混乱の街カンロの章 4-12

領主側に手紙を出してからの展開は早かった。

翌朝には、フリーランス組合からお呼びがかかったのだ。

まぁ、時間がないというのは正しいから、早くやらなきゃならないというのは間違っていない。

だが、早くても昼過ぎ、下手したら夕方かなと思っていた私は、結構驚いた。

これにはミルファも驚いたようで、知らせを受けた時に「へぇ。決断早いわね」と少し感心していた。

恐らく手紙が届いた後、即座に決断しないとこの時間帯に呼び出しなんて来ない。

ミルファも「すぐに決断しないとこんなに早くは出来ないわ。なかなかいい領主になりそうじゃない」と言っている。

そう。リーダーたるもの迷っていてはいけないのだ。もちろん、情報を整理し、現状を把握して決断する必要はあるが。

どうやら、この街の領主であるミサリア・カルストはその点は問題ないらしい。

会食の会話などを考えても、上に立つ者の素質は十分すぎると感じた。

もっとも、そんな事を思えるのは、OL時代にスキルステップアップでいろいろと受けていたからだったりする。

ほら、あるじゃない。管理職とか、リーダーの為の研修会とか、スキルアップ講座とか、勉強会とか。

あれ、結構参加してたのよね。

まぁ、上昇志向があったからというより、参加すれば社内評価が上がるから参加してたんだよね。

それで、給料とかの査定に少しでもプラスになればと思ってやってたんだけど、こんな所で役に立つとは思わなかった。

いやはや、色々やっておくべきだねぇ。つくづく経験は宝だと思う。何事も経験したからわかる事はあるってものだ。うんうん。

ともかくだ。

こっちの思惑に乗ってくれたのだから、こっちもすぐに対応しなくてはならない。

そういう訳で、チームを二つに分けた。

依頼に動くチームとこの街で情報収集して恐らくそろそろ戻ってくる打あろうリーナと合流するチームとにである。

依頼で動く方は、私に、ミルファ。それにノーラの三人。

街に残るのはサラトガ、シズカ、それにカラワン、モーガンもこっち側となる。

全員、その振り分けには問題ないみたいだ。

サラトガは、なんか意気投合した商人と商談をしたついでにいろいろ情報収集をしておくとか言ってるし、シズカは製薬しつつ捕虜として拘束している扇動グループのリーダーを監視しておくからと言っている。

そういやふと思ったが、最近、拘束しているリーダーが偉い従順なんだよね。

こっちのいう事は素直に聞くし、逃げ出そうとか、暴れたりしないし。

まさか、シズカなにかやったの?

