混乱の街カンロの章 4-8

カンロの街に着き、『支配の王石亭』という宿で休んでいた私達は、いきなり二つの招待状を受ける事となった。

一つはここの領主からの招待で、もう一つはなんでもこの街で一番の地主のものらしい。

どうやら、前の村で南雲さんの身分証明書を使った事から、査察か何かだと思われているらしい。

まぁ、引き渡す時にすぐ開放されたりしないために、ある意味、脅しで使ったんだけど効果が効き過ぎていたようだ。

まぁ、こっちから接触する手間が省けていいんだけどね。

さて、返事はどうしょうか。

「二つとも行けばいい。多分、こっちの地主は、市民代表と思ったらいいんじゃないかな」

ミルファが楽しそうにそう言う。

「あのね、ミルファ、二つとも同じ日の同じ時間帯って無理なんですけど。もしかして、楽しそうだけど何かやらかす気なの?」

思わずそう聞くと、「当たり前でしょ」と返事が返ってくる。

「で、具体的にどうする予定?」

「そうねぇ……。こういうのはどう?」

そう言って、顔になにやら肌色のクリームを塗りだすミルファ。

そしてなにやら呪文を唱えると顔の形がゆっくりと変化していく。

「ふへ?」

そして一分もしないうちに私の目の前には、もう一人の私の顔があった。

もっとも髪と耳の形はミルファのままだったけど……。

「どうよ?」

自慢げに胸を張るミルファ。

「それって……」

震える指でミルファを指差して私は何とかそれだけ言う。

「ふっふっふ……。これはね、特殊なクリームを媒体に、顔の表面に別の顔を構成する魔法なの」

あ、その説明でピンと来た。

映画なんかで使われる特殊なメイクアップと同じと言うことに。

あれは、顔の表面にラバーなんかを貼り付けたりしてその上から化粧や造詣を施して、まったく違う顔にしたりしてたっけ……。

「もしかして、それ南雲さんの発案したやつ?」

思わずそう聞くと、「おっ、わかる?」とミルファが返す。

「うん、わかるわ……」

そう言いつつ頷く。

どんだけこの世界に影響及ぼしているんですか、南雲さん。

そんな事を思いつつ、ミルファの説明を聞く。

「この魔法は五時間程度の間ならこの状態を維持できるからいけるわよ」

「でもさ、髪と耳はどうするんだ?」

ノーラが関心しつつもそう聞くと、ミルファは私の顔でニタリと笑う。

「髪はカツラをつけるし。ヘアースタイルで耳を隠そうと思ってる」

と言う事は……。

「なら、私も同じようなカツラをつけて、似たようなヘアスタイルにしておけばいいかな」

そう言うと、傍で聞いていたサラトガが笑いながら言う。

「どうせなら服装も同じにすれば?」

「いいわねぇ、それ」

ミルファが実に楽しそうに答える。

いやノリが学祭の演劇みたいに感じているのは、私だけだろうか。

多分、私だけだよね。

何より、この世界に学祭というものがあるのか怪しいし……。

ともかく、こうして私は領主の招待に、ミルファは私の格好をして地主の招待を受ける事となった。

「で、俺らはどうすればいい?」

ノーラがそう聞いてくる。

確かに、ここで待機も味気ないし、時間がもったいない。

「じゃあ、ノーラとシズカ、それに業者の人たちは、馬車の警戒と宿屋や酒場での情報収集を。サラトガは……」

「わたしゃ、取引先と話があるから、そのついでに色々情報を集めてくるよ」

「オッケー。それでいい?」

全員が頷く。

じゃあ、行動開始だ。



領主の館の用意してくれた馬車に一人乗り込み、私は領主の館に向っている。

質素ながらもセンスのよい装飾された馬車はなかなか乗り心地がよく、小さな窓からは街の様子が見える。

田園都市と言われるだけあって、街の周りには田園風景が続いたが、さすがに街の中まではない。

しかし、緑が多く、のんびりとした雰囲気が感じられる。

しかし、のんびりとした雰囲気の中、時折馬車に殺気が向けられているのを感じる。

反領主派の連中だろう。

多分、監視をしているだけと思いたいが、何かあったときのために私はいつでも動けるようにしておく事にする。

防具や武器はないけれど、私の場合は、身体だけでもそこそこの力を発揮できる。

その点だけは助かっている。

ミルファは大丈夫だろうか……。

ふと、自分の代わりにもう一つの招待先に向った友人の事を思う。

多分、ミルファなら大丈夫だろう。

そう思いたいが、不慮の事故はあるものだ。

心配だな……。

そう思っているうちに、領主の館に着いたのだろう。

馬車が止まる。

そして、馬車から降りた私の目に入ったのは、それほど大きくない屋敷だ。

きちんと塀や柵などがあるものの、規模的にはちょっとした金持ちの屋敷と言ってもおかしくない程度のもので、下手すると貿易都市アルミンツにある大きな宿屋と変わらないくらいだ。

