混乱の街カンロの章 4-10
人影が消え、完全に何も感じなくなってから私はゆっくりと全身の力を抜いた。
すーっとまるで憑き物が落ちるかのように体が重くなっていく。
いや、正確に言うと違うだろう。
本来の重さを感じる状態に戻っただけだ。
「はぁっ……」
大きくため息を吐き出す。
そして後ろから近づいてくる気配に向って顔を向けた。
「どう?美味しかった?」
私は出来る限りの笑顔でそう言ったが、ノーラの表情は強張っている。
「今の……、何だよ」
どうやら、今の戦いを見られていたらしい。
「あ、どうやら裏組織の暗殺者みたい……」
そう言って周りを見回すと、倒した暗殺者の姿はもうなかった。
かなり手際よく逃げられたようだ。
うーん……。足の骨でも叩き折ってやればよかったかな。
武器を握れないようにってことで手を中心にやったのが裏目に出たようだ。
まぁ、もっとも尋問したとしても情報は手に入りそうになったしなぁ。
「そんなのはわかってるよ。でも……」
そこで一瞬、言葉が止まる。
驚愕と恐怖の表情がそこにある。
それって、もしかして……。私の角が見えた?
さーっと血の気が引いた。
同じような召喚されたものか、特殊な能力者以外は見えてないと思っていた。
それもほんの少しだったから、多分、普通の人なら見えないはずだ。
なのに、ノーラは見えたのか?
ごくりと唾を飲み込んだ。
ノーラは確かに私の中では大切な仲間だが、この鬼の力を知られたくないと思っている。
それは、その力を知られて避けられたくない。
そんな思いが強いからだ。
だから……。
でも、もし見えていたのなら、説明しなくてはならない。
それでもし、ノーラが拒絶したら……。
それがすごく怖いのだ。
そして、こんな私を受け止めてくれるとは限らないという不安が私の心を満たしている。
しかし、その危惧は無駄に終わった。
「なんなんだよ、あれ。あんな攻撃かわした上に一撃を当てるなんて……」
どうやら角は見えていなかったようだ。
ほっとしてしまう。
いつかは話さなきゃならないとはわかっていても、それでも私は怖いのだ。
友を信じ切れていない。つまり、自分自身の弱さなのだと痛感する。
だが、今はこれでいい。
私は自分自身にそう言い聞かせる事にした。
「まぁ、なんとかね……」
私は苦笑してそう言う。
「さすが、アキホだよ。ナグモの一族と言うのは伊達じゃないよな」
ノーラがうれしそうに私の肩をバンバン叩く。
「い、痛いって」
思わずそんな声を上げてしまう。
「おおっ、すまねぇ。でもよ……」
ノーラの顔が真剣なものになる。
「より用心しなきゃいけなくなっちまったな」
その言葉に、私は頷いて相槌を打った。
あんな手腕の連中が何人もいるとは思えないが、用心するにこした事はない。
私は、そう再度認識するしかなかった。
魔法の触媒を買い漁っているミルファに断りを入れるとサラトガは近くの大きな一軒の店に向った。
商人仲間のツテで紹介された道具屋で、手広く商品を取り扱っており、薬や薬草、それに仕入れた武器なんかを売り込む為だ。
まぁ、ついでにここ最近のこの街の話の一つでも聞ければラッキー程度には考えている。
看板を見て確認する。
『マホメット道具店』と大きく書かれた看板があり、聞いていた店に間違いない。
結構大きな三階建ての店で、入口の近くに二回への階段があり、二階のフロアーにも商品が展開されているようだ。
一階は、武技や防具なんかを中心に展開されており、カウンターの奥には作業場もある。
階段の横には、『道具、薬品関係は二階へ』なんて立て札も立ててあり、実にわかりやすい感じだ。
お客は二、三人程度しかいないが、フリーランサーなのだろう。
全員が防具や武器を身につけている。
「いらっしゃいませっ」
気持ちいいほどの大きな声が出迎えてくれる。
