覚醒の章 2-5
ゆっくりとだが身体の感覚が戻ってくるという感じで私は意識が覚醒した。
重くてなかなか持ち上がらない瞼を開ける。
石造りのごつごつした天井が見え、多分ろうそくの明かりだろうか、ゆらゆらと光と影が揺れている。
私はゆっくりと身体に力を入れていく。
もちろん大げさに動かす事はなく、筋肉に力を入れ動きを確認するといった感じて身体の状態を確認するためだ。
別に痛みのある箇所はなく、身体は問題なく動くようだ。
そこで初めて、身体を起こす。
うーん、少し身体が重い気がするな……。
深酒した翌日の二日酔いがない寝起きといった感じか。
そんな事を思いつつ、周りを確認する。
そこは六畳程度の大きさの部屋で、三方が石造りのゴツゴツした壁に囲まれており、そしてもう一つには鉄格子がはめられている。
つまり、典型的な牢屋の構造と言うわけだ。
そして私はその部屋の片隅にある石造りのベッドに寝かせられてた。
つーんっと腐ったような臭いとアンモニア臭が鼻につく。
奥のほうには、何やら木の桶が置いてあり、それがトイレ代わりに使われているようだ。
どうもそこから臭ってくるらしい。
うぇー。臭すぎ……。
囚われているという状況よりも、臭いの方に気がいってしまうあたり、意外と私も肝が座っているように思う。
いや、そうではないだろう。自分の中に逃げ出しても意味がないと体験し、理解したからだと思う。
そうそう何度も恐怖に飲まれたりはしないし、何より、イセリナという吸血鬼の恐怖に比べれば、この状況のもたらす恐怖というのはたかが知れているといってもいいかもしれない。
そんな事を思いつつ苦笑しながら周りを観察していく。
湿度や空気の動きなどからどうやら地下っぽい感じだ。
とんとんと壁を叩いたり、鉄格子の一本をぐっと握って押したり引いたりしてみたがぴくりともしない。
それはそうだろう。私はゲームや小説のようなチート能力を持っているわけではないし、格段すごい能力を持っているわけでもない。
少々格闘技の得意な程度の素人だ。
だからこそ、拘束もせず牢屋に放り込んでいるのだろう。
うーん……、どうしたもんかな。
そんな事を考えていると、こつんこつんとハイヒールのような音といつくかの靴音が響く。
それに何か会話をしているのだろう。なにやらぼそぼそという話し声が聞こえる。
そして、その音はどんどんこっちに近づいてきて私の前で止まった。
「ふーん、この女か…」
私の前に来てそう言葉を発したの年の頃は四十代の女性だった。
かなり高価そうなドレスを着て髪は後ろで束ねて巻き上げており、扇で口元を隠しているがかなりの美人のようだ。しかし、眉は跳ね上がり目つきがきつく、ヒステリック気味な印象を感じさせる。
「へぇ。間違いありません」
そう答えたのは、女性の後ろについてきた革鎧を身に着けた男で、どう見ても悪人面と言う感じだ。
多分、私をさらう為の実行犯といったところだろうか。
女性の方にへこへこと頭を下げている感じだと、女性がクライアントか依頼主といったところだろう。
私は、ベッドから立ち上がると勢いよく鉄格子を掴み睨みつける。
「あんた達なんでこんなことをするの?」
「ちっ、薬の利き目が甘かったか」
男が女性をかばうように前に出ようとしたが、それを女性は手で止めさせ、まるで実験動物でも見るように私を見下す。
「必要だから、召喚しただけよ」
「だから、何でっ……」
そう言うと、女性は楽しそうにくっくっくっと笑った。
その笑いには優越感に満ち満ちており、目を細めて顔全体に笑みを満たしている。
「ほほう、何も知らないようだねぇ」
そう言って鉄格子に近づく。
もう少し、もう少しでっ……。
私は必死になって鉄格子の間から手を伸ばす。そして女性に掴みかかるが、ほんのわずか距離が足りずに手は空を掴んだ。
くっくっくっ……。
必死な私の様子が楽しいのか、また笑う。
そして、目を細めて、口の周りを扇で隠しながらゆっくりと焦らすように言葉を発した。
「お前はな、その身体の中の臓器を私の愛しい息子に譲り渡すために召喚されたのじゃ……」
「なっ……」
いきなりの事で言葉にならない。
臓器を譲り渡す?