途中来る時にいくつか見た屋敷の方がはるかに大きい。

たぶん、きょろきょろしていたのが目立ったのだろうか。

「驚いたでしょう?」

そう言いつつ私のほうに歩いてきたのは、歳は二十後半と言ったところだろうか、カールのかかったセミロングの金髪をした優しそうな青い目の美人だった。

「これは失礼しました」

私は慌てて頭を下げる。

「構いませんよ。ようこそ、いらっしゃいました、キリシマさま。私、ここの領地の管理を任されているミサリア・カルストと申します。以後お見知りおきを……」

そう言って女性が優雅に頭を下げる。

なかなか上品で実に貴族らしい感じだ。

十歳までは一般の家庭で生活していたはずだから、その後かなり努力をしたのだろう。

そうでなければ、こんな風にはなれないよなぁ。

そんな事を思いながら私は慌てて頭を下げた。

「ご招待ありがとうございます。アキホ・キリシマといいます。こちらこそよろしくお願いいたします」

そう言って頭を上げると、ミサリアは楽しそうに私を見ていた。

その視線には好奇心の色が強く出ている。

「なにか?」

私がそう聞くと「これは失礼しました」と言って彼女は謝った後、言葉を続けた。

「いえいえ。面白い方だなと……」

「面白いとは?」

思わず聞き返すと、くすりと笑い答えた。

「いえ。ナグモさまのお身内と聞いていたのですが、とても親しみやすそうな方でしたし、いい意味で貴族的ではなかったので……」

そう言われ、私は苦笑する。

「田舎者で無作法があるかもしれませんが、お許しください」

するとますます驚いた顔をするミサリア。

そして、何かを言いかけたところを屋敷の方からやってきた使用人、多分執事だろうか、が耳打ちする。

その話を聞き彼女の顔に少し苦笑が浮かぶが、すぐに笑顔を私に向ける。

「おっと、いけませんね。こんなところで立ち話もなんですから、食事でもしながら色々お話をしましょうか」

その様子から、考えられる点は二つ。

間に合わなかった屋敷の準備が整ったのか、或いはあまりに来ない主人に進言したのか……。

前者なら、ミサリアの管理能力の無さが原因だろう。

招待したのは相手であり、時間も指定されていたにもかかわらず準備が間に合わなかったというのは、取り仕切る者の管理能力が悪いと思われる。

しかし、今の感じだとそんな風には感じられない。

つまり、今回の場合は後者ではないだろうか。

それほど多くの貴族や上流階級の人を見てきたわけではないが、南雲さんや一部を除き、使用人の意見を求めない、或いは使用人に意見をさせない人達は多い。

そのため、私はそういった人達にいい印象を持っていない。

だから、使用人の意見もきちんと聞くという彼女に私は好印象を持った。

なかなか良さそうな人じゃないか。

そんな事を思いつつ、私は微笑をしながら頷く。

「では、こちらへどうぞ」

どうやら主人自らが案内してくれるらしい。

私は案内されるまま、屋敷の中に入っていったのだった。



ふう……。こっち私でよかったわ。

ミルファは心の中で苦笑する。

この街で一二を争うほどの豪邸に入り案内されたのは、大きなパーティ会場だった。

その部屋には、豪華な料理と酒が並び、何十人もの着飾った男女があるものはダンスを、あるものは会話を楽しんでいた。

まるでどっかの馬鹿貴族の時のようだなぁ。

ふとミルファは以前自分に言い寄ってきた貴族に呼ばれたパーティの事を思い出す。

あの時は最悪だったっけ……。

そんな事を思っていると、一人の小太りの中年が立ち歩き鳥のように身体を揺らしながらこっちにやってきた。

年のころは五十前後といったところだろうか。

頭は禿かけており、見るからにいやらしそうな目つきの男で、いくら上等の服を着ても、その本質である醜さが見えてしまう。

そんな感じだ。

多分、アキホが嫌いなタイプだろう。

「おお、あなたがあの有名なナグモ氏の一族の方ですな。わたくし、このあたりの地主のまとめ役であるカンファルと申します」

丁寧だが、こっちを伺うかのような視線を感じる。

周りの招待客や使用人たちもこっちを見ているようだ。

実に居心地が悪い。

それでも誤魔化すかのように笑顔を浮かべて対応する。

