旅立ちの章  3-3

結局この日は、フリーランス組合に登録し、フリーランスプレートを手に入れるだけで夕方近くになってしまっていた。

うーん、この街の中探索したかったんだけどなぁ……。

しかし、初めての街で夜遅くうろうろする度胸はありません。

元いた世界だって、夜の女性の一人歩きは危険だって言うくらいだもの。

この世界の治安のレベルを考えたら、もう、ね。

ともかく、宿を決めなくてはならないわけで、どうするとミルファに聞くと「ここで紹介してもらったらいいんじゃないの?」というお返事。

確かに考えてみたら、小説やゲームでは定番の展開ですよねぇ。

そういうわけで、受付の年配の女性に聞くことにした。

「えっと、今日ここに来たばかりなんで、いい宿とか紹介してもらえませんか?」

「えーっと、女性二人だよね……」

「ええ。まぁ、こいつもいますが……」

そう言って肩に乗って周りを見回しているニーを指差す。

「ああ、大丈夫だよ。それ、あんたの使い魔だろ?」

そう言われ、否定しょうとしたら横からミルファが「そうなんですよ」と言ってきた。

「ち、ちょっと……」

反論しかけた私だったが威嚇するようなミルファの目に圧倒されてしまい、「ああ、そんなモンですね」と言ってしまう。

ごめんよ、ニー。

君は君なのに…。

自分自身の意思があるのに…。

本当に申し訳ない。 

そう心で詫びながらニーを見ると、ポンポンと小さな前足、この場合は腕になるのだろうか、で慰めるように私の頬を叩く。

ニー、君、空気読みすぎだろう……。

そんな事を思ったが、今は宿の件が先だ。

「いいところありますか?」

「そうだねぇ……」

少し考え込んでいる年配の女性。

そこへ隣の中年の受け付けの女性が口を挟む。

「あそこならどうだい。『湖畔の女神亭』ならそんなに悪そうなやつもいないし、女性客も多いし…」

その言葉に、年配の女性も「ああ、あそこなら問題ないか」と言って頷いている。

「じゃあ、その『湖畔の女神亭』っていう宿の場所、教えてもらえますか?」

「いいよ。地図買いて渡そう……」

そう言って簡単な地図を書いて渡してくれる。

「あ、すみません……」

「なに、いいってことよ。ここに登録したって事は、仕事仲間だからね。だから気にしなさんなって」

そういった後、少し間をおいて「ただね、注意しておくことが一つ……」と言って意味深にそこで言葉を止める年配の女性。

「いいかい、そこで喧嘩が始まったら一旦離れるんだ。誰も手助けなんてしちゃいけない」

真剣な表情で諭すように言う年配女性…。

ごくりと唾を飲み込み、聞く私。

「えっとどういう意味でしょう?」

「意味って……、ああ、要は騒動に巻き込まれたくないだろう?だからだよ」

「ああ、そうですね……。確かにそのとおりですね」

そう返事をして礼を述べる。

そして組合を出ると、ミルファと一緒に地図の場所に歩き出す。

歩き出しながらミルファが呟く。

「宿屋で喧嘩なんていつものことじゃないの……」

いや、それはすごく物騒なんだけど…。

ゲームや小説なんかでも時折あるけど、いつもではないし……。

それにそれはイベントとかだし……。

それとも、異世界の宿屋ってのは、喧嘩が毎日のように起こる修羅の場所なんだろうか。

みんな平和に食事したり、お酒楽しもうよ。

私はそう思いつつ、黙って歩くのだった。


地図を見ながら十五分程度と歩いただろうか。

それらしい建物を発見する。

まさにファンタジーRPGの王道の宿屋と言った感じの建物だが、それでいて細かな装飾にこっていたり、女性らしい繊細さを感じさせる造りでなかなかおしゃれな感じだ。

うんうん。これなら『湖畔の女神亭』という店の名前に負けてない。

おっ、これは当たりかも……と思った。

そう……。

ついさっきまでは……。

窓から人が投げ出される前までは……。

あー、やっぱりなー。

嫌な予感は良く当たるとはよく言ったもので、ものの見事に大当たりである。

どうやら中は修羅の国状態のようだ。

しかし、解せないのは、店の前を歩いている人達の反応だ。

これだけ騒ぎになっていれば、野次馬の一人や二人いてもおかしくないのだが、皆、我関せずといった感じで、まるで日常の一コマみたいな感じさえ受ける。

おいっ、何これ……?