それって、臓器移植のこと?!
どういうことなの?
私の反応が面白かったのだろう。
女性の笑いは、忍び笑いから、段々とトーンが高くなり、高笑いへと変わっていく。
「本当に何も説明されておらぬとはな。本当にあの男は優しいやつよの」
「な、なにを……」
「どうせあの男のことだ。何も知らないで送り返してやろうとか思っておったんだろうて。しかし、何も知らずに死ぬのもかわいそうだのう。それに、あの男への当てつけも含めて冥土の土産に教えてやるぞ」
その目には弱いものをいたぶる残虐性の炎がめらめらと燃えていた。
そして、私は始めて、私が召喚された目的を知る事になった。
そこで話された内容は、現代医学に近い話だった。
この世界の魔法では、臓器の異常などは治療出来ずどうしょうもないと言うのが当たり前だった。
そこで、まず行われたのは他の人からの臓器移植である。しかし、いろんな条件より適合できる人間は少なく、またその成功率は高くない。
そのうえ、臓器を摘出された側はほとんど死亡してしまう。
いくら人の命の価値がとても低いとしても、どんどん殺すわけにはいかず、そこでホムンクルスを使っての臓器移植が研究された。
しかし、ホムンクルスのままでは臓器移植をしてもほとんど成功しなかった。
それはそうだろう。ホムンクルスが人に近いといっても意思も持たないただの肉の塊でしかないのだから、適合するわけがない。
よって、研究も終わりかと思われた。
しかし、ある時、狂ったとある魔法使いがホムンクルスに人の魂を宿らせて、一時的にホムンクルスの肉体を人の肉体に変化させ移植すればいいのでないかと考えてしまう。
そして、その考えは正しかった。
人と言う魂を一時的に宿していれば臓器移植をしてもほとんど失敗しなかったのだ。
ただし、それは時間的制限がある。
ホムンクルスの肉体が、魂の色に染まるまで…。
つまり魂を抜かれてもホムンクルスの肉体に戻ってしまう大体一ヶ月程度の間だけだという。
それ以降は、普通の人の移植と変わらないという結果だった。
「つまり、私はただの臓器を提供するためだけの存在……なの?」
愕然として発した言葉に、女性はいたぶるような冷めた炎を宿した目で見下す。
「それ以外に、お前の価値などないわ。それとも何かえ、お前は特別とでも思ったのか?」
そう言って、くっくっくっくっと笑う。
「いや、特別だったな。私の息子のために臓器を提供する『物』としてな」
笑いつつそう言いきると女性は私の前から立ち去った。
私は、その場で愕然としていた。
つまり、臓器を取り出すためだけの実験動物でしかないの?私は……。
あれからどれくらい時間がたったのだろうか……。
私は力なく、その場で座り込んでいた。
自分自身を全否定された。つまり。私は「物」でしかないという現実がきつかった。
だが私はゆっくりと立ち上がるとすーっと息を吸って吐き出した。
それを何度も何度も繰り返す。
確かに連中にとっての私は、臓器移植に必要な「物」でしかないのかもしれない。
しかし、それでも私は、私だ。
誰がどんなに否定しょうが、私は私なのだ。
「物」ではない。
それに、私を人として扱ってくれている人たちもいる事を思い出す。
私を助け出し、そして元の世界に送り帰そうとしてくれる人たち。
私を人として接し、話し、ほんの少しだが生活した人たち。
それに……
「絶対にお前を元の世界に戻してやる」
そう言って私を立ち直らせてくれた人。
その人の言葉が私を支えてくれている。
ぐっと身体に力を入れる。
まだだ。
まだ諦めるのはまだ早い。
足掻いてやる。絶対に足掻いて、足掻いて生き残ってやる。
そう思ったときだ。
微かだが何かが近づく音がする。
こっそりと動いているのか布が擦れる音とほんの微かな足音が聞こえる。
影になっている部分に入っていつでも動ける体勢で、私は物