旅立ちの章 3-4
「あいたたた……」
私が二日酔いと頭痛でふらふらしながら起きたのは次の日の昼近くになってからだった。
二階の部屋から出て一階の食堂兼酒場に行くとミルファとミリーがなにやら雑談している。
まず私に先に気がついたミルファが声をかけてくる。
「あら、おはよう…というか、なかなかすごい顔と髪形になってるわよ」
「よう、気分は……良くはなさそうだね」
そう言ってミリーは奥から緑色の液体の入っているコップを持ってくると私にそのコップを手渡した。
「こいつでも飲んでおきな」
「……何、これ?」
見た目、あんまりおいしくなさそう。
ドロッとしていて、いかにも苦そうである。
「アムルの実を葉を潰したドリンクだ。二日酔いによくきくからさ」
そう言われ、渡された液体はなんか青汁っぽかった。
いや、匂いからして青汁だ。
ちょっと躊躇したものの、覚悟を決めて飲む。
覚悟していた為か、それほど苦味はない。
どちらかと言うと酸味が強い感じで、青汁にレモン汁渡したような感じで、飲めないことはないといった感じだ。
それでもおいしいものではないから、一気に全部飲み干す。
そしてふうと一息入れた。
そんな私の様子を二人がじーっと見ている。
なんなのよ……。
そんな事を思っていると、ミルファかニタリと笑った。
「ほら、見たとおりだね。二日酔いになって、あれ飲んだだろう。私の勝ちだよ」
ミルファが勝ち誇ったようにミリーに言う。
「読み違えたねぇ。普通は得体の知れない変な匂いのする緑色の飲み物なんて躊躇して飲まないと思ったんだけどな」
そう答えつつ、ミリーが私を見て舌打ちをする。
ええーっ、私のせいなの?私が悪いの?
それは大きくなんか違う気がするんだけど……。
というか、私がこれを飲むかどうか賭けていたらしい。
日本人舐めるな。
青汁で鍛えられてるんだぞと言いたいところだが、それは今言える事ではないので苦笑いを浮かべる程度で済ますことにした。
「朝食はどうする?」
「そうね、消化にいいものを軽くもらおうかな」
私がそう言うと「オッケー」と返事をしてミリーは厨房に入っていった。
どうやら今から作ってくれるらしい。
言ってみるものだ。
ミルファの近くに座るとテーブルにおいてあるセルフサービスの水を金属製のコップに注ぎ飲む。
うーん、入れ物が鉄製の為か少し鉄の味がする気がする。
「ふう……」
身体から力が抜け、やっと思考がきちんと回り始めた感じだ。
そんな私の様子を確認してからミルファは口を開いた。
「今日はどうする?」
「そうねぇ……。まずは街の中の散策かな。その後は組合によって仕事の確認。それと……」
思いつくことを順に上げていく。
そして私がそこまで言った後に、ミルファが付け加えた。
「後は仲間を募集する事かな」
「仲間?」
そう聞き返すと、頷いて言った。
「そう仲間。これから旅をするのに二人では心もとない。最低でも四人は欲しいわね」
「でもさ、どこに行くかも決めてないような旅だよ、見つかるかな?」
私がそう聞くとミルファはにやりと笑う。
「アキホにとってはどこに行くか決めてない旅だとしても、それならそれにあった目的で旅に出てもいいって人はいろいろいるわよ。私にみたいにね……」
「なるほどね。そういう手があったか……」
そう言った後、興味があったので聞いてみる。
「ちなみにミルファは何の為に私と同行しょうと思ったの?」
よくぞ聞いてくれましたって感じでニタリと笑うミルファ。
最近、なんだかドヤ顔が似合うエルフになってきたような気がします。
南雲さんのところにいたときは猫でも被っていたのでしょうか…。
「ふっふっふ……。私の目的はね。いくつかあるわよ。南雲さんに十分恩は返せたし、堅苦しい生活もそろそろ飽きてきたしどこかぶらり旅したかったのね。そして、最も大きい理由は……」
そこで一旦言葉を切って私を指差す。
