混乱の街カンロの章 4-7
私は馬を駆って元来た道を戻る。
五日後に合流とは言ったものの、たぶんギリギリになる。
それどころか、間に合わない可能性も高い。
私の中ではそう計算していた。
しかし、何でこんな苦労するような事を自ら進んでやってるんだろうか。
以前なら自ら進んでなんて絶対にすることはない。
命令されるか、自分の命を守るためか、そういう時でないと私はやる気が起こらなかった。
上司である親父さんにもよく言われたっけ。
お前はもう少し自分の欲望を出せって……。
でも、欲を出した為に死んでいった仲間を何人も見てきている。
そして、その時思ったのだ。
何でそこで欲をかくかね。
そんな事をするから苦労するし、下手したら死んでしまう事だってあるのに……。
そんな冷めた気持ちだった。
しかし、仲間の不手際とは言え仕事を継続することが出来ず、ほとぼりが冷めるまでフリーランスの仕事でもしながら街を離れる。
ただ、それだけだったはずなのに……。
今、私は何をしているんだ?
今まで馬鹿にしてきて見下してきた事をやってるじゃないか。
それは私の方針に反する事。
絶対にやらないと思っていたこと。
それをなぜ……。
しかし、深く考えるまでもなく原因はわかってる。
そう、アキホだ。
彼女と出会ってから、私は私で無くなった。
いや、違う。
今まで深く沈みこんでいたものが、浮かび上がってきたというべきだろうか。
ともかく、彼女と出会い、話をして、一緒に行動する事で私は変わってしまった。
いや、違うな。
本当の自分を掘り起こせたというべきなのだろう。
馬を走らせながら、私は彼女の為なら何でも出切るような気になっていく自分が可笑しくなった。
多分、私は今笑っているはずだ。
笑うことは気持ちがいい。
それを教えてくれたのは、彼女だ。
そして、今の私は、彼女の仲間だ。
だからこそはっきり言える。
私は今、笑っている。
だって、こんなにも心が気持ちいいんだもの。
早朝に出発し、行きで馬車で二日かかった工程を、途中休みを入れながらもその日の夕方までになんとか街まで戻ってきた。
門から入ったすぐのところにある馬車停留所の役員にチップをはずんで馬をゆっくり休ませるように頼んだ私は、急いで目的の場所に向った。
行く先は、街の中央から少し離れたところにある酒場だ。
かなり大きな建物で、表向きは一階が酒場、二階、三階は宿となっている。
しかし、この建物の本来の役割は、貿易都市アルミンツにある諜報組織ブローラントの支部であり、この街を中心とした国の三分の一の地区の諜報情報が集まる拠点でもある。
そう、私、リーナ・カサブランストの、いや本名リーナ・エルロ・ブローラントの古巣であり、私の大恩人がいる場所だ。
もっとも、気に入らないやつもいるにはいるが……。
以前なら、会いたくないなぁという気持ちが強かった為か報告するのも億劫だったが、今の私にはそんな事はどうでもいい。
それよりも優先しなければならないことがある。
しかし、なぜかそういうときに限って、嫌なやつと出くわしたりしてしまう。
「あら、リーナじゃないの。何でこんなところにいるのかなぁ。あなたがいると迷惑なのよね」
酒場に入った私を目ざとく見つけたのは、私がここを去り、フリーランスに転職するハメになったきっかけを作った女だ。
イルミア・アクシッド。
金髪のセミロングの女性で、きつめの顔付きとその顔付きそのままの性格どおりの性悪女である。
私とは同期であり、私をライバル視していた。
もっとも、私の方からは気に入らない同僚と言う程度の認識でしかなかったが、相手は違っていたみたいだ。
「あら、イルミナじゃないの。仲間売りの……」
私は済ました顔でそう言ってやる。
こいつがミスしたせいで(或いはわざとか知らないが)私の素性が一部の人間にばれてしまい、私はこの組織にいられなくなった。
まぁ、追放とか引退ではないものの、今までやってきた任務を続けることはできなくなった。
そう、この人物が私の人生を狂わせた張本人である。
決定的な物的証拠はないものの、いろんな情報を統合すると犯人はこいつしかいないとわかってしまった。
だからこそ、私は当時こいつを恨んでいた。