どうやら声の主はカウンターにいる男のようだ。
顔のほとんどが髭と眉毛と髪の毛で覆われた背の低い男でこっちを見ている。
どうやらドワーフのようだ。
珍しいなと思いつつ、サラトガは店内に入ってカウンターに向う。
「今日はどんな御用で?」
少しぶっきらぼうな感じを受けるが、まぁ、ドワーフならかなり愛想はいい方だろう。
基本、ドワーフは気難しくて頑固な偏屈が多いのだから。
「いやね、こっちの方で武器が高く売れると聞いてね。いくらか卸したいんだが……」
そう言って、知り合いの商人名を言う。
「ああ、あいつの知り合いかっ」
名前が出た途端、ドワーフががははははと笑った。
「あいつは元気か?ここ二、三年見ていないが……」
「ああ、元気にやってるよ。もっとも……」
サラトガはそこで言葉を切ってニタリと笑って続きの言葉を口にした。
「相変わらず、大もうけは出来ていないけどね」
サラトガの言葉に、ドワーフは「あいつは商才があるとはいえないからな」なんて言って笑っている。
しかし、その笑いは馬鹿にしたものではなく、仕方ないなぁといった感じの親しみがこもった言葉だった。
「そうだね。商才は、確かに……」
サラトガも苦笑し、ドワーフを紹介してくれた商人を思い出す。
馬鹿正直で不器用な、それでいて人間味ある商人の姿を……。
「おっと、自己紹介が遅くなっちまったな。マホメット道具屋の店長カン・ホンロだ」
ひとしきり笑った後、ドワーフが自己紹介をする。
どうやら一応は信用されたようだ。
だから、サラトガも名乗る。
「『イエメン・アイザワ商会』のサラトガ・イエメンだ」
サラトガの紹介に、ドワーフ…カン・ホンロの眉毛がピクリと動く。
「もしかして、薬草、薬販売卸のイエメン・アイザワ商会か?」
商会名を知っている様子にサラトガが笑顔を浮かべる。
「いい、噂ならいいんだけどね」
「いい噂だよ。かなり質のいい薬草や薬を提供するって話だが……」
カン・ホンロの眉毛に隠されていた目がサラトガを見た。
そして疑うような口調で聞いてくる。
「なんで武器なんかを扱っている?」
「まぁ、一儲け狙ってね」
サラトガの言葉にカン・ホンロは渋い顔をした。
「外でどんな噂になっているのか知らないが、領主と敵対してるのはほんの一部、それも地主や商人の一部の連中だけで、ほとんどの領民は今度の領主を受け入れてんだぜ。そんな状況で武器が売れると思うか?」
サラトガは苦笑して答える。
「売れるとは思えないな。そういう連中なら、武器なんてのは自前で用意してそうだしな」
「そういうこった。残念だが儲け損ねたな。まぁ、普通の価格帯なら引きとってもいいが、思ったような一儲けにはならんだろうよ」
「ああ、それでお願いするか…」
苦笑してサラトガがそう言った後、小声で聞く。
「あんたはどっちなんだい?大手の商人は反領主派って感じだが、あんたはそんな感じじゃないな」
その言葉を聞き、面倒くさそうな表情をしてカン・ホンロはサラトガを見る。
「あいつらは商人の面汚しだ。一緒にするな。商人は政治に関わるべきじゃない。商人は商いをしてるから商人なんだよ」
そして、間をおいた後に言葉を続ける。
「それにな、法律が変わる?それは裏を返せば一攫千金のチャンスかもしれねぇじゃないか。それをわかってないやつは商人じゃねぇよ。大手のほとんどのやつは、自分の今を守ろうとしてるみたいだが、商売は上を目指してやっていかなきゃ進歩はないんだ。今までどおりでやっていくのもありかもしれないが、変化しないものはない。だから、その変化に対応していく必要性もあるんだよ」
「ならさ、それでも対応できない時は?」
サラトガが意地悪そうな顔で聞くと、さっぱりとした表情でカン・ホンロは言った。
「その時は、店をたたんで商人止めるか、他の街にいくさ」
その言葉に、サラトガは大笑いをしてカウンターを叩いた。