「今回はご招待ありがとうございます。アキホ・キリシマでございます。田舎者ゆえご無礼があるとは存じますが、よろしくお願いいたします」

丁寧にそう言って頭を下げる。

それに気をよくしたのだろう。

上機嫌に笑うと、「では、皆に紹介しておきましょう」などといいながら私の腰に手を回す。

ぞわっと背筋に寒気が走る。

やっぱりかーっ。

アキホなら多分、この時点で顔に一発入ったことだろう。

しかし、ここは我慢だ。

そう、我慢。

私は出来る子。

ミルファは自分にそう言い聞かせてぐっと我慢する。

「はい。お願いしますね」

そう言って何事もなかったかのように微笑む。

ミルファにとっての最悪のパーティの始まりであった。



「あーーーーっ、あのスケベ爺。絶対に殺す」

物騒な事を言いつつ、顔と手を洗っているのはミルファだった。

何があったのだろうか……。

いや、間違いなくあったんだろう。

それも多分、ろくでもないことなのだろう。

あのミルファがよく我慢したなぁ……。

そんな事を思ってしまう。

以前言い寄った貴族を半殺しにした話を聞いている身としては、大事になったのではないかと不安になったが、自重してくれたようだ。

うん。今度、甘いお菓子をこそっと分けてあげよう。

そんな事を思いつつ、私も化粧を落とし、いつもの服装に戻る。

この後、全員が集まっての報告会だ。

きちんと身支度を確認するとミルファの方を見る。

ミルファも着替えが終わったようで、いつもの姿になっている。

しかし、本当に、私そっくりに化けてたよなぁ……。

まじまじとミルファを見ていると、その視線に気が付いたのだろう。

「ふふっ。いつものミルファちゃんですよ」

とおどけて言う。

「いや、ほんと、信じられないなぁって。だって鏡見ているような気分だったけど、今はちゃんとミルファはミルファしてるし……」

そんな事を言う私に、苦笑した後でミルファは少し偉そうに人指し指を立てて手首を揺らしながら話す。

「興味津々なアキホに見破り方を教えてあげとこうかな。知りたい?」

「うん。知りたい知りたいっ」

「ふふっ。触ればいいのよ」

そう言って人差し指を私の頬に当ててぷにぷにと動かす。

「そうすれば普通の皮膚とは違う違和感が感じられるから一発よ」

「なるほど……」

感心している私だが、そんな私を見てミルファは苦笑を浮かべる。

「もっとも、そう簡単に触ったり出来ないんだけどね。なかなか……」

「確かに……」

素直に相槌を打つ。

確かに上下関係がはっきりしているこの世界で頬をつつくなんて事は早々できることではない。

「じゃあ、それ以外は?」

そう聞く私に、「まぁ、後は違和感かな」と答えるミルファ。

「表情に違和感を感じたら、勘ぐった方がいいかもね」

そういった後、「さてそろそろ行きましょうか。皆待ってるだろうし……」と言ってミルファがドアに向って歩き出す。

「そうだね。さっさと済まそうか」

私もそう答えて、みんなの集まっている部屋に向ったのだった。



「えっと、まずは私から行くね」

私は、集まったみんなの顔を見ながらそう切り出す。

ここは、三つ借りた部屋の中でも一番大きな部屋で、今さっきミルファに防音の魔法の結界が施されている。

だから、外に音が漏れる心配はない。

まぁ、それでも覗き込まれて口の動きを読まれたら何言っているのかわかってしまうので、魔力感知の結界も同時に張られている。

気になったので「防音の魔法が干渉しないの?」と聞いたら、「それは大丈夫だ。干渉しないように調整してある」と返事が帰って来た。

この世界の魔法と言うのはコンピュータのプログラムに似ているような構成らしいから、詳しい人ほど微調整は出来るらしい。

便利だなぁ……。

私も魔法使えたらなぁと思ってしまうが、どう考えても体性が無いといわれてしまっている以上、無駄な事はしてたくないので諦めている。

さても話を戻そう。

「一応、領主と彼女が信頼しているであろう部下の人たちと食事をしてきたんだけど、私の印象から言うと結構いい人っぽい感じかな。領主と言う地位のためにある程度の威厳のための贅沢はしているような感じだけど、質素で装飾をあまり好まないって感じだった」