もっとも、そのおかげでアキホと出会えたから、それを考えると今なら差し引きで、プラスといったところだろうか。
だから、もっと穏便にしておいてもよかったが、損得勘定と感情は違うものだ。
無意識のうちにそんな言葉が飛び出した。
「わ、わ、私はっ、仲間売りなんかじゃないいいっ」
ヒステリックに叫ぶイルミナ。
それを呆れた表情で見る私。
第三者から見たらどう見えるだろうか……。
多分、喧嘩しているだけと思われているのだろう。
それに女性同士の喧嘩ということで誰もが興味なさそうな素振りをしつつしっかりと見ているようだ。
丸わかりなんだけど。
それに止めろよ。
そんな事を思いつつ、どうしたやろうかと思っていたら、二階に続く階段から、一人の男性が下りてきた。
茶色の髪を短く刈りそろえ、口の周りには無精ひげが目立つ渋い感じの男だ。
この施設の最高責任者であり、国の三分の一の諜報の大元締め。
エルロ家の三男、ガッシュ・キフル・エルロ。
それがこの男の正体であり、私の育ての親でもある。
「おいおい。静かにしろっ。ここがいくら酒場とは言えうるさいぞ」
ガッシュは私を見ると少し呆れた表情を浮かべるが、イルミナに向って言う。
「その客人を事務所まで連れてきな」
「しかしっ、親父さんっ」
イルミナが言いにくそうにもごもごと言いかけるが、ガッシュは視線を私に向けると言葉を続けた。
「俺に用事があるんだろう?」
「はい。お願いがあります」
「わかった。付いて来な」
私は、イルミナの前を通りすぎて階段に向かう。
「ちっ……」
後ろの方からイルミナの舌打ちする音だけが聞こえてきた。
「で、何しに来たんだ?イルミナと喧嘩でもしに来たのか?」
二階の奥の部屋に入ると中央にあるソファーに座って私にも座るように勧めるとガッシュは心底呆れた表情で聞いてきた。
まぁ、来た早々あんな派手な言い合い始めたのだ。
そう思われても仕方ないのかもしれない。
しかし、今は時間が惜しい。
だから、私は用件を単刀直入に言う。
「カルスト男爵の後継者争いの件で手を貸して欲しいんです」
「また変なことに関わってるな。前回の違法薬物の件といい、今回のことといい、お前は何をしてるんだ?」
ため息を吐き出してそう聞き返される。
そう言われても、どういったらいいのだろうか。
私が返事に困っていると、ガッシュはまたため息を吐き出す。
「まぁ、いいや。で、それは南雲のところの譲ちゃんも関わってるんだな?」
私が頷くと、再度聞いてくる。
「それは南雲の譲ちゃんの指示か?」
その問いに、私は首を横に振る。
「いいえ。自分から志願しました」
その言葉に頭を抱えるガッシュ。
そして、頭を派手にかくと私の表情を伺うように聞いた来た。
「お前の素性も譲ちゃんは……」
「前回の事件の時に話しました」
ため息が派手にガッシュの口から漏れる。
「たく、なにやってるんだか……。そういう大事な事はすぐに言えって」
そう言った後、仕方ないという表情を浮かべて私の方を見た。
「仕方ない。質問を変えるぞ」
ガッシュの表情が真剣なものになった。
鋭い視線がまるで私の本心を見抜くかのようにじっと見つめている。
その視線を受けて、私の身体も心も糸が張り詰めたような緊張状態になった。
「その譲ちゃんになんでそんなに肩入れする?」
予想外の言葉に、一瞬緊張が緩む。
何でといわれて、答えは一つしかない。
だから私ははっきりと言う。
やましい事なんてないと。
「アキホだからです。彼女だから私は彼女の力になりたいと思ったんです」
私がそう言うと、ガッシュは一瞬きょとんとした表情になった。
しかし、すぐに別の感情に支配される。
それは彼に笑いをもたらした。
「そりゃいい。実にわかりやすい答えだ」
愉快そうに笑ってそう言った後、言葉を続ける。
「そんなに魅力的か?その譲ちゃんは?」
「一緒にいたいと思うのが魅力的というのなら、魅力的だと思います」
「そうか。そうか。いやはや、お前がそこまでほれ込むとはな。いいだろう。何を調べて欲しいんだ?」
「三女のミサリアとその二人の姉の事。それにカンロと周辺の情報。特に役人の横領などの不正などを中心に……」
私がそう言うと、心底呆れた表情を見せるガッシュ。
「おいおい。そりゃ、特Aクラスの情報ばかりじゃねぇか。それをタダで教えろと?」