「いいねぇ。あいつが薦めるわけだ。気に入ったよ、親父さんっ。改めてアンタとは長い付き合いをしたくなった」
そう言って右手を差し出す。
「そりゃ、武器の件だけじゃなくて?」
「もちろんだ。うちの商品、全部を対象とさせてもらうよ」
その言葉を聞き、カン・ホンロも手を握り返す。
「なら、もっと腹を割った話が必要だな」
カン・ホンロはそう言って後ろにいた店員に店を任すと、サラトガを奥の部屋に案内するのだった。
「ふう、こんなものかなぁ……」
ミルファは両手に大きい袋をそれぞれ握って首をくりくりと動かす。
コキコキといい音が鳴り、かなり神経を使っていたようだ。
もっともかなり欲しい物があって充実した買い物が出来たから良しということにしょう。
そんな事を思いつつ、無意識のうちに独り言を口にした。
「さてと。サラトガは商談に行っちゃったから、どうしょうかな……」
そう呟きながら思い出す。
サラトガはそういや『マホメット道具店』に行くって言ってたな。
そんな事を思いつつ歩いていると、すぐにそのお店を発見した。
いれば声でもかけようかと外から店内をのぞきこむが、サラトガらしい人影はなかった。
多分、奥の部屋で商談でもしてるんだろう。
なら邪魔しちゃ申し訳ない。
商売は彼女の本職であり、私たちが色々口を出していい事じゃないからなぁ。
そう思いつつ、周りを見回す。
ふと、斜め前に小さな食堂らしきものがあるのを発見したのでそこで休憩することにした。
「ふうっ……」
店の前のテーブルの椅子に腰を下ろすと荷物をまとめて横に置く。
置き引きされちゃたまらない。
普通の人が見たらガラクタやゴミかもしれないが、魔法使いから見たら高価なモノばかりなのだ。
実際、この二つの袋の中身を購入するだけでミルファの財布はかなり軽くなってしまっている。
もっとも、ここでお茶して休憩するくらいの余裕は十分あるのだが、今度から少し節約するかな……。
そんな事を思っていたら店員がメニューを持ってこっちにやってきた。
渡されたメニューをさっと目を通す。
もっとも注文するのは最初から決めてある。
「紅茶とクッキーのセットを……」
「茶葉はどうなさいますか?」
「ミルキング産のはある?」
「はい。ございます」
「ならそれを。あとクッキーはプレーンがいいかな」
「はい。ございます。では、注文は以上でよろしいでしょうか?」
「ええ。お願い」
そう言ってメニューを返すと店員は店内に戻っていった。
頼んだものが来るまで道端を歩く人込みや荷物を運ぶ台車をのんびりと見ていく。
実に平和そうだ。
物流もきちんと周っているし、生活水準も高いようだ。
それに行き交いする住民の表情も明るい。
領主と領民がトラブルになっている街とはとても思えない風景だ。
そんな事を考えつつ、昨日の地主のパーティを思い出す。
実に吐き気がする最悪のパーティだった。
確かに料理に酒、出されていたものすべてが一級品だったが、集まっている連中は最低だった。
アキホがどちらに味方するかわからないが、あの連中とは組みたくない。
そう思った。
そして、苦笑する。
アキホならあんな連中とは組まないか。
アキホの性格なら、あの連中は最も嫌悪する連中に違いないからだ。
彼女は、武術に優れ、頭も切れるし優秀だと思うが、意外なほどに庶民的だ。
ああ、そういうのはボスと一緒だな。
だからこそ、付き合おうと思ったのだが……。
そんな事を思いつつ、振り向きもせずミルファは後ろから自分に近づいてくる人影に声をかけた。
「私への用事なら、きちんと声をかけて近づくのがスジってもんじゃないかしら?」
ミルファに近づこうとした人影が立ち止まる。
「これは失礼しました」
そう言われて初めてミルファは後ろを向いた。
そこには、見たことのある男性が立っていた。
えっと、確か……。