「あなたと一緒にいると面白そうだからよ、アキホ!」
いや、待って。
人をトラブルメーカーみたいに言うのは……。
そう言いかけて、よく考えてみる。
異世界に召喚され、その上浚われて……。そんでもってぶち切れて大虐殺……。
うわーっ、自分のことながらトラブルだらけですわ。
確かについて行ったら面白いことになるだろう。
しかし、間違いなく、それに巻き込まれたら下手したら死ぬかもしれない。
死なないまでも、大怪我などのひどい目にあうかもしれない。
それなのに……。
「ありがとう……」
口から出たのは感謝の言葉。
面白そうと言いつつも命がかかっているのだ。
だから、普通ならよほどのことがない限り同行しょうとは思わない。
それなのにミルファはからかいを入れつつもいつものように一緒にいてくれる。
だから、自然と感謝の言葉が出た。
しかし、そんな私の考えを否定するかのようにけらけらと笑うミルファ。
「アキホは相手のこと好意的に考えすぎ。南雲さんもその傾向あったけど、それに付け込む連中もいるんだから、気をつけないとね。だから、この場合は、物好きなんだ程度でいいの」
しかし、その後、少し間をあけてポツリと小さく呟く。
「された方はうれしいし、心配して目が離せなくなるけどね」
しかし、私にはそれがよく聞こえずに聞き返す。
「えっ、何?」
苦笑いをすると、「なんでもないよ」というミルファ。
どうやら誤魔化されたようだ。
聞き返そうとしていたら、ミリーが戻ってくる。
「ほい。これならおなかに優しいと思うんだけどね」
とろとろに煮込んであるスープだ。
具は見当たらないが、多分、刻んで煮込んで溶けてしまったのだろう。
スプーンはなく、横には柔らかそうなパンが添えてある。
私が食事にかかると、ミルファはミリーと仲間になりそうな人物について聞いている。
何人か心当たりはあるけど期待しないでほしいとミリーは答えていた。
目的がはっきりしない分、やはり頼みにくいのだろう。
まぁ、最大の理由が、世界を見て歩きたいっていう曖昧なものだからなぁ……。
そんな事を思いつつ、パンをスープに浸して食事を続ける。
思ったとおり、野菜かたっぷりと煮込んであって濃厚な味だ。
肉こそ入ってないものの、実に手間と暇がかかっている。
私は気になって、ちょうど話が終わったようなタイミングでミリーさんに聞く。
「このスープ、すごく美味しいんだけど、何時間煮込んであるの?」
私の言葉にミリーさんはすごくうれしそうな表情をして答えてくれる。
「いやぁ、アキホは料理のことがわかっているね。ここにいる味音痴のアホエルフとは雲泥の差だよ」
味音痴のアホエルフとはもちろん、ミルファの事だ。
「な、なにが味音痴のアホエルフだっ」
すかさず、ミルファが噛み付く。
しかし、ミリーはニタリと笑った。
「聞いてるよ。なんでも料理の才能なしだってねぇ……」
どうやら、フリーランス組合の出来事を知っているらしい。
「な、なんでそれを……」
「いやね、昨日の客の一人が喋ってたのよ。今日ライセンス取りに来ていた女性二人組のうちの一人がすごい料理音痴でってさ。そういや、あんたは昔から料理駄目だったからねぇ。納得だわ」
そこまで言われ、ぐぐくっ……って感じで悔しがるミルファ。
しかし、すぐに話の矛先を変えることで言い返す。
「大体、フリーランスに料理の腕って必要なわけ?十年前はあんな項目なかったじゃないっ」
「なぁに世の中代わっていってるのさ。あんたが10年ほどいない間に、昔みたいに腕っ節だけが強けりゃいいって問題じゃなくなってるんだよ。組合も戦いだけじゃなく、いろんな仕事を扱うようになったしね」
そう言って昔を懐かしむような表情をするミリー。
生き続けていたら私もいつかあんな表情をするときが来るのだろうか。
ふとそんな事を思ってしまっていた。
食事の後、ミルファと二人で街中を散策する。
