混乱の街カンロの章 4-6

私はゆっくりと微笑むとすーっと身体を沈めた。

相手は完全に油断しきっている。

さっと終わらせるか……。

彼らがどの程度か、それがなんとなくだがわかる。

特にいくつかの戦いを経て、その感覚は鋭くなった。

だからはっきりとわかるのだ。

間違いなく私は連中が現状を理解する暇なくつぶすことが出来ると。

沈めていたばねを開放する。

弾かれた様に身体が動き、一気に距離をつめる。

とんっ。

にへらっと笑ったリーダーらしき男の太もも当たりを殴る。

まぁ、篭手の拳の部分は展開してないし、かなり手加減してるから骨折くらいですむだろう。

後は、どうしょっかな……。

めんどいなぁ。

心の中でケタケタ笑いつつ皆殺しと言う選択が実に魅力的に響く。

しかしなぁ……。

それこそ、後始末がめんどいしなぁ。

そんないい訳じみた理由で、魅惑的な選択を封印する。

そんな事を思いつつも、すーっすーっと移動し、とんとんとんって感じで殴っていく。

情報を集めないといけないから仕方ない。

そういうわけで、手足の骨を折る程度にしておく。

で、二分もかからずに十五人全員が地面に転がっている状況を作り出した。

うめき声とごそごそ地面を這う音のみが辺りを支配している。

「だから言ったのに……」

そう一応呟く。

反応はかえってこない。

当たり前か……。

さてと……。

全員の武器や防具以外の装備品を回収しておきますか。

一応、攻撃できないようにしたつもりだけど、念には念を入れておこう。

そんな事を思って馬車の方をみると、唖然とした表情で立ち尽くすサラトガと馬車から出て来たはいいものの、私がもう終わらせてしまったのを見てそれぞれ面白いリアクションをしているチームの皆がいた。