「いや、この街でエルフというのは珍しかったのでつい声をかけようかと思ってしまって……」
にこやかに笑いながら近づいてくる二十代の男。
なかなかのイケメンで、スラットしたスタイルと贅沢ではないものの良く手入れのされた服を着こなしている。
多分、若い女性なら、すれ違ったら十人中八、九人は振り返って確認するほどの色男だ。
もっとも、今ではそれさえも胡散臭く見えてしまっている。
理由は、この男の事を知っているからだ。
そう、昨日、あの胸糞悪いパーティ会場にいた男達の中で見かけた…。
つまりは、反領主側の人間だ。
しかし、ミルファとしてはまだ会った事がない。
昨日は、あくまでもアキホとして会っている。
だから、驚いた振りをして笑顔を浮かべる。
「あらそうですか。てっきり言いがかりでもつけられるのかと思いましたよ。この街ではなんか怖い噂ばかり耳にして物騒ですからね」
「ああ、確かに最近はいい話をあまり聞きませんからねぇ……」
男はそう言いつつ、私の隣の椅子に腰掛ける。
ええーっ。断りもなしに座るなよぉ。
普通は一言言うだろうがっ。
ミルファは思わずそう思ったが顔には出さない。
さて、どうしょうか。
そう思ったいたら、店員が紅茶とクッキーを込んできた。
それをミルファの前に並べると、店員は男の方を見た。
男は店員にコーヒーを頼むとミルファの方に顔を向ける。
屈託のない笑顔だが、それがかえってうそ臭く見える。
ああ、なんかイライラする。
そんな事を思いつつ、ミルファはその視線を無視してカップを口に運ぶ。
そして一口飲んだ後、カップをおいて男の方を向いた。
「それでどういったご用件でしょうか?ただ、口説いてみたくなったというわけではなさそうですが……」
微笑んだままそう聞いてみる。
色々誤魔化すのはなしだ。
めんどくさい。
ミルファの言葉に男の顔がますます楽しそうな表情になる。
そしてミルファに聞こえる程度の声で呟くように言う。
「さすがはナグモ一族の仲間といったところかな。私の事を知っているようだね」
「まあね」
「つまりは、アキホ・キリシマはそこまで調べつくしているという事か……」
「さあね。それは想像にお任せするわ」
ミルファはすました顔でそう答える。
本当は、昨日のアキホは私だからあなたの正体がわかっただけなのだが、それを教えてやる必要性はまったくない。
わざわざ手の内を見せるのは、下の下だからね。
そんなミルファの様子に男は苦笑する。
「なかなか手厳しいな、君は……」
そう答えて少し考え込んだ後、男は残念そうな表情になった。
そして、大げさな動作で立ち上がる。
「いやぁ、残念だよ。面白い話が聞けると思ったのに……」
その口調と態度は、多分事情を知らないものが見たらまるでナンパで失敗したような軽い男のように見えただろう。
いや、わざと男はそうしているのだ。
「ははは、どうやら彼女はご機嫌斜めのようだ。またの機会に再チャレンジといこうか」
男は、ミルファの方にウインクをしてそう言った後、ちょうどコーヒーを運んできた店員にお金を渡す。
「これはコーヒーと彼女の御代だ」
「い、いえ、多いんですが……」
「なあにおつりはチップとして取っておきたまえ」
そう言って店員が何か言う前にさっさと道の方に出ると人込みの中に男は姿を消した。
あっという間の出来事で、店員がコーヒーを見て、そしてミルファを見る。
「コレ、どうしましょうか?」
「あなたが飲んだら?」
「はぁ……」
気のない返事をしながら、コーヒーを持って下がっていく店員。
しかし、ミルファは店員を見ていなかった。
彼女の目は、いつの間にか彼女の注文したクッキーの皿の下に挟められた白い封筒に釘付けだった。
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