私は頭を下げた。
今の私に出来る事は少ない。
それでも、できる限りの事はするつもりだった。
それを感じたのだろうか。
ガッシュはため息を漏らすと私を見て言う。
「仕方ねぇな。南雲のところに恩を売ったということにでもしておくか」
その言葉に私は顔を上げた。
そこには私を優しく見ているガッシュの、いや親父さんの顔があった。
「なるべく急いでまとめさせる。しかし、少し時間がかかるぞ」
「早くお願いします。四日後には合流すると約束したので……」
「おいっ。何、無茶な事を約束してんだよ、お前は」
そう文句を言いつつも、「ともかくやってみるが、間に合わなくても文句を言うなよ」と言って立ち上がり、奥のディスクに座ってなにやら書き始める。
多分、指示書だろう。
私はそれを見て、ほっと息を漏らし、肩の力を抜いたのだった。
「ねぇ、アキホ、村が見えてきたよ」
業者席に座るミルファの声かけに、私は馬車の中から顔を出す。
目の先には、南雲さんの領地のようにきちんと区切られたりはしてないものの、田園風景が広がっている。
そして、道の先には簡単な柵と建物が立ち並んでいるのが小さく見えた。
「ふう。途中何も無くてよかったわ」
私がそう言うと、ミルファはニタリと笑う。
「どうせこれから面倒ごとになるかもしれないから、今は面倒ごとは少ない方がいいかなとか思ってたんでしょう?」
さすがはうちのチームの中では一番付き合いが長いミルファである。
その通りなだけに、私は苦笑して「まあね」と返事を返す。
いざとなったら使うしかないかぁ。
私は首からかけてあるプレートを服の上から握り締めるとため息を吐き出した。
あんまり使いたくないんだけどねぇ……。
しかし、今はそうも言ってられない。
リーナもがんばってくれているんだし、私もできる限りの事はしないとな。
そう考え直すとプレートから手を放したのだった。
二つ目の村は、昼過ぎには到着した。
そこそこの人数がいるようで、しっかりとした役所まである。
聞いた話だと、そろそろ村から表記を町に代えようかと言う話も出ているらしい。
ともかく、その村の役所で捕らえた男達を引き渡す。
駆け引きに使えるかもしれないし、まだ使い道はあるから、もちろんリーダーは捕らえたままだ。
街の役人達は怪訝そうな表情をしており、このまま引き渡してもすぐに開放してしまいそうな感じだった。
多分、裏で不正組織か男爵の姉達に繋がっているのかもしれない。
だから、私はあえてフリーランスプレートではなく、南雲さんに渡されたプレートを使った。
そう、南雲さんの一族ですよと表記されている例のやつだ。
そのプレートの効果はてきめんだった。
役人達の顔が引きつり、身体も緊張でさっきまでだらだらしていたものがピーンと張りつめているのが判る。
それを第三者目線で見たら、なんか使用前使用後といった感じで笑えてしまう。
ちなみに、サラトガ達も私が南雲さんの血筋の関係者と始めて知ったためか、かなり驚いていた。
そして、その後はなんか妙に納得されたのはなんでだろうか。
ともかく、プレートを見せながら私は男達のきちんとした処分をお願いする。
一応、言葉使いは丁寧でお願いと言うことにはなっているが、彼らにとって見れば丁寧な分、恐怖を感じたのだろう。
「はっ。法に照らし合わせ、しっかりと処分いたします。絶対に、絶対です」
なんか念を押されてしまったが、私としてもこのまま開放されるよりはマシだし、別に危害が加わるわけではないのでそれでよしとすることにした。
「では、しっかりとお願いします」
まるで条規で推し量ったかのようなぴしっとした敬礼をして見送る役人達を後にして、私達はこの地でのサラトガの取引先の商人の店に移動する。
そこで薬や道具の取引をしたあと、私達はすぐにその村を後にした。
残念な事に村では新しい情報は手に入らなかった。
もっと時間をかければ別だろうが、そんな時間はない。
今はともかくカンロの街に早く着かなければならないのだから。
そして、途中、夜営をした後、私達は田園都市カンロに到着したのだった。
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