もう、なんかさ、南雲さんの領地に無性に戻りたくなってきてしまいました。

もうやだ……。

平穏な生活に戻りたい……。

私は基本、かかる火の粉は全力で払うし、理不尽だと思うと口が出るタイプだが、これはない…。

南雲さんを殴ったり、怒りに任せて皆殺しにしたりしたけど……。

絶対に、これは……ないわ~。

「さて、どうする?」

落ち着いた感じでそう聞いてくるミルファ。

「何でそう落ち着いてるの、あなたは……」

思わずそう聞いてしまう。

すると「ああ、旅していたときは、こんな騒ぎはいつもの事だったから」という恐ろしい答えがかえってきた。

道理で野営する時、警報の設置とか徹底的にやってたわけだ。

変に納得してしまう。

というか、そんな風になってしまうのは何でなの?

そんな事を思っていたが、ミルファは「さぁいこうか……」なんて言いながらさっさと宿屋に進み始める。

なんかもうね、今まで私の中でのミルファのイメージが、わずか半日でガラガラと崩れていく。

今や、私のミルファのイメージは、料理の出来ないガサツな喧嘩上等のエルフの魔術師って形になりつつある。

「あ、あのっ、組合の人も言ってたじゃない。喧嘩が起こってたら逃げなって……」

「あ、あれは巻き込まれるなってことでしょう?私ら今起こってる騒動とは関係ないじゃん」

確かにそのとおりなんだけど……。

困ったような私の顔を見て、ため息を吐くミルファ。

すーっと上を指す。

日は落ち、空はもうすっかり暗くなってしまっている。

「ここから新しい宿探すのは大変でしょ。それに初めての街を夜中でうろうろしたい?」

あー、それは勘弁して……。

どういう感じの街かまだわからないのに危険を背負い込みたくない。

私はがくりと肩を落とす。

「じゃあ、行こう。今日はさっさと休みたいし」

「あ、うん……」

私は頷くとミルファの後を付いて行った。

ドアを開けて中に入ると、テーブルのひとつがひっくり返り、男が三人ばかりその場で伸びてはいるものの、残りのテーブルやカウンターではみんな落ち着いて食事やお酒を楽しんでいる。

ざっと見た感じ、女性のお客が多いようだ。

しかし、さっきまで修羅の国だったんじゃないの?

