残りをお願いしていい?」
「おうよ。任せな。腕が鳴るぜ」
そして中央のホールに辿り着くと、そこは修羅場になっていた。
何人もの兵士達だったものが散乱し、血と肉が飛び散って辺りを紅く染め上げていた。
「おおっ。やっと来たかね」
あの男が玄関ホールの中央に立っていた。
その後ろには黒ずくめの男達が三人。
私は、ゆっくりと階段を降りつつ言い返す。
「お待たせしたわね。しかし、僅か4人で領主の屋敷を襲うなんて、中々大胆ねぇ」
その言葉に、男はケラケラと笑う。
「いや、どこかのお嬢さんに、三人も再起不能にされてしまってね。お陰様で人手が足りないんだよ」
連中の意識は私に向いている。
その視線を受けつつ私は一階に降り立つと男と対峙した。
その間に、階段の二階にはミルファとシズカが、二階に上がる階段の入り口にはノーラが移動している。
時々、一階の壁際でうめき声が上がる。
どうやらまだ息のある者もいるらしい。
だが、まだシズカを一階に下ろせない。
もう少し我慢していてね。
心の中でそう思う。
そんな私を威嚇するかのように下に下ろされていた男の両手のレイピアがゆらりと揺れる。
まだ、届かない距離だが、牽制の為だろうか。
そのスピードと軌道は途轍もなく脅威だ。
深呼吸をして気を落ち着かせる。
焦りや迷いは禁物だ。
それに前回の時と違い、遊びも警告もなしに恐らく一気に来るだろう。
それに対応するには、こっちも初手からそれなりに力を発揮させるしかない。
角の実体化は勘弁してほしいところだが、この男相手ではそんな事は言ってられないのは前回の戦いでわかっている。
覚悟する必要がある。
ゆっくりと足を踏み出す。
ぞくりと身体が震える。
それは男の発する殺気に身体が反応したからだ。
それでも一歩、一歩、男の方に近づく。
私の羽後に反応するかのように男の剣がすーっと動き、光の軌道を描きつつ私に襲い掛かる。
そして、それと同時に、後ろの三人の黒装束の男達が左右に動き、階段の方に向かった。
「後はお願いね」
私がそう言うと、ノーラ、ミルファ、シズカの三人は短く返事を返すと黒装束の男達の動きに対応するため、それぞれ行動を開始した。
後は、彼女らに任せ、私は襲い掛かる二つの光の軌道を避ける。
すでにある程度覚醒させていたおかげで、初手の攻撃を見切る事は出来た。
やはり以前の時よりもかなり速い。
普段なら、避ける事はもちろん動きを感じることも出来なかっただろう。
ふーっ。
息を吐き出して構える。
リーチは相手の方が長い。
だから、私の攻撃を入れるには、もう少し踏み込まなければならない。
しかし、隙が無い。
恐らく普通に踏み込んでしまったら、私はみじん切りとなって血と肉片になってしまうだろう。
「ほう……。それを避けますか」
少しだけ驚いた感じの声だが、男の表情はますます険しいものになる。
恐らく、今ので男の中で私の危険度がもう一段階上がった気がする。
「偶々です。運が良かったのよ」
私はそう言って一歩後ろに下がる。
「運、ですか……。ご謙遜を」
そして、今度は男の足が動いた。
ぱっと一歩踏み出して手を振る。
細い光の線が私に襲い掛かってきた。
さっきよりもスピードも速く、動きがえぐい。
二本の動きが互いの動きを援護して、相手を引き付け死角に入り込もうとしているかのようだ。
今度は避けるだけでは済まない。
きーーっ。
金属をひっかくような音が響く。
男の剣を私の籠手で受け流したためである。
だが、それで終わりではない。
次々と攻撃が繰り返されていく。
第三者から見れば、私の周りにはいくつもの光の線画は知っているように見えるだろう。
集中し対応していく。
一歩間違えば、私は身体のどこかを失うだろう。
集中し続けてると額の方に力が集まっていくのが感じられる。
角が実体化し始めているのではないか。
そんな恐れが一瞬思考に走った。
そして、それが私の身体の反応を一瞬だが遅くした。
「くっ……」
さばききれなかった攻撃が私のマントの端を切り裂く。
男の表情がニヤリと笑みを浮かべた。
今ので私の動きを捉えたと思ったのかもしれない。
だが、それが隙を生んだ。
その隙を狙って左手の籠手で無理やり男の片方の攻撃を受け流していく。
それは、今までのかわし切れなかったから受け流したという動きではなく、割り込み強引に剣の軌道を修正する。
だが、その結果、一瞬だがぽっかりと男の右側が空く。
