旅立ちの章  3-2

夜半でミルファと交代したものの、結局その夜は何もなく、翌日の昼過ぎになって最初の目標であった都市に到着した。

貿易都市アルミンツ。

大きな河のそばにある人口1万人程度の都市で、この国の中間に位置する経済の中心といえる都市だ。

まぁ、元の世界の感覚だと、ちょっとした町程度のレベルなんだけど、村が数十人から数百人程度と考えると大きな都市の部類に入るのではないだろうか。

ここは、この国の流通の中枢でもあり、王直轄の都市でもある。

だから、この都市で生活しているもののほとんどは、流通や商売で生計を立てているものが多い。

「へぇ、なかなかだねぇ……」

都市の周りを城壁が囲んでおり、まさに城塞都市という感じだ。

「まぁ、どうのこうの言いながらこの国の経済の中心だからね。もっとも、最近は一点集中はよくないといわれて分散されて、以前に比べたら規模も人口も少なくなっているんだけどね」

「ふーん……」

入口で検問を待っている間、ミルファがいろいろ教えてくれる。

しかし、本当にミルファが一緒でよかったと思う。

本などで得た知識と実際に感じたものは違うというが、それを今実感している。

もうそろそろ私たちの番かなという時にミルファは小声で私に声をかける。

「そういえば、身分証明書は持ってるわよね?」

「もちろん」

私は、鎧の下に入れているチェーンネックレスを出してみせる。

そこには、縦3センチ、横6センチ程度の蒼みがかった金属製のプレートが付けられており、そのプレートにはなにやら文字やら記号やらがのたうちまわっているかのように彫られている。

「なら、私達の順番になったらそれを衛兵に見せて」

「ええ。わかったわ」

そして私たちの順番になった。

まずは業者の人が鉄製のプレートを見せる。

それを衛兵の一人が何かの魔法道具だろうか。四角い小箱のような道具から伸びている線に繋がったペン状の先でプレートに触る。

箱の上の部分が光って、なにやら文字や記号が映し出される。

「よしっ。行商人のトムナだな。次っ……」

今度は、ミルファの番だ。

彼女のは赤みかがった金属のプレートだ。

これも同じようにペン先で振れると情報が表示される。

「おおっ。これはこれは魔術師殿。今回はどういうご用件で?」

さっきとは違い、丁寧な言葉遣いで衛兵がミルファに話しかける。

「なぁに、友人が各地を回りたいと言い出したのでね、ついでに私も一緒に回ろうかと思ってね……」

そう言って私の方を見る。

うん。間違ってない。そのとおりだ。

「では、観光と考えてよろしいでしょうか?」

「そうね、それで間違いないわ。まぁ、路銀稼ぎの仕事はするかもしれないけどね」

「わかりました。ありがとうございます。ただ、都市内での揉め事は…」

「わかってます。気をつけますよ」

そう言うとミルファは通された。

そして先に馬車に戻る。

次は私の番だ。

プレートを見せる。

問題はないはずだ。

しかし、プレートを見た衛兵の反応が少しおかしい。

そして、ペン先で触れて情報が表示されると……

「これはこれは、アルミンツにおこしくださいました、キリシマ様。どうかアルミンツでの滞在をお楽しみください」

そう言われ、頭を深々と下げられ通される。

えっ?

何?

どういうこと?

無事何事もなく馬車に乗った私の頭の中はまさに?マークしかなくて、そんな私の様子を見て馬車の中でミルファが大爆笑している。

わからないなら、わかる人間に聞けばいいだけ……。

あ、この場合はエルフか……。

ぎろりっ。

ミルファを睨み、引きつった笑顔で聞く。

「これはどういうことか、知ってるわよねぇ……、ミルファぁぁぁぁぁああああああっ」

私の言葉と態度を見て、ミルファの笑いが止まって無意識のうちに身体がずるりと後ろに下がる。

どうやら本能的に不味いと気が付いたらしい。

ふふふふっ。察しのいい人は好きよ。

「ちゃんと説明してくれるわよね」

猫なで声でそう言うと、ミルファは真っ青な顔で何度も頷く。

そして、説明し始めた。

どうやら南雲さんが気を利かせて私の身分を、自分の一族の一人としてプレートに登録しておいたらしい。

まぁ、この世界で黒髪で、日本人みたいな顔立ちは珍しいからなぁ。

プレートがなくても、南雲さんの顔を知っている人なら口で言ったとしても信じるかもしれない。

そして、この国で南雲さんの知名度はかなりのものだそうだ。

顔を知らなくても名前だけは知られている。

そして、いろんな二つ名も……。

やましい事のある人には、死神と等しい名前の意味を、やましい事のない人には、法の秩序を守護する名前の意味を、商売や領土経営をする人には、あやかりたい名前の意味を持っていた。