そう思って聞いてみたら、シズカが少し微笑んで言うんだ。

「ふふっ。治療以外はしてないわよ」

その笑みを見て分かった。

絶対、治療以外に何かやってる。

そういや、なんか売り物以外でなにか薬を調合していたな。

あれか、あれなのか……。

思わず聞きたい衝動にかられたが、気が付かない振りをしておく。

そう、藪をつついて蛇を出す必要はないのだ。

うんうん。



ランドル・エルフマンはフリーランス組合の会議室で待っていた。

打ち合わせの時間はすでに知らせてあるという事なので間もなく来るだろうと説明を受けていたが、あまり期待はしていない。

フリーランスの連中はあまり信用できないという思いがあるからだ。

金で動く傭兵と変わらない、契約さえすれば敵にも味方にもなる連中。

そういう思いが強くあるからだ。

確かにそれは間違ってはいない。

だが、彼は少し思い違いをしている。

傭兵団の上が契約をして動く傭兵と違い、フリーランスは、組合の紹介があっても本人たちが納得しないと契約しないのである。

そこには、フリーランスである現場で動く者達の意思が反映されるのだから。

ともかく、時間通りに来ると思っていなかったが、打ち合わせの時間5分前に彼女らは来た。

アキホ・キリシマ。

ナグモ一族の関係者という人物。

どうやら、時間はきちんと守る相手のようだ。

会議室に入るなり、きちんとした礼節を守り、今回の依頼に感謝の意を示している。

もっとも、そういう風に振ったのは相手の方なので内心はしてやったと思っているのかもしれないが。

つまり、一筋縄ではいかない相手だという事だ。

だが、主人は彼女らを信じて動くと決定したのだ。

その意を優先させ、ともかく今回の依頼での件を話し合う。

依頼の際にこっちの条件である随行者の件も彼女はにこやかに承諾した。

心底嬉しそうだ。

あまりにも快諾だったので思わず聞き返す。

「本当にいいのか?」

その問いに、彼女は楽し気に答える。

「いや、拘束した後も引き渡す手間が省けますし、監視とかしなくて済みますから」

要は、連中を潰した後の連行や引き渡しなど面倒な事をこっちに押し付けられてうれしいらしい。

その様子から、これがガセネタとは思っていないし、金をせしめるだけの狂言ではないらしいのがわかる。

「それで、出発は?」

そう聞くと、アキホはニコリと笑った。

「すくに出発しましょう。そちらも用意できているんでしょう?」

まるでこっちの準備や魂胆がわかっていると言わんばかりに目を細めてそういう彼女に、ランドルは以前誘惑されて有り金を持ち逃げされた女の事を思い出してしまっていた。

つまり、この女は、見た目で騙されてはならないという事を



やっぱりか。

ミルファは領主側の提案を聞いて心の中でそう思った。

もちろん、顔には出さない。

恐らく、随伴者が付くだろうとは思っていた。

それはアキホもわかっていたのだろう。だから、こっち側は、私たち三人だけでも十分対応できると踏んだのだろう。

こっちとしてもそうなった方が助かる。

倒した相手を拘束して監視する人員が必要だが、向こうの提案を受ければその分の人員を回さなくていいのだから。

しかし、驚く。

こういった交渉事に慣れているのだろうか。

アキホはにこやかに笑いつつ話を進めている。

なんとなく、姿がボスにかぶって見えた。

こうして打ち合わせは問題なく終わり、すぐに出発となった。

領主側の随伴者は、リーダーであるランドルに兵士が六人。それに荷馬車に偽装された馬車が二台となっている。

こっち側は、全員馬で移動という形だ。

準備をしつつ、アキホにこっそりと聞く。

「ねぇ。向こうが随伴者言い出さなかったらどうするつもりだったのよ」

その問いに、アキホは笑って言う。

「その時は、こっちから提案するつもりだったわ。だってさ、面倒じゃない?」

いやはや、面倒という言葉で全て片付けられるとは思わなかった。

だが、それがアキホらしいという気がする。

ボスは意外と何でも自分でやりたがっていた。

いや、やらないと気が済まないといったところだろうか。

だから、仕事が山のようにあり、その上作戦があればあっちこっちに飛び回っている。

だが、アキホは違っていた。

任せるところは徹底的に相手に任せている。

面白いなと思う。

この二人、よく似ているようで、実に似ていないと。

ミルファはついつい笑ってしまった。

そして、ボスとアキホの二人に関わりあえたことの幸運を感謝していた。

これで当面、退屈しないぞと再確認出来て。



すぐに出発したおかげか、夕方には目的地近くに到着した。

すでに夕食は先に済ませている。

もっとも、火が起こせないので、不味い保存食になってしまったが。