そこに強引に身体を滑り込ませ、ブーツの上に取り付けた脚甲で蹴りつける。
男はとっさに避けようとしたが、距離が近いのと体勢が崩れていた事。それに、不意を突かれたという事を受けてもろに攻撃を受ける。
壁際に男が蹴り飛ばされ、壁に激突した。
これでどうだっ。
そう思ったものの、男は楽しげに笑う。
「やっぱりだ。お前も同類だ。間違いない……」
男は、血反吐を吐き、それでも立ち上がった。
ゆらり。
男の周りの気が揺れた。
ちりちりと肌を焼くかのような殺気が解放され、そして凝縮していく。
そう、二本の剣に。
そして、不味いと思って両手で前をカバーする。
その予想は当たった。
ゆらりと男の身体が揺れたかと思うと、一気に距離が詰められ、二本の剣が私に襲い掛かってきたのだ。
きいいんっ。
なんとか籠手で攻撃を防いだものの、手がびりびりと痺れたように震える。
とんでもない強さだ。
そして、私は気が付いた。
男の額に角が生えているのを。
男は笑った。
そして、日本語で話す。
「アキホ・キリシマ。いや、霧島秋穂。私をここまで本気にさせたのは、お前が三人目だ。それに敬意を払って名乗ろう。我が名は、後藤敏明。貴様と同類の異邦人よ」
その言葉に、全く動揺がないと言ったらウソになる。
だが、私はその動揺を抑え込む。
なぜなら、男の、後藤義明と名乗った男の攻撃が続いていたからだ。
それをさばきつつ言い返す。
「それはご丁寧にもどうも。でも、それがどうしたのよっ。私には関係ないわっ」
そして、より集中して、能力を覚醒させていく。
もう角の実体化とか考えている余裕はなかった。
そうしなければ、攻撃をさばききれなかった為だ。
「ほほう。貴様も鬼かっ。私と同じような角が額にぼんやりと見えるぞ」
そう言いつつ波状攻撃を繰り返していく。
段々とスピードが上がっていき、後藤義明の角がはっきりとしていく。
それを見て、私は無意識のうちに思う。
この男も鬼だ。
そう、いうなれば剣の鬼。『剣鬼』だと……。
なぜそう思ったのか、わからない。
ただ、私の中でそう感じたのだ。
だが、その攻撃がピタリと止まって、後藤義明と名乗る男が後ろに下がった。
「ちっ。しくじったか……」
そう呟く。
「どうやら潮時のようだ。霧島秋穂。この勝負は、次回に持ち越しとさせてもらおう」
そう言うと、一気に玄関に駆け出していく。
そして、それに合わせて後ろから声が掛けられる。
「アキホ、大丈夫かっ?」
ノーラだ。
彼女の側には、三人の黒装束の男達が重なる様に倒されており、シズカが兵士達の方に駆け出していた。
「ノーラ、ミルファ、このまま警戒を」
私そう言うと階段を駆け上がっていく。
「アキホっ。さっきの部屋の結界に反応あったわ」
ミルファの横を通り抜けるとき、ミルファがそう声をかける。
おそらく、さっきの部屋に念のために結界を張っていたのだろう。
それが反応したのだ。
やっぱりか。
あの男の呟きで、予想通り別動隊がミサたちを襲撃したのではと私は思ったのだ。
それを裏付けられたと言っていいだろう。
「やっぱり……。ミルファ、こっちよろしくね」
リーナにサラトガ。
それにランドルもいる。
大丈夫だとは思うものの、それでも心配だったのだ。
「みんな無事?」
ドアを開けて部屋に駆け込むと、窓ガラスが割れて散乱した室内には、黒装束の男が二人、床に転がっていた。
「まぁ、なんとかね、アキホ」
リーナがそう言って、血糊が付いた武器をボロ布で拭きとっている。
「そっちはどうだった?」
サラトガの問いに、私は頷いて言い返す。
「こっちもなんとかなったわ。もっとも首謀者には逃げられたけど……」
「逃げられたか。余程の相手だったんだな」
サラトガの言葉に、リーナも頷くような仕草をする。
「ええ。とんでもない相手だったわ。それでミサは大丈夫?」
私がそう言うと、ミサが苦笑して言う。
「ええ。何とかね」
そう言ったものの、顔色は良くない。
まぁ、目の前で殺し合いがあったのだ。
ましてや、床や壁に血しぶきが飛び散っている為、気分がいいものではない有様なのだ。
こういう事が初めてなら、気分が悪くなっても仕方ないだろう。
「ともかく、無事ならよかったわ」
私はそう言うとふーと息を吐いたのであった。
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