どおりで衛兵たちがあんな対応するわけだ。

もしかしたら視察に身内の人を遣したと思われても仕方ない状況だ。

「なんてことしてくれたのよ、南雲さんっ」

思わず、説明を聞いて私の口から言葉が漏れる。

しかし、ミルファは私をなだめながら言う。

「うちのボスにしてみたら、精一杯のできることだと思うよ。それに、今から行くところで登録すれば、それは必要な時意外見せる必要なくなるから心配しないでいいよ」

「今から行くところ?」

「そうそう。この都市に来た最大の理由はそこだから…。アキホもそれを聞いて最初にここに来たんでしょ?」

えっと、私、ただアーサーさんにまずはここに行くといいと言われて、素直に従っただけなんだけど……。

そういえば、理由を聞くのを忘れていたし、アーサーさんも話すの忘れていたような……。

えーいっ。まあいいや。

ここは流れに乗っていくしかない。

そんなわけで、選択した私の返事は…「そ、そうそう。そうなのよ。あはははは」だった。

そして検問所を過ぎ、馬車は門をくぐる。

そしてそこに広がるのは、活気のある街並みだった。

いろんな店や露店が並び、ある一角では、門をくぐったばかりの馬車が止まって早速荷物や人をおろしている。

どうやら、ここで業者の方とはお別れらしい。

「無事、戻ってこられる事をお祈りしています」

そう言ってくれる業者に、私も「商売繁盛と無事をお祈りします」と言葉をかけた。

そして、私はミルファの案内にしたがって街の中を進み、中央近くの大きな建物の前まで来た。

石造りのしっかりした建物で、3階建てのようだ。

そして、1階は、玄関が大きく開かれ、広間のようになっている。

そして奥のほうには、いくつかの受付とテーブルに椅子が並んでいる。

「ようこそ。フリーランス組合へ」

ミルファが楽しそうにそう言う。

「フリーランスって?」

「自由契約で働く人のことよ。ここはその組合。ここで契約する事で、いろんな仕事を紹介してくれたり、報酬を受け取ったり出来る訳よ」

フリーランスの意味は主君を持たず自由契約によって諸侯に雇われた騎士や傭兵の事を指すが、どうもそれだけではないらしい。

ファンタジーゲームの冒険者組合ってことなんだろうか。

そんな事を考えつつ、ミルファの説明に耳を傾ける。

「一応、ここで何が出来て、出来ないのかって言うのを事前に登録する必要はあるけど、そのデータはフリーランスプレートに記憶されて、各町にある組合に顔を出すと自分に合った仕事を選べるようになっているの。それに身分証明書代わりに使うことも可能ってわけ」

つまり、ここは派遣会社って感じていいのかもしれない。

仕事にあった登録者に仕事を斡旋するってまさにそのとおりだしね。

「なんとなくだけど、わかったわ。それでどうするの?」

「まずは、フリーランスプレートを作りましょうか」

そう言って歩いていくミルファについていく私。

そして、ミルファが奥のカウンターに声をかけた。

「すいません。登録を二人お願いしたいのですが…」

カウンターに結構年配のいかにも苦労してますって顔の女性が顔を出す。

受付の係りの人だろうか。

私たち二人を見た後、事務的な口調で話し出す。

「登録料で150シルバーガルかかりますがよろしいですか?」

シルバーガルというのは、この国の硬貨の一つで、銀貨に相当する。

1シルバーガルは、元いた世界の価値で言うと100円くらいの感覚だから、1万5000円といったところだろうか。

まぁ、妥当なところではないだろうか。

「ええ。お願いします」

ミルファが、金貨を2枚出す。

こっちはゴールドガルと言って、1枚で100シルバーガルの価値がある。

「はい。おつりですね。後、こちらに記入をお願いします。終わりましたら提出してお待ちください。なお、その後、各種のテストなどを行いますので2時間程度時間がかかります。ご注意ください」

おつりと2枚の紙を渡しつつ、テーブルの方を指差す。

そのテーブルには、ペンやインク等の筆記用具が準備されているようだ。

私もミルファから紙を一枚受け取るとペンをとって記入していこうとしていたらミルファが私に囁く。

「いい、名前以外は記入したくないなら記入しなくていいからね。あと…偽名も問題ないわ。罰則はあるけどばれなきゃ問題ないから……」

名前などの必要的な事以外は、全部埋める必要はなく、またどうしても書きたくない事は記入しなくていいらしい。

うーん、アバウトというか適当というか……。

まぁ、でも、元の世界ならともかく、それをきちんと調べるのは簡単ではない上に時間とお金が膨大にかかるわけだし、それに労力注ぐよりは自己申告を信用し、もしなんかあった場合は本人の責任にすればいいだけだからなぁ…。

