旅立ちの章  3-5

パーティを組んだ次の日、午前中にフリーランス組合に行ってパーティ登録と簡単な魔物退治の依頼を受けた私達は、一週間程度の旅支度をして依頼のあった場所に出発した。

主路から少し離れた村だったが、途中までは定期的に移動用の馬車が行き来していたのでそれを途中まで利用。村に最も近い馬車の止まる町で一泊し、翌日には徒歩にて村に向った。

「しかし、もう少し交通の便よくならないかなぁ……」

思わず漏れた私の言葉に、「普通はこんなものよ」というミルファ。

そう言いつつも彼女もうんざりしているのがわかる。

「小型の馬車とかあるといいと思うんですけどね」

半金属の鎧を着ているのにもかかわらず、足取りの軽いノーラさん。

実に楽しそうに会話に参加し、いろんな事をおしゃべりしてくる。

そして、対照的なのはその後ろを黙々と歩くのはリーナさんだ。

さっきから会話には参加しないが聞いてないわけではなく、ただ自分から話さないだけで話を振ると短い言葉で返答がかえってくる。

おもしろいな……。

そんな事を思っていたが、肩にとまっていたニーが私の頬を舐める。

よく見ると太陽がほぼ真上だ。

「そろそろ休んで食事でも取りましょうか」

私がそう言うと、全員から合意の返事やジェスチャーが返ってきた。

ちょうど道の傍に小川が流れ、広くなった場所がある。

そこで休む事にした。

どうやら火を起こした後もあり、この道を使っている人たちがよく使っている場所のようだ。

水を汲み、簡易食料を取り出す。

塩辛い乾パンと干し肉。それに乾燥された野菜のチップ。

実に味気ないが、ここで料理をして時間を潰すわけにはいかない。

今日中には村に着きたいと思っているから、時間は無駄に出来ない。

味気なくて硬い食事をしている途中で、何を思い出したのかミルファはごそごそと自分の袋からピンポン球程度の大きさの赤い実を各自一つずつ投げてよこす。

それを受け取って確認する。

「えっとカッカの実?」

「そうそう。あまりにも味気ないからね。さっきの町でちょっと買っておいたの」

ミルファが得意げにそう言う。

「さすがですねぇ。そこまで気が回ってませんでしたよ~」

そう言いつつ実を一口で口に入れて食べるノーラさん。

彼女は旅に慣れている事もあり、この実の事をよく知っているようだ。

「うーーんっ。酸っぱいけど、美味しいっ」

幸せそうにそう言った後、残った食事を食べ始める。

反対に、怪訝そうな表情でカッカの実を見ているのはリーナさんだ。

「初めて?」

私がそう聞くと、私の方に視線を向けて答える。

「ええ。知らない実ですね」

「私もそんなに食べたわけじゃないけど、旅とかしてるとね、新鮮な野菜とか食べたくなるのよね。だけど普通の野菜ってすぐに腐ったり萎れたりして食べられなくなるの。でも、カッカの実は腐りにくくて萎れにくいので有名なんだよ。それにね、栄養価がすごくいいんだって。最もその分、酸っぱいけどね」

