混乱の街カンロの章 4-15
結局、私はミルファの案を受け入れ、道化を演じる羽目となった。
まぁ、確かにミルファの案ならうまくいきそうな気がする。
だけどさ、それとこれは別なんだよなぁ。
私、やりたくない。本当にやりたくない。やりたくないんだよぉ。
でも、仕方ないので自分自身を納得させる。
そして、翌日の朝、私は領主の屋敷に向かった。
ミルファの案を提案するためである。
これ駄目だったら、もういいや。
そんな破れかぶれな気持ちがあったが、話を聞いてミサリナは驚き、そしてその提案を受け入れた。
つまり、道化を演じることが決定したのである。
ああ、やりたくないなぁ。
でも、やるしかないんだよなぁ。
そんな私に、ミサリナは「最後に一つ聞いていいですか?」と聞いてくる。
もうどうでもいいやって気持ちが強かったから、「なんでも聞いて」と答える私。
そんな私を見て、ミサリナは確認するかのように私に聞いてきた。
「私は貴方の真意が知りたい。なぜ、私に味方して、ここまで協力してくれるのか。その理由を知りたいんです」
その言葉には、強い意志が感じられた。
彼女としても、いくらナグモの一族と言われているとはいえ、ほとんど初対面と変らない相手を信用するにはそれぐらいは知っておきたいと思ったのだろう。
まぁ、確かにその通りだ。
彼女にしてみれば、余りにも自分に都合が良すぎるからね。
そんな事を考えてしまってもおかしくない。
で、そう言われてふと考える。
なんで私は彼女を手伝おうと思ったんだろうと。
そして、思った事を口にした。
「まぁ、どっちが正義でどっちが悪とかは関係ないかな。そういったものは人それぞれの価値観によって違ってくるし、それを押し付けたり、押し付けられたりは嫌いだしね。だから、私は私の価値観で決めたの。そうね、私はただ住民のみんなが笑って暮らせるのはどっちかなと思っただけかな。それが偶々あなたの方だっただけ」
それが私の正直な気持ちであり、理由だった。
彼女の口から出た言葉。
その飾り気のない言葉に、余りにもシンプルな言葉に、私は一瞬唖然とした。
だが同時に、その思いがとても気持ちよかった。
そして、思い出す。
なぜ、こういう事をやろうと思ったのかを。
私は、平民として生まれ、平民として生きてきた。
今のような貴族の令嬢となる前は。
だから、私は平民がどんな生活をしていて、どんな苦労をしているかを知っている。
だからこそ平民の生活の為にと私は改革を推し進めていたのだ。
それを再度確認させられた。
そして、私と同じ事を考えているこの女性に親近感を覚えた。
だからだろうか。
自然と私は笑っていた。
楽しかった。
彼女こそは、盟友として相応しい人物だと思えた。
だから、私は右手を差し出して言う。
「うんうん。いい答えだわ。キリシマ様。実にシンプルで実に素晴らしい理由です」
そして、言葉を続ける。
「私はそんな貴方を信頼します」
私の言葉に、キリシマ・アキホは驚き、そして私の右手に自分の右手を重ねて嬉しそうに握り返しつつ言う。
「私の事は、アキホと呼んで。私を信頼してくれるなら、なおさらね」
揶揄っている口調で少し悪戯っ子のような表情を彼女はしている。
だが、そんな彼女の言葉や態度から滲み出ているのは、揶揄いでも、悪戯でもなく、心底そう思っているという思いだけだ。
だから、私は思わず言っていた。
「なら、私の事は、ミサと呼んでくださいな」
昔、平民として生活していた時、友人だった女の子が私の事をそう呼んでいた。
その時の呼び名を彼女には呼んで欲しいと思ったのだ。
だから自然とそう言えた。
私の言葉にアキホは驚き、そして笑った。
ただ笑いあって握手をしただけ。
なのに、私とアキホは強い絆で結ばれているような感覚さえあった。
ふふっ。なんかこういう気持ちになったのは、久しぶりのような気持ちだ。
だが、それで終わりではない。
こっからが勝負なのだ。
私に残された時間は少ない。
いいわ。足掻いて見せるわ。私の思いの為に。
ミサリナ、いやミサは実に楽しそうだった。
私もなんか楽しくなってくる。
彼女の為なら、道化を演じてもいいと思うほどに。
そして、打ち合わせをして、舞台の準備を始める。
そして、その日の午後、舞台の幕は開いた。
場所は、領主の屋敷にある大会議室。
そこには、ミサに仕える部下達の代表が集められた。
要は、彼女の直属以外の各部署の幹部とその補佐といったところだろう。
私はそこに集められた連中を部屋の隅で見ている。
ほとんどの者は、私をちらりと一瞥した後、無視してそれぞれ好き好きに話し込んでいる。
その態度は、実に横柄で、不真面目、纏まりがないという感じだ。
要は、領主に集められたことに対して、不満と不機嫌そうな顔を隠しもしない。
あ、これはかなり苦労してそうだわね。
私がそう考えていると、ほんの一部の数名が私をチラチラ見ている事に気が付いた。
彼らは警備の一部の者達で、私の正体を知っている者達だ。
呼び出しされた場所に私がいるという事で、何かヤバい事が起こるのではないかと警戒しているのだ。
その表情に浮かぶのは不安であり、彼らは他の連中と違い、借りてきた猫のようにおとなしくしていた。
そんな彼らを見て、私は微笑む。
ええ、あなたたちの予想通りの事が起こりますからね。楽しみにしておいてください。
そんな思いを笑みに込めて。
だって、私が道化を演じるんだもの。やる以上は、失敗なんてしたくないし、させたくないもの。