そういう対応になるのは仕方ないか……。

そう思いつつも、私にも人に言えない事を山ほど抱え込んでいる身なので、必要最小限のことだけ記入していく。

ちなみに、この世界の文字と読み方は、南雲さんのところでみっちり叩き込まれました。

おかげで、今では翻訳の指輪なくても問題なくなっています。

もっとも、それでも一応、身につけています。

これのおかげで、この地域で使われている標準的な言葉以外の他の言葉も理解できるから、便利といえば便利なのです。

私が記入終わると、もうすでにミルファは記入を終わって待っていてた。

そして、私の記入分と一緒に受付に出し、しばらく近くの椅子に座って待っていることになる。

「ふう、なんか自分のことを書くって、なんかやりずらくない?」

ミルファが珍しくそんな弱気な事を言ってくる。

「まぁ、自分の事より他人を見て判断するほうがわかりやすいしからねぇ……。自分自身の事を本人が意外と気がついてないことも多いしね」

私がそう言うと、ミルファは少し驚いた表情を見せた。

「おおおっ。哲学的な考えだね」

疑問に思ったので、聞き返す。

「この世界って、哲学ってあるの?」

「あるよ。お偉い先生がいろいろ小難しい話を本にしてたな。ボスも何冊か読んでみて、「元の世界の考えに似ているな」って言ってたわよ」

「へぇ、意外と根本的な部分は私の元いた世界に似てるのかもしれないわね」

そんな会話をしていると、受付の女性に呼ばれた。

どうやら、検査の準備が出来たようだ。

いっちょ、そこそこがんばるかっ。

もっとも、全力はさすがにまずいと思うけどね。


結局、検査は3時間以上かかった。

原因は私たちの能力がかなり高かったためらしい。

組合としても、出来る限り私たちの力を把握したいのだろう。

結構みっちりとやらされた。

その結果、私には魔法の才能があまりない、いや誤魔化すのは止めよう。ほとんどないことがはっきりした。

ただ、才能はないものの、魔法などに抵抗する力はそこそこあるようだ。

そして特出すべき点は、事務的能力の適正がとても高い事。

多分だが、能力特定していた人の話だと、ここでの過去の成績の中で最高だったらしい。

それも桁違いの差をつけて…。

まぁ、元々OLやってたわけだし、元の世界でもそこそこ仕事は出来ていたわけで、さらに言うのもなんだが、この世界の人達の事務処理能力の低さや業務のシステムが洗礼されていないというのも大きいのだろう。

おかげで、格闘術とかの戦闘に関する力は誤魔化せた。

まぁ、こういうのは、あまり見せびらかすもんじゃないと思うからちょうどいい。

おかげで私の最終的な評価は、そこそこ戦える最高の事務員って感じになっていた。

なんかすごく面白い感じだ。

なかなかゲームではこういうのははっきりしないことも多いから、新鮮である。

そして、ミルファの方はというと、魔術が高いのは当たり前で、南雲さんのところでしっかり中間管理職していたため私に比べると低いものの事務処理の適正が高いとなっていた。

そして、はっきりとわかった事はもう一つあった。

私に魔術の才能がないことと同じように、ミルファには料理の才能がないこと。

それがはっきり出ていた。

「ふ、ふんっ。手を抜いただけなんだもん。本気になったら……本気になったら……」

涙目でそんな事を言うミルファの肩を私はぽんぽんと叩いて慰める。

「そ、そうよね。そうなのよね。能ある鷹は爪を隠すって言うし……」

「そうよ、さすがわかってるじゃない」

私の言葉と対応に何とか強がってみせるミルファ。

しかし、「能ある鷹は爪を隠す」って意味わかってないでしょ?

だが、それで終わりではなかった。

ダメ押しをしたのはニーで、ミルファの肩に乗って哀れんだ瞳でミルファを見た後、頬をぺろぺろと舐めてた。

動物にも哀れられて慰められてしまっている。

その事実で心が折れたのだろう。

しばらくその場で固まってしまい、受付の女性やら他の組合で働いている女性らからもミルファは同情の強い目で見られることになってしまった。

うーん、やっぱり、料理できない女性って、世間一般的にみると残念な子と認識されちゃうんだろうか。

ミルファを慰めつつ、ふと私はそんな事を思ってしまった。

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