「酸っぱいのですか……」

リーナさんの顔が少し引きつっている。

多分、酸っぱいのが駄目なのかもしれない。

「でもね、慣れるとその酸っぱいのがたまらなくなるのよねぇ~」

じーっとリーナさんの手の中にあるカッカの実を見ながらノーラさんがそう言う。

多分、あれは狙っている目だ。

普段の柔らかい温和な感じの目の中に光る野獣の輝きが見えた気がした。

それに気がついたのだろう。

慌ててカッカの実をほおばる。

口の中でカッカの実の汁が広がったのだろう。

「ううーうーーっ」

うなるように叫びを上げて目を白黒させるリーナさん。

クールな感じだが、ああいった風に崩れるとなかなか面白い。

「やっぱり、最初はそうなるよねぇ」

してやったりという表情で言うノーラさん。

多分、計算づくでやったのだろう。

けらけらと笑っている。

ミルファも笑い、私は慌ててリーナさんの背中を叩く。

「大丈夫?」

「だ、大丈夫です……。なんとか……」

涙目でそう言われても、なんかねぇ……。

「あれはね。慣れない時は、少しずつ齧って食べるの。一気食いなんて上級者しか無理ですよ」

そう言ってミルファの方を指差す。

ミルファは笑いつつも、少しずつカッカの実を食べていた。

呆然とするリーナさん。

意外と騙されやすい人なのかもしれない。

こんなんでよく情報屋なんてやれたものだ。

私は苦笑してそう思ったのだった。



夕方、日が沈み始めるころ、やっと目的の村に着いた。

村と言っても建物は三十程度で、住民は百人もいないような本当に小さな村だ。

堀も壁もなく、ただ所々に柵があるのみで、駐在する兵士もいないようだ。

多分、自警団みたいな組織はあるんだろうが、この人数なら兼業で多くて十人程度だろう。

実に無防備なかんじだ。

その分、建物の造りがかなりしっかりしていて、木製だけどがっしりとしている。

いざとなったら、建物に篭って何とかするのだろう。

これなら、ちょっとした魔物でも村存続の脅威になりだろうな。

そんな事を思いつつ、広場らしいところに向う。

途中で会う村人の表情は暗い。

それでも、私たちが依頼を受けてきたフリーランスと知ると少し明るくなる。

かなり苦労しているみたいだ。

何とかしたいと思う。

広場に着くと、先に会った村人から連絡を受けたのだろう。

何人かの村人が私たちを待っていた。

集団の中央にいる初老の人物が村長なのだろう。

一人、前に出ると頭を下げる。

しかし、その表情は硬い。

「ようこそいらっしゃいました、フリーランスの皆さん。私がこの村、サノムの村長をしているサクトと言います」

「私達四人は今回の依頼を受けたものです。これが確認書類です。ご確認を……」

ミルファが前に出て身分書となってるフリーランスプレートを見せて、その後バッグから依頼書を差し出す。

それを受け取り、読んで確認する村長。

問題なかったのだろう。

確認依頼書をミルファに返すと、やっと笑顔を浮かべる。

「確認いたしました。今日は、私の家でお休みください。あと、必要な事がありましたら、私にお願いします」

「では、今日の宿はお世話になります。それと詳しい情報が欲しいので、詳しい事情のわかる人たちに話を聞きたいのですが…」

ミルファのその言葉に、村長は頷くと、「わかりました。詳しい事を知っているものをつれてきましょう。まずは私の家までご案内します」と言って歩き出す。

私達もそれについていく。

広場のすぐ傍の一際大きな家。

それが村長の家だった。

そして、その家の横には大きな倉庫のような頑丈そうな建物が三つあり、警備らしい人物が三人いた。

「えっと……、あれは?」

私は気になって聞くと、あれは税用の麦や特産品を入れておく倉庫だという。

そういうのは、村長がまとめて管理し、国や領主に治めているらしい。

今は、税を納めた後らしく、ほとんど中は空であると説明を受ける。

ふと気がつくとリーナさんの表情が厳しいものになっていた。

「何?」

小声で聞くと、ちらりと私を見た後、「夜中に……」と伝えて周りを警戒するように見回していた。


その日の夜は、村長の用意してくれた簡単な食事を食べて、情報を収集し、二つの部屋に分かれて休む事となった。

私はミルファと一緒の部屋だ。

そして夜中、私たちの部屋の戸を軽く叩く音がする。

「誰?」

囁くような小さな声で聞くと、「リーナです」と短く返事が来た。

音を立てないようにドアを開け、リーナさんを向い入れる。

すーっと私達のー部屋に入り込んだリーナさんは部屋の中を見渡した後、頭を下げた。

「すみません。こんな夜中に……」

「いいえ構わないけど。どうしたの?」

私がそう聞くと「ちょっと気になることが……」と言う。

ミルファが部屋の中心に、呪文を刻み込んだ石を置き、呪文を唱える。

一瞬、しーんっと全ての音が消え、そして元に戻った。

「今のでこの部屋の中ぐらいの範囲なら一時間程度消音で音が外に漏れることはないわ」

ミルファはそう言うとベッドに座る。

それを聞いて安心したのか、リーナさんもベッドに座ってふーっと息を吐き出した。

「それで、どうしたの?」

再度私が聞くと、リーナさんは怪訝そうな顔をして違和感を説明し始めた。

村のはずなのに、女性の姿や子供の姿が見えないこと。村長以外の初老の男性があまりに少ない事。

そして、村長の言葉に嘘が混じっているような感じがしたという。

「自分は情報屋なんてやってたもんですから、なんとなくだけど嘘とかを感覚的に違和感として感じてしまうんです」

そう言うリーナさんに、ミルファは少し苦笑して言う。

「でも、ノーラさんのはわからなかった」

「あれは、嘘は言ってませんでしたから……」

確かにそのとおりだ。

騙したわけではない。

慣れればあのすっぱさがたまらないっていうのはノーラさんの本音だったのだから。

そして、私の違和感を感じた事を言う。

「税を納めて倉庫はほとんど空だと言ってたけど、なんで警備の人がいたんだろう……」

「ああ、それは私も思ったわ」

私の違和感にミルファも同意を示す。

「つまり、今回の依頼、或いはこの村が胡散臭いってことでいいのかしら?」

私がそう言うと、リーナさんとミルファは頷く。

「ところで、ノーラさんは?」

気になって聞くと、リーナさんいわく、すぐにベッドで寝てしまったという。

なら仕方ないか……。

私はそう思うと、二人を見回して、これからの対応をどうするか話し合うことにした。

どっちにしても、何か情報がないと動きようがない。

そんな事を考えていたら、窓をカリカリ引っかく音がする。

窓を細く開けるとその隙間からニーが入り込んできた。

「どこ行ってたの?ニー。心配したんだから……」

そう、村について気がつくとニーがいなくなっていたのだ。

すぐに探そうとしたが、ミルファは心配要らないといっていたし、明日になっても戻ってこなかったらみんなで探してもらうつまりでいた。

そんな私にニーは咥えていた一枚の葉っぱを差し出す。

「これ、どうしたの?」

ニーに聞くと、ニーの視線の先には、あの三つの倉庫があった。

そして、そこにはさっきとは違う警備の男の姿が三つある。

「あそこから持ってきたの?」

私の言葉に頷くニー。

そして、じーっと葉を見ていたリーナさんはハッとしてつぶやいた。

「これって、ハルカの葉じゃ……」

そして、ミルファも厳しい表情で頷く。

「多分ね……」

その表情から、なんとなくだがわかる。

最初の依頼から面倒なことになりそうな事が……。

私ってやっぱりトラブルメーカーなのかな……。

ふと、そう思ってしまいそうに私になっていた。

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