「はい?なにこれ?!」

思わずそんな声が出た。

「ほらね……」

ミルファは固まってしまっている私の肩をトントンと叩くとカウンターに向う。

そして、カウンターにいる赤髪の三十代後半のたくましい女性に声をかけた。

なかなか気丈な感じで、どちらかというと姉さんといいたくなるような雰囲気を持っている。

「久しぶりだね、ミリー」

その声に、カウンターで働いていた女性がミルファを見る。

怪訝そうな表情があっという間に笑顔になった。

「ミルファ、ミルファじゃないかっ。本当に久しぶりだねぇ」

女性はそう言うとバンバンとミルファの背中を叩く。

「えっと、10年ぶり?」

「あーそうだね。そんなもんか。ねぇ、あんた、ミルファだよ」

ミリーと呼ばれた女性が奥に声をかけると、厨房から茶髪の四十代ぐらいの体格のいいごつい男性が出てくる。

こっちは、女性と違い、身体の割には目が細く、優しそうな感じで、まさに縁の下の力持ちって感じだろうか。

「おおっ。ミルファじゃないかっ。久しぶりだな。結婚式以来か?」

「イゼット、元気そうだね。そうだね。それぐらいになるよねぇ……」

実に和気藹々とした雰囲気で、なんとなくだが彼らがミルファと以前組んでいた仲間だとわかってしまう。

そうじゃなきゃ、こんな感じは出ないだろうな……。

そう思っていたら、ミルファがちょいちょいと私を呼ぶ。

どうやら二人に私を紹介してくれるらしい。

「彼女は、アキホ・キリシマ。今度ね、こっちの国をいろいろ周りたいって話になってね。面白そうだから仕事の暇をもらって一緒に周ってる」

そう言って、私を二人に紹介してくれる。

「始めまして。霧島秋穂です。こっち風に言うとミルファの言うアキホ・キリシマでいいのかな。アキホと呼んでください」

そう言って頭を下げる。

「ほう。変わった名前の読み方だな。ともかくだ、名前はアキホなんだな?」

「はい。秋穂は私の名前で、そうですね。キリシマは家族名とか一族名ってところでしょうか……」

「オッケー。じゃあ、うちらはアキホと呼ばせてもらおう。俺は、イゼット・セッテンブルグ。イゼットと呼んでくれ」

そう言ってイゼットさんは手を差し出す。

握手のようだ。

私の倍はあろうかという大きな手で、それでいて握手の時は包み込むように優しく握り締めてくれる。

どうやら本当に相手の事を思いやる優しい人のようだ。

「あたしはミリアシア・セッテンブルグ。友人はみんなミリーと呼んでくれる。だから、あんなたも今からミリーって呼んでくれよ?」

そう言ってお茶目にウインクする。

なかなか面白そうな人のようだ。

「はいっ。イゼットさん、ミリーさんって呼ばせてもらいますね」

「さんはいらないよ。呼び捨てで構わない。なんか、さんを付けられるとさ、むずがゆい感じがしてさ……」

おおげさに手を上げてニヤリと笑うミリーさん。

それを見て笑いながら、私は「では、さん付けはなしで…」と言う。

すると「オッケー。アキホっ。今日からあんたは私たちの友人だ」と言って、ミリーさんがぱーんと私の背中を叩く。

「い、痛いっ……」

涙目で痛みに耐える私に、ミリーが「あ、いつもの癖で……」と言って謝ってくれる。

そして、それを見て笑うイゼットとミルファ。

気がつくと、他の客もこっちを温かい目で見て笑っている。

まるで家族の再会を見守っているそんな感じだ。

「よーしっ。今日は古い友人との再会と新しい友人が出来た祝いって事で、メシ代は私のおごりってことにさせてもらおう」

ミリーがそう宣言すると、店内がわーっと盛り上がる。

それをイゼットは苦笑してみている。

「いいの、あれ?」

思わずミルファに小声で聞く。

「いいんじゃないの?昔からミリーとイゼットはあんな感じだしね」

「へぇ、そうなんだ……」

つまり、あねさん女房とそれを影から支える旦那と言う構図か……。

確かにそんな感じだわ。

そんな事を話しているとミリーがジョッキーを二つ持ってきて、私達にそれぞれ渡す。

そして、自分のジョッキーを高々と上げて叫ぶ。

「古い友人との再会と、新しい友人との出会いに!!」

「「「「「「かんぱいーーーーっ!!!」」」」」」

その場にいた全員がジョッキーを掲げて叫ぶ。

うるさいほどの大反響音だが、なんか楽しい。

私も叫んで一気にジョッキーを飲み干す。

エールだ。

冷えた日本のビールとはいかないものの、のどが渇いていたのか、雰囲気に呑まれたのか、ともかくこの世界に来て最高の一杯だ。

「いい飲みっぷりだっ。ほれっ、次、次っ」

ミリーが新しいジョッキーを持ってくる。

私はそれを受け取って叫ぶ。

「新しい友人にかんぱーいっ」

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