そんな事を思っていると、ミサがランドルと直属の兵士を二人つれてやってくる。
だが、幹部たちの態度は最悪で、話す事は止めたものの、その視線は敵意と軽蔑が籠っていた。
そんな事は気にせず、ミサは部屋を見渡し、口を開く。
「今回集まってもらったのは、皆さんにやってもらいたいことがあるからです。今、この街は不穏分子によって混乱しています。その不穏分子を摘発します」
その言葉に、太々しい態度の幹部の一人が口を開く。
「不穏分子ってのはどこにいるんだい?」
その言葉と共に、ゲラゲラと馬鹿にしたような笑いがあちこちから洩れる。
要は、言う事は聞かないという事だろう。
どう考えても不敬に当たる態度であるが、どうせ領主は何も出来ないと舐め切っているのだ。
へぇ……。あんな態度とるんだ。
思わず、ぎゅっと拳を握り締める。
多分、すぐ側にいたら、文句も言わずにぶっ飛ばしていたかもしれない。
ああいう連中は大嫌いなタイプだから。
しかし、ここは、ミサの為の舞台であり、私は道化だ。
道化の出番は、まだ後である。
だから、出番を待つ。
ミサはそんな態度の幹部に怒るどころか冷ややかな視線を送る。
それが益々相手を増長させた。
「おいおい、領主様よ、証拠なく、善良な領民を摘発するつもりじゃねぇだろうな?」
馬鹿にしたような口調でその幹部は下卑た笑みを浮かべて言う。
だが、そこでミサはぼそりと言った。
「そう言えば、商人から賄賂を受け取り、便宜を図っている者がいると聞きました。確か……その商人の名はベネット・ハンカーク」
それはそれほど大きな声ではなかったが、その言葉に、ミサを馬鹿していた発言をしていた幹部はサーッと顔色が変わった。
それをスルーしてミサは言葉を続ける。
「確か、毎月25日に、とある酒場で会っていろいろ賄賂を得ているとか……」
シーンと会議室が静まり返る。
そんな中、ミサの言葉だけが響く。
「あ、そう言えば、色々便宜を図ってもらっている者もいましたね。確か、ミラバーク商会がいろいろやっているみたいですが……」
淡々と話していく。
誰がとは言わない。
だが、どういった事が行われているか。相手は誰か。
それが言われていくのだ。
ある意味、誰がと言われない分、後ろめたい事があるやつは、冷や汗ものだろう。
そして、ついに我慢できなくなったのだろう。
最初に馬鹿にしていた発言をしていた幹部が叫ぶように言う。
「そんなのは嘘っぱちだ」
そして、それに同調するように文句を言う連中。
ただ、私の正体を知っている連中だけは大人しかった。
情報の出どころがどこか察したのかもしれない。
うんうん。いい子だよ。
そういう子は嫌いじゃないよ。
さて、そろそろ道化の出番かなぁ。
私はふーと息を吐き出すとゆっくりと立ち上がる。
そして、パンパンと手を叩いた。
ミサに向かっていた敵意のこもった視線が私に集まるが、修羅場をくくった私にとって、それは生暖かい程度のモノだ。
だから、私は彼らを見渡して、ゆっくりと口を開く。
「私が提供した情報が嘘っぱちとかいうのはどなたかしら」
いかにも悪役令嬢っぽく目を細めてくすくすと笑う。
「なんだてめぇはっ。部外者は黙ってろっ」
怒りに満ちた声で一喝されるが、私にとってその程度のモノはそよ風みたいなものだ。
ぎろりと一喝してきた相手を睨みつける。
それだけで相手は黙り込み、怯んだ。
ふふんっ。経験が違うのよ、経験が。
そんな事を思いつつ、私は貴族の令嬢のように優雅に挨拶をする。
「私の名前は、アキホ・キリシマ。皆さんご存じのナグモ一族のものでございます。お見知りおきを」
そして、頭を上げると近くにあったテーブルを軽く殴った。
金属製のテーブルは、まるで飴細工のように派手な音を立ててひしゃげる。
激しい破壊音の後に続く静寂が辺りを支配した。
「ナ、ナグモ……」
思わずといった感じで幹部の一人の口から言葉が漏れる。
「あら、よかったわ。ご存じの方がいて……」
そして、ニタリと悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ナグモがどういった事をしているか、御存じですわよね」
再びしーんとした静寂が会議室を支配した。
そして、そんな中、ミサがにこやかに微笑みつつ言う。
「今回の件は、彼女の全面協力を得ています。不穏分子についても十分な証拠を得ております」
そして、楽しそうに言葉を続けた。
「もちろん、その他の事も……。ですが、今回、我々に協力するという事であれば、ある程度、罪状は考慮してもいいかなと思っております」
要は、今までの罪や不敬な態度はある程度見逃してもいいから、こっちの命令に従えという脅しである。
いやはや、美人がやると凄みが違うねぇ。
私はミサをみてつくづく思う。
私、やっぱ道化だわと。
そして、そんな事を思っている間にもミサの命令という脅しが通達され幹部たちの選択肢は従うしかなく、その日の夕方には、大取物が始まる流れとなっていったのであった。
よしっ。うまくいったわ。道化をやった甲斐があったわねぇ。
その結果に、私は大満足したのであった。
なお、この会議室の隣の部屋はこっちの様子を覗き見ることが出来るようになっており、うちのチームのメンバーが劇でも鑑賞しているかのように盛り上がってこの様子を見て楽しんでいたのを私は後日知る事となる。
あー、もうヤダ。
やっぱり、私の親友はニーだけだわ。
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