やはり十年と言う月日は、街の様子を変えるのに十分な時間だったようで、建物は変わっていなくても、住んでいる住民が変わっていたり、入っていた店が変わっていたりと言った事あったようだ。
ミルファは、昔の記憶を修正するかのようにぶつぶつ言って周っている。
私は、ある程度大きな街は初めてだからいろいろワクワクしながら周っていた。
もちろん、どこに何があるかを頭の中に叩き込みながらではあるが……。
昼ご飯は近くの屋台が集まっているところでホットドックに似たものとか、串焼きみたいなものを買って食べた。
なかなか美味しかったが、どちらかと言うと味付けが濃いい感じがした。
「ああ、安い材料を使っているから、素材の味の悪さを誤魔化す為にね」
鶏肉の串焼きを食べながらミルファが解説してくれる。
ああ、元の世界もファーストフードとかジャンクな食べ物って濃いい味のものが多かったわねぇ、確かに……。
そんな事を思いつつ、店を見て周る。
旅に必要な物はそろえてあるが、便利なものがあれば購入しようと思っている。
まぁ、南雲さんが用意してくれたもの以上のものはなかなか見つからないと思うけどね。
それとミルファの勧めでミリーさんが教えてくれた店に顔を出し挨拶をしておく。
すぐにここを出発するわけではないのだから、顔見知りは多いにこした事はない。
特に、いくつか組合の仕事もするつもりだから、消耗品や武具や防具などの手入れなどをしてくれる武器屋や防具屋、それに道具屋なんかしっかりとつなぎを作っておきたかった。
まぁ、どこにいってもなにかする場合は根回しや挨拶は必要という事ですかね。
小説やマンガなんかで簡単にポンポン話が進むなんてこと多いけど、あんな事はほとんど実際にはない。
やはり、しがらみや繋がりは必要な要素だと異世界に来てからも実感してしまう。
そして、そんなこんなで気が付くともう夕方である。
一応、本日の最低目標はクリアしている。
本当なら、組合まで周ってどんな仕事があるのかだけでも確認したかったが、まぁ、それは焦る必要はないだろう。
だから、足を止めてミルファに話しかける。
「今日はこんなものかな」
そう言うと、ミルファも「そうだね。ミリーの店に戻ろうか」と言って来た道を戻り始める。
後は、夕食を食べて、シャワーでも浴びてすっきりして寝るだけだなとか思っていたのだが、帰って来たら四人の男女が私たちを待っていた。
「一応、声かけた連中が来ているよ」
お店に帰って来た私達にミリーがそう声をかける。
「早いですね」
「なぁに、アキホやミルファの為だからね。少しぐらいは骨を折るさ。面接はそっちのテーブルを使いな」
ミリーはそう言うと接客に戻っていった。
「じゃあ、みなさん、こっちに来てください」
ミリーに言われたテーブルに全員腰掛ける。
さっさとエールがジョッキーで運ばれる。
「まずは乾杯をしな。舌が潤ったほうが話しやすいだろう?」
ウィンクしてテーブルを離れるミリーに苦笑する私とミルファ。
なかなかうまいなぁ……。
おっとっと、今はこっちを優先しないとね。
「では、まずは乾杯しましょうか」
私がそう言うと、全員がジョッキを上に掲げる。
「今日の出会いに……」
「「「「かんぱいーーっ」」」
全員がエールを飲み、ほっと一息を抜いたのを確認し、私は口を開いた。
「えっと始めまして。私がアキホ。キリシマです。こっちは、ミルファ。今回、ミリーさんにお願いしたのは、皆さん聞いていると思いますが、一緒に旅に出てくれる方を探してほしいという事です。一応、言っておきますけど、旅の目的地はありませんし、ルートも何も決まっていません」
そう言うと、四人とも驚いていた。
ミリーは詳しい旅の目的は話していなかったようだ。
だが、誤魔化して後でトラブルになるよりはいい。
「というか、まぁ、どちらかというと世界をいろい見て周るっていうのが旅の理由ですね。だから、それに沿うような目的をお持ちなら旅の仲間として歓迎しますが、それに沿わないようなら無理に参加する必要はありません」