ノーラがぶちぶち文句を言っていたが、仕事が終わったらきちんと料理作るからというと納得したのだろう。いや、納得させた。

そんなに文句言うなら、ミルファの料理食べさせるわよとこそっと言ったのが効果を発揮したようだ。

一回だけミルファが作った料理を食べて以来、ノーラにとってミルファが料理を作るという事は、絶対に避けなければならない事態らしい。

いや、わかるよ。うん。

でもさ、言った私もだけど、それを聞いて素直に言うこと聞くノーラもノーラだろう。

心の中でミルファに謝っとく。

で、近くに馬車や馬を隠し、見張りの兵士を一人残して、私達は目標の場所に向かった。

段々と薄暗くなっている。

そんな中、発見した。

恐らくあの洞窟だろう。

自然の洞窟に色々手を入れているのが離れた距離からもわかる。

ご丁寧に木でドアまでつけてある。

そして両脇に眠そうな表情で立っている男が二人。

身に着けている装備や武器から、傭兵か、盗賊といった感じだ。

フリーランスではない。

こういった法に反する事や反政府的な行いは、中立であるフリーランス組合は取り扱わないからだ。

しかし、余程暇なのだろう。何度も欠伸をして実にだらけ切っている。

そんな様子を確認して一旦離れる。

するとランドルが近づいて聞いてくる。

「どういった感じで行うのですか?」

少し警戒した様子でそう言われて、私は考えていた事をにこやかに言う。

「あぶり出しでやりましょう」

「あぶり出し?」

ランドルが益々怪訝そうな顔で聞く。

「ええ。入り口から煙を流し込んでパニックになって飛び出してきた相手を潰していこうかなと」

横で聞いていたミルファとノーラが呆れた顔になっている。

いいじゃない。手間もそうそうかからないし、危険度も下がるしでいいことずくめなんだしさ。

「それって、パンパドラを狩る時に使ったりする方法じゃねぇのか?」

ノーラが思わずといった感じで呟く。

「そうね」

実際、その方法から今回の事を考えたんだよね。

だから、隠さず私がそう言うと、ノーラが苦笑する。

パンパドラっていうのは、穴を掘って畑を荒らしまわる害獣の一種で、その撃退方法として巣穴に発煙するアイテムを放り込み追い出すという方法がある。

それを聞いてランドルが困ったような顔になった。

だが、反対はしない。

下手に強行するよりはマシだと思ったのだろう。

或いは、害獣扱いされている相手を哀れに思ったのかもしれないが、それは私にはどうでもいい事なので聞く必要はない。

「ねぇ、ミルファ、煙を流し込むとかできる?」

私がそう聞くと、ミルファは少し考えて言う。

「魔法でするより、触媒使って発煙するアイテム作った方が早いわ」

「すぐできる?」

「ええ。触媒はこの前買いこんでいるし、すぐに出来るわよ」

「ならお願い」

私がそう言うと、今度はノーラが聞いてくる。

「でもよ、見張りはどうするよ?」

「任せて」

ミルファにアイテムの用意を頼むと私は立ち上がる。

「じゃあ、ちょちょっとやってくるから」

私の言葉に、ノーラもランドルも唖然としていた。

まぁ、あんだけだらけて警戒心ゼロなら問題ないから。

そして、木の陰に紛れつつ、接近していく。

相手はまだ気が付いていない。

さてと、まずは手前の方から……。

欠伸をした瞬間、一気に距離を詰めて首筋に一撃。

見張りが崩れ落ちるのを確認しながら、もう一人の方に詰め寄る。

一瞬何が起こったのかわからない表情だったが、声を上げようと口を開きかけるもう一人も一撃で気絶させた。

うん。楽勝。

私は、二人共気を失っているのを確認し、みんなのいる方に笑顔で手を振ったのだった。



まるでちょっと近所に買い物に行ってくるねと言った感じてアキホがさっさと行ってしまう。

止める暇もなかった。

しかし、その動きは実に迷いがなく、的確だ。

もっとも、リーナに比べればまだまだだと思う。

だが、それに近い動きであり、十分脅威になる動きだ。

元々体術に関しては抜きんでている才能と技能を持っていることはこの前の路地での戦いで理解していた。

だが、それでも驚くしかない。

まるで獲物を狙う猛獣のように忍び寄り、一気に二人の見張りの意識を刈り取った。

その動きを見て思う。

真正面でもし本気で戦って勝てはしないかもしれないがそうそう負ける気はしなかった。

しかし不意を突かれれば間違いなく負けるだろうと。

自分の中のアキホへの評価が上がっているのがわかる。

とんでもないやつだな、あいつは。

ノーラはそんな事を思いつつ、手を振るアキホを見て微笑むと手伝うために歩き出したのであった。

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