二台目の馬車から出てきたミルファは呆れ返って、そしてノーラは悔しそうに。

そして一台目の馬車から出てきたリーナとシズカは、サラトガと一緒に唖然としていた。

ちなみに、業者の二人も固まってこっちを見ていた。

「あ、ごめん。武装解除と縛り上げ手伝って……」

私が声をかけるとやっと我に返ったのだろう。

全員が動き出した。

ミルファは、警戒網の確認。

シズカは治療薬の準備だろうか。馬車に戻って大きな木の箱を出している。

私、怪我してないんだけどなぁ。

業者の二人は、馬車や馬の確認作業。

そして、リーナとサラトガは縄を用意してこっちに走ってくる。

ちなみにノーラはつまらなさそうにこっちにとぼとぼと歩いてきている。

おいっ。キビキビ動かんかい。

思わずそう言いそうになったが、まぁ、ここ最近は戦闘もなく鬱憤が貯まっていたのを発散させる機会をあっけなく私が潰してしまったのだ。

それくらいは我慢しておくか……。

そう自分に言い聞かせて、私はさっそく一人目の武装解除を始めた。


「あのー、面白そうな人がいるんで、少し二人で話してきてもいいですか?」

リーナがそう言ったのは全員を縛り終えた後だった。

「ええ。構わないけど……。知り合いでもいた?」

私がそう聞くとニタリと笑ってリーナが「そんなモンですね」と言う。

「まぁ、情報聞き出せるならいいかな……」

そういった瞬間、リーナが最高の笑顔でリーダーらしき男を向こうに引きずっていく。

抵抗したら躊躇なく殴りつけてたから、結構深い知り合いかもしれない。

「無茶しなきゃいいけどさ」

私がそう言うと、サラトガが呆れ返って言い返す。

「問答無用で相手の手足の骨を叩き折るアキホよりはマシかな」

すごく心外である。

「あのね、下手したらうちら襲われてたかもしれないんだよ」

「でも、襲われても、うちらの面子なら楽に勝てたんじゃないかな」

まぁ、確かにそうなんだけどね。

「未然に危険を防ぐ為に仕方なくやったことですから……」

「でも、楽しそうだったよね、アキホ。本当はもっと蹂躙したかったとか……」

思わず言葉に詰まる。

面倒だから皆殺ししなかったとは言えない。

「……そ、そんなわけないじゃん。あはははは……」

「……」

サラトガが胡散臭そうに私を見ている。

「はいはい。まぁ、サラトガもそのうち慣れますよ」

「そうそう。だってさ……」

ミルファとノーラがお互いの顔を見て言う。

「「だって、アキホだもの」」

おいっ。

そんな言葉でスルーするんじゃないっ。

悲しすぎるじゃないか。

なお、ちなみにシズカの治療は縛られていた連中にで、痛み止めと簡単な骨折対処が行われた。

えーっ、胡散臭そうだったから放置しようかなと思ったんだけどなぁ。

そんな事を呟いたら、シズカに睨まれた。

えらい怖かった。

そして、尋問した結果……。

まったく何もわからなかった。

こいつらはただ言われたとおりに動いていただけの雇われ傭兵達で(どっちかというと傭兵崩れの山賊って感じ)、まったく役に立たなかった。

うーん……。

どうしょうか。

こいつら連れて行くのもめんどいなぁ。

そんな事を思ってたら、ミルファが私を見てニタリと笑う。

「あ、アキホが面倒だなって思ってるっ」

なんでわかるっ。

慌てて両手で顔を触って確認する。

するとその動作を見てミルファが大笑いをした。

ちくしょう。

ハメられたっ。

なんか言い返そうかと思っていたら、リーナがリーダーの男を引きずって戻ってきた。

「ごめんなさい。少し時間かかっちゃいました」

かわいくそう言うリーナだが、リーダーの男の顔は行く前よりも何倍も腫れ上がってボコボコだった。

「な、なにかわかったかな?」

私が聞くと、リーナは笑いながら言った。

「なんかね、どうも今回の件、裏で男爵家の後継者争いが絡んでるみたいですよ」

「え?領主に問題があって、領民が反乱起こしたってことじゃないのか?」

サラトガが驚いて聞く。

「ええ。違うみたいですね。私が集めた情報でも、何で領主と領民が対立してるのか意味わからなかったんですけど、この親切な方が洗いざらい話してくれましたから……」

そう言ってリーナは、ボコボコのボロボロのリーダーの男に視線を送る。

それは話したんじゃなくて、話させたの間違いじゃないのか?って言いたかったが、話が脱線しそうなのでここは我慢する。

そんな事を思っている私をよそにリーナは説明を始めた。


カルスト男爵には三人の子供がおり、全員が女性で、この辺りを任されたのは三女のミサリア・カルスト。

この三女のミサリアは妾の子で、また十歳まで庶民として生活していた。

その為、姉の二人は腹違いの三女をとても嫌っており、屋敷に来てからかなり嫌がらせなんかもしていたようだ。

そして貴族としての知識も乏しい三女がこの辺りを任された時、どうせうまく出来るはずもないとタカをくくっていたようなのだが、ミサリアは前の領主よりもよりうまく統治し始めた。