「ほう、それで?」

サラトガがそう相槌を打つ。

「あと、庶民で育った為か貴族らしくないって感じがした。それでもしっかりがんばったんだろう。貴族らしくあろうとする心意気みたいなものは感じたし、きちんと努力もしている感じだ。それに話をしてみてかなり頭の回転の速い人って思ったよ。詳しい政治の話はしてないけど、多分、いい領主になる素質はあると思ったね」

私はいい終わると、今度はサラトガが声をあげた。

彼女は取引先や商人たちから情報を収集している。

「こっちのほうは、反応が二つに分かれたね。領主を支持する方と、支持しない方に……。特に大きな商人ほど支持していない傾向が強い」

「それは何で?」

「領主が改革として商人の規模に合わせて関税をかけようとしているかららしい。大きな規模の商人ほど税金は高くなるって感じだな。まぁ、それ自体は他の領地ではよくあるって事なんだが、問題は、今までこの地ではそういう税収はやっていなかったということなんだ」

「ああ、それでね」

ミルファが呆れた表情で言葉を繋げる。

「私の言った先では、規模の大きな商人や地主達が領主の不正にそれを上げてたわ」

「それはどういうこと?」

私が聞き返すと、「連中が言うには、今までの税収で出来ていたのに、新たな税収対策をする必要性はないはずだ。しかし、それを行うのは領主が自分の懐に入れるために違いないってさ」とミルファは呆れ返った口調で答える。

「そんな訳無いでしょうに……」

私がそう呟くようにいうと、ミルファが言う。

「要は、今まで無税だったけど、税金を取られる事で自分の利益が減るから文句を言っている感じかな。あんなに贅沢しているくせにさ」

「そんなにすごかったのか?」

ノーラが驚いた表情で聞く。

「ええ。すごかったわ。あの料理に酒……。どんだけ金をかけているんだか……」

ごくりと唾を飲み込むノーラ。

そんなノーラにみんなの冷たい視線が集まる。

その視線に気が付いたのだろう。

ノーラが慌てて弁解している。

まぁ、それはほっとこう。

「酒場で色々聞いた話だと、どちらかというと領主の味方をしたいけど地主や裏方の怖い人たちが暗躍してて出来ないって感じだったわよ。まぁ、成り行きを見守るしかないって感じかしら……」

シズカが淡々と報告する。

もちろん、無表情だ。

しかし、どうやって情報を集めてきたのだろう……。

謎だ。

私がそんな事を思っていると、サラトガが口を開いた。

「これで大体構図は見えてきな」

サラトガがそう言い、私も頷く。

「改革を進める領主、それに反対する商人に地主。それに対して中立の立場をとりたい領民達……」

私がそう言った後、ミルファが続ける。

「後、男爵家の後継者争いと、裏組織の利権が絡んでるわよ」

「そうだったわね。けっこうごちゃごちゃね。もっとシンプルにならないかなぁ……」

私がそう言うと、ミルファは苦笑して答える。

「無理無理っ。政治なんてそんなモンよ。ボスがよく愚痴ってたしね」

「ああ、ナグモさん、苦労してそうよね」

私がそう言うと、シズカが私をじって見ているのに気が付いた。

「えっと、なに?」

「いいえ。別に……」

彼女は視線をそらす。

突っ込みたいところだが、今はこっちの件が優先だ。

私は聞きたいのを我慢して会話に戻る。

「さて、どうしたらいいかしら?」

私の言葉に、全員が考え込む。

「まだまだ情報不足って感じだね。来る途中であった戦闘のことについての情報もないし、後継者争いに関する情報が集まってないし……」

ミルファがそう言って周りを見回す。

「確かに。来てすぐに結論を急ぐ必要はないんじゃないか?」

ノーラがそう言うと、シズカもうなづく。

「そうね。もう少し情報を集めましょう。また明日の夜に情報の整理をするとして、明日は各自自由行動で動くという事でいいかな?」

「ええ。それでいきましょう。補充したい触媒もあるしね」

ミルファがそう言うと、他の仲間達も合意する。

「じゃあ、今夜は解散ということで……」

その私の言葉で、皆が動き出す。

自分の割り当てられた部屋に戻るのだろう。

もちろん、結界の解除はしていくが、その代わり、警戒の結界を張っていく。

もちろん、各部屋に……。

街中であれ警戒はすべきだし、今この街は私達をうまく使ってやろうという勢力がひしめいているのだから。

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