混乱の街カンロの章 4-11
私は目の前にある封筒をどうすべきか一瞬迷った。
見なかったことにして立ち去るべきか、それとも……。
だが、情報が欲しいのは事実だ。
魔力感知に引っかからない以上、魔法がかかっていないのは確認済み。
後は、毒などが仕組まれていたらと言う事だが、そこまで考えてその考えは捨てる事にした。
もし殺すのであれば、こんな手を使わなくても出来るはずであり、わざわざこんな危険を冒してまでやる必要性はない。
だからこそ、ここはさっきまでいた男の思惑にのる事にした。
何気ない風を装い、封筒を手に取る。
そんなに厚みはないから、多分一枚か二枚程度の便せんが入っている程度だろう。
ただ、あまりにも武骨で封筒という役割のみしか全うできない分厚めのごわごわした紙質の白い封筒についつい思ってしまう。
うーーん、優雅じゃないな。
せめてもう少しおしゃれな柄とかあればいいのに。
もっともそんな事は関係ないんだろうけどさ。
でももう少しおしゃれなやつでもいいんじゃないのかな……
そんな事を思いつつ、注意して中身を出した。
それを広げてざっと目を通していく。
そこに記されていたのは、場所と時間。
それに人物の名前がずらりと並んでいる。
確かこの場所は……。
少し考え込み思い出す。
ここってカンロのすく側にある森の名前だったはず……。
その奥にある洞窟と記されており、明後日早朝までと書かれていた。
また、名前は関係者という事だろうか……。
どう考えても胡散臭すぎる
さて、どするか……。
そう考え込んでいると声をかけられた。
「どうしたのよ、ミルファ。難しそうな顔しちゃってさ」
能天気にそんな声掛けをする人物を私は一人しか知らない。
アキホだ。
相変わらずののんびりというか飄々とした雰囲気でニコニコと笑っている。
彼女の後ろにはノーラがいたが普段と少し様子が違っていた。
なんか警戒するかのような感じなのだ。
だから苦笑して聞いてみることにした。
「私だって難しい顔するわよ。アキホじゃあるまいし……」
その言葉に、アキホは憤慨したような表情になるも、目が笑っている。
つまり、本気で怒ってはいないという事だ。
「酷いなぁ。なんか私、何も考えてないみたいじゃない」
「つまり、そう捉えてもおかしくない言い方をアキホは私にしたってこと」
「あ……。でも、そう言うつもりは……」
アキホが困ったような顔になる。
相変わらず表情がコロコロ変わって実に楽しい。
おっと。いけない、いけない。
目的を忘れそうになってしまった。
慌てて思考を切り替えて聞く。
「それよりも何かあったの?」
その問いに、アキホは困ったような顔で言う。
「やっぱ、わかる?」
「うん。アキホよりもノーラがね」
そう言われてアキホは苦笑するとノーラの方を向いた。
「大したことないから。それにもう大丈夫だって……」
「しかしよぉ……」
「しばらくは襲ってはこないわよ。今回は脅しを兼ねてだろうからね。それに骨を叩き折っているから下っ端は当面使えないだろうし……」
そんな意味の分からない会話だが、ただ一つわかることがある。
アキホが何かやらかしたという事だけだ。
私は呆れ返った表情になってじとーっと見る。
その視線を受けてアキホは慌てて口を開いた。
「わ、私からはやってないわよ。巻き込まれただけなんだから」
「本当?」
「本当、本当っ。怪しげな暗殺者に襲われただけだから……」
余りの事に一瞬思考が固まった。
そして私は我に返るとちょいちょいとアキホを呼び寄せる。
「えっ、何?」
警戒もなく近づいてくるアキホの頭を軽く叩く。
「大したことじゃないでしょう。そこに座ってきちんと話しなさい」
私が少し厳しい感じの口調でそう言うと、アキホがびくっと反応してすごすこと私の近くの椅子に座る。
なんかノーラもびくついた感じで椅子に座った。
君達、おどおどしすぎてはいないかな。
そんなに厳しく言ったつもりはないんだけどなぁ。
一度、みんなが私の事をどう思っているのか聞いてみた方がいいのかしら。
そんな事を思いつつ、心の中でため息を吐き出す。