そうなると面白くないのは姉二人だ。

下手したら妹が後継者に指名される恐れさえ出てきたのだから。

だから、裏の連中に手を回して色々嫌がらせを始める。

また、ミサリアが領民の事を考えた政治を始めてしまった為に懐を暖めにくくなった連中が姉の方に同調し、混乱に拍車をかける。

そして、裏の連中の口車に乗った一部の領民が暴れ始めて昨日のような戦争状態になったらしい。


「そりゃ、領民にとっては災難だな……」

ノーラがため息と一緒にそんな事を言う。

「多分、信頼できる部下が少ないんじゃないかな。そうでなきゃここまでやりたい放題されるまで何も出来ないってのはおかしいと思う」

ミルファがそう言うと、リーナが頷いて言葉を返す。

「庶民上がりだからねぇ。お役所の連中ってプライド高い連中多いしさ」

「何とかならないか?」

サラトガが悲痛な声でそう言う。

「そうだね。この混乱を収めるには、三つの事をしなきゃ駄目だってことかな」

私がそう言うと、全員の視線が私に集まった。

「で、その三つてのは?」

サラトガが何かにすがるかのような表情で聞く。

「一つ目は、役人達を三女の命令に従わせる事。二つ目は、裏の連中を黙らせること。三つ目は、領民に今回の騒ぎの原因を説明して納得させる事」

私がそういった後、ミルファが言葉を続ける。

「追加で、姉達の抑止力になるモノを三女が手に入れることも必要じゃないかな。これから先のことも考えれば……」

確かにその通りだ。

抑止力になるモノがあれば今回のような事は起こらない。

「確かにそれも必要ですね。でも、これらを行うにはある条件を満たさなければなりません」

私がそう言うと、ミルファが心底楽しそうに聞いてくる。

「その条件は?」

「三女であるミサリア・カルストが、私達が手を貸すほどの賢明な人物かどうかです」

「なかなか厳しいねぇ」

言葉とは裏腹にミルファは実に楽しそうだ。

「そうね。厳しいといえば、厳しいかな。でも、こんなことがもう起こらないようにするには、彼女がある程度賢明じゃなければ意味がない。その時だけを何とかしたとしても、結局は先送りにしただけだしね」

「その判断はどうするんだい?」

ノーラも面白そうに聞いてくる。

「まぁ、直接会って確認するしかないわねぇ」

「なら、その判断はアキホに任せよう。私は役人を従わせるのに必要な物を集めてきたいと思うんだけどさ。馬を一頭貸してくれない?」

リーナがそう聞いてくる。

「サラトガ、どうかな?」

「ああ、基本、うちの馬車は、四頭でも十分に引けるから問題ないよ。足が早くてスタミナがあるのがいいんだろう?」

「そうだね。それだと助かるかな。多分、戻ってくるまで時間かかるから、皆は先に目的地に行っておいてくれない?遅くても五日後には目的地で合流できると思うからさ」

「なら、リーナはその件を任せたよ」

私がそう言うと、「任せておきな」と言ってリーナは早速動き出す。

それにあわせてサラトガの指示が出た。

「カラワン。ヒステミック号を準備してリーナに渡しな」

「へいっ」

業者の一人、カラワンが慌てて用意に走り出す。

「よしっ。これで一つはめどが立った。残りをどうするかだけど……」

私がそう言うと、ノーラが伸びをして答える。

「まぁ、行ってみて判断するしかないんじゃねぇかな」

「そうだね。今ここで色々言っても始まらないか」

私もそう言って、首をコキコキ鳴らす。

気がつけばもうゆっくりと朝日が昇ろうとしている。

結局、襲撃の後は誰も休めなかった。

それに今から休んだとしても、すぐに出発する時間にはなってしまうだろう。

なら……。

「よしっ。じゃあ早いけど朝ごはんの準備するかな。リーナにも伝えて。朝ごはん食べて出発しなさいって」

「わかったわ。じゃあ、私は警戒網の解除を行ってくるわ」

ミルファがそう言って歩き出す。

「じゃあ、私らは食事に必要な物以外の撤収の準備だ」

ノーラがそう言って荷物に手をかけた。

「でもさ、連中どうするんだ?十五人もいるんだぜ」

そんなノーラを見つつサラトガが聞いてくる。

「動けるやつは一台目の馬車の後ろからロープで縛って引っ張って歩かせる。動けないやつは、縛りこんで二台目の荷物と一緒に放り込む。なぁに、次の村までは午前中には着くから、リーダー以外はそこで預けるか、引き取ってもらえばいいんじゃない?」

ノーラが転がっている連中を見てめんどくさそうに言う。

「確かにそれが無難かな」

私がそう言うと、「なら決まりだ」と返事をしてノーラが手を叩く。

そして、言葉を続ける。

「さぁ、みんな。さっさと各自動いて。これから忙しくなるからな」

その言葉を聞き、各自が動き出す。

私はもちろん、朝ごはんの準備だ。

さて、腕によりをかけて作りますか。

だって、その日の活力は、朝ごはんにあるのだから。

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