そこで一旦、言葉を切り四人を見た。
そして付ける。
「今の話を聞いて目的が合わないようなら、すくに席をお立ちください。お互いに無駄な事はしないに限りますから。あ、支払いは結構です。お呼びしたのはこちらですのでそのままお帰りになられても大丈夫ですよ」
私がそう言うと、横でミルファが「うわーっ、もろにストレートじゃん」とかぼそぼそ言っていたので、肘で小突いて黙らせる。
すると、四人の男女のうち、二人の男女が立ち上がる。
「すまないが……」
「ごめんなさい」
頭を下げる様子から申し訳ないと思っているのだろう。
「いえいえ。あ、せっかくですから名前だけでも教えていただけますか?」
そう言うと、男性は「ブァン・フルカ」、女性は「カミラ・エッペルンド」ときちんと名乗ってくれる。
どうやらしっかりした人のようだ。
こういう人とは繋ぎを作っておいていいだろう。
だから、私は立ち上がって頭を下げた。
「今回は縁がありませんでしたが、また何かありましたらよろしくお願いします」
そして二人は立ち去り、女性二人か残った。
一人は黒い鎧の上に黒い服を纏った赤髪の女性で、ポニーテールのように後ろに結んでいる。腰にはショートソードとダガーを数本携帯し、目つきはどっちかと言うとヤクザ?と思うほどの鋭さでこっちを睨んでいる。
そして、もう一人は半金属製の鎧を身につけ、腰にショートソードを携帯し、テーブルの横には斧と槍を合わせた様な武器、カバーで隠されているがおそらくハルバードだろう、を立てかけている。髪はぼさぼさした癖毛の金髪ショートでのんびりした表情で目を細めて笑みを浮かべている。
「では、お二人に自己紹介と自分の目的というか目標みたいなものを話してもらっていいですか?それでこっちも判断したいので……」
私がそう言うと二人はお互いに相手を見ていたが、赤髪の方の女性が立ち上がって自己紹介を始めた。
「私の名前は、リーナ・カサブランスト。体術とかが得意かな。元は情報屋みたいな事をしてたけど、足を洗ってフリーランスやってる。いい加減、この街から出たいと思っていたからね。だから今回の話は渡りに船ってわけさ」
次に金髪の方が立ち上がる。
「私は、ノーラ・キルパンズといいますっ。最近まで他のチームにいたんだけど、チームが解散してしまって新しいチーム探してたんですよ。一応、治癒系の呪文を少し使えますけど、前で武器振り回している方が私としては幸せかなと思ってるの。前のチームも街から街に移動しつつ仕事してたからいろんなところに行くのは問題ないですっ」
簡単にだが二人の自己紹介が終わる。
次に簡単にこっちの事を話す。
もちろん、名前と目的、まだ仲間になると決まったわけではないので、簡単な技能についての説明ぐらいだ。
私的には、この二人、まぁ良さそうだけど他に聞いておいた良さそうな事があるのかな。
こういうことは初めてだから、わかんないんだよね。
そう思いつつ、以前仲間と一緒に行動して仕事をしていた経験があるミルファを見る。
ミルファは私の視線に気が付くと、にこりと笑った。
そして、二人を見ると「仮ですけど採用します」と告げる。
えっ、そんな簡単でいいの?
思わず、ミルファを凝視すると、「まぁ、付き合ってみないと相性はわかんないからね」と笑いながら言いきる。
まずはしばらく一緒に行動してみてどうするかを決めるつもりのようだ。
まぁ、その方が確かにいいのかもしれない。
男女の仲だって、そんなものみたいだしなぁ……。
もっとも、きちんと本格的に付き合った事はないけど、そういう話をよく聞くし……。
ミルファの言葉を聞き、私はふとそんな事を思っていた。
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