しかし今はそれを追求する時ではない。
そう思考を切り替え店員に紅茶を二人分追加注文して、私は先ほど起こった事の顛末を知ることになったのであった。
話を聞いた私は呆れ返った顔で一言言う。
「何やってのよ」
慌ててアキホが言い返してくる。
「いや、不可抗力だから……。ね」
可愛く言ってみても、話を聞けばたいていの男は引くか呆れ返るだろう。
暗殺者をボコりましたとか……。
だが、そこで思考を変える。
つまり、連中は我々が敵に回ったと思って刺客を送ったのだろうか。
いや、多分違うだろう。
目障りだから、大きく関わる前に排除しょうという感じか。
つまり、アキホがどう動くかで大きく変わるってことか……。
そこまで考えた後、私は思い出した。
手紙の存在を……。
私はにこやかに微笑みつつアキホに手紙を手渡した。
「ナニコレ……」
そう言いつつ手紙を受け取り目を通したアキホの表情がみるみる真剣なものに変わった。
いやはや、本当に表情の変化が楽しいねぇ。
「これ……どうしたの?」
「昨日のパーティに参加している殿方からの贈り物よ」
「ふーーーん……」
アキホが目を細める。
恐らくいろいろ考えているのだろう。
そして、私に聞いてきた。
「ミルファはどう思う?」
「アキホが襲われたという事を考えれば、罠の可能性が高くなったかもね」
「確かに……」
そう呟くも納得していない表情。
恐らくいろいろな事を考えているのだろう。
顔が色んな表情を見せる。
本当に見飽きない。
それはノーラもだろう。
ちらちらとアキホの方に視線を移しつつ、私のクッキーに手を出していた。
おい、自分で頼みなさいよ。
思わずそう思ったが、グッと抑えておく。
そのうちたかって倍返ししてやるから……。
そんな事を思っていると考えがまとまったのか、考え込んでいたアキホはニコリと微笑んだ。
「せっかくの情報だから、活用しましょうか」
あ、なんか悪だくみを思いついた顔だ、あれは……。
私はそう判断して聞き返す。
「なにやるのさ?」
「いや何、領主にこの情報を流そうかなと……」
「でも、偽情報かもしれないんだろう?領主が相手にするかな?」
横で聞いていたノーラがそう口を挟む。
「別に偽情報でもいいんだけどね。どう判断するかは、領主に任せてもらうとして、ただ、タダで動き回るのはフリーランスの私達らしくないじゃない?だからさ、ちょっとね……」
アキホは微笑み、そして言葉を続けた。
「ねぇ、ミルファ。封筒と便せん持ってない?」
どうやら手紙で知らせるつもりらしい。
確かにそれがいいだろう。
直接領主の元にアキホが行く事は、変な誤解を招きやすいし。
「持ってないわよ。そうそうせっかくだからそこの商会で買ったら?サラトガの知り合いの店らしいし」
「ああ。そうなんだ。ならミルファ買ってきてくれる?」
どうやらアキホは少し文面でも考えたいのだろう。
そう言うとなにやらブツブツ独り言を言い始める。
「いいわよ」
私は立ち上がると二人を残して商会に向かう。
どうせなら、センスいい封筒を買わなきゃね。
そんな事を思いつつ……。
目の前に置かれているのは、かわいらしい花の絵柄をあしらった女性らしい繊細なデザインの封筒だ。
アキホ・キリシマの使いだという人物から渡されたその封筒を受けて、ミサリア・カルストは封も切らずに黙って机の上に置いて考え込んでいた。
「お嬢様、いかがなさいましたか?」
見かねたのだろう。
メイド長であり、彼女の信頼する部下の一人でもあるリサ・バレッタはそう聞き返す。
その声に、ミサリアは苦笑を漏らしつつ顔を向けた。
「これって、間違いなく彼女のものかしら?」
なんか親しき人に贈る個人的な手紙のようにしか見えずにそう錯覚してしまうのだろう。
要は、あまりにも場違い感が強いという事でもある。
「ええ。彼女のチームの一人であるノーラという女性から渡されました。確認をしましたので間違いないかと」
「なら、彼女は私達に味方すると思っていいのかしら……」
それは恐らく願望だ。
今のミサリアはかなり追い詰められている。
ほんのさっき父親から手紙が来たのだ。
その手紙には、領地の街一つきちんと管理できないのかと叱咤する内容であった。
ミサリアの父は彼女にかなり厳しいが、それは恐らくミサリアに期待している為だと思っている。
だが、その厳しさは今の彼女には重圧にしかなっていない。
だからそんな言葉が出たのだろう。
ここで甘やかすのは簡単だが、それでは困る。
だから、リサは無表情のまま口を開いた。
「結果を知るのが怖いのはわかりますが、それでは先に進めませんよ」
ミサリアが困ったような顔をした。
「相変わらず厳しいのね」
「ええ。お嬢様のご希望でしたから……」
ミサリアの顔が驚いたものになった後、くすくすと笑っている。
「そんな昔の事を……」
「覚えていますよ。お嬢様との初めての約束ですから」
その言葉を聞き、ミサリアはすーっと大きく息を吸い、深呼吸をした後、パーンっと自分の両頬を叩いた。
気合を入れる為に昔よくやったミサリアの癖だ。
懐かしい……。
リサは目を細めてその様子を見ている。
「そうだったわ。ありがとう。また、迷っていたらお願いね」
ミサリアはそう言うと手紙を取り、ペーパーナイフで封を切る。
そして中の手紙を取り出すと目を通し始めた。
そしてすべてを読み終えて、ミサリアは笑いだす。
その様子に驚き、リサが慌てて口を開いた。
「いかがなさいましたか?」
そう聞かれてミサリアは手紙をリサに渡した。
それを受け取った後、目を通すリサ。
そして呆れ返った。
「なんですか、これ……」
その手紙には、反領主側が明後日に何かしでかすつもりで準備が進んでいるという不確実ながらも情報があり、その後にはそれに対してのおすすめの対処法が記載されていた。
そして、ミサリアが笑い、リサが呆れた内容は、おすすめの対処法の方であった。
山賊討伐とか名目を適当に付けて緊急依頼としてフリーランス協会で私たちを指名して依頼すればいい。
そこにはそう書かれていた。
要は、情報を手に入れたが、タダでは動かない。
だから依頼しろって言っているのだ。
そして、もしその情報が偽物だとしてもアキホ達にとっては無駄働きにはならない。
緊急依頼では、目的を達成できなくても、ある程度の金額が支払われるからだ。
実に自分に都合がいいような内容なのである。
そこには協力という意味合いよりもうまく利用してやろうという思いが見えてしまった為だろう。
「受けるべきではありません。大体、その情報が信用できるかどうかも怪しいのに……」
度重なる混乱で、町の財政は無駄なことに金を回すほど裕福ではない。
それに別に依頼しなくても信頼できる部下を派遣するという手もある。
だが、秘密裏にそれが出来るかと言うと話は別だ。
恐らく漏れるだろう。
そうなると結果は見えてしまう。
その点、フリーランス組合は情報管理に関してはある程度信用できるし、この街では間違いなく中立の存在だ。
だが、緊急依頼は、普通の依頼に比べ依頼料は跳ね上がる。
それも指名となるとなおさらだ。
安い金額ではない。
だから、元々あまりアキホにいい印象を持っていなかったリサはそう言い切ったのだ。
だが、ミサリアは違っていた。
不確定な情報であれ、恐らくまた市民を装った連中が暴れようとしており、それは間違いなく善良な市民に被害を齎す。
それに対して金を出してでも対応するのか?
そう問われていると感じたのである。
くっくっくっ……。
笑いつつ口を開く。
「面白いじゃない。試されているんだよ、私達は……。あのお嬢さんに。さすがはナグモの血と言ったところかしら」
ミサリアはそう呟くように言うと幼馴染であり警備主任でもあるランドル・エルフマンを呼ぶように言う。
つまりは、話に乗ってやろうじゃないかという事だ。
リサは苦笑したものの、すぐに表情を殺すと頭を下げた。
「はい。直ぐにお呼びいたします」
そして退出していく。
その際、ちらりと自分の主人を見ると、実に楽し気に微笑んでいるのが目に入る。
それで少しほっとした。
いつものお嬢様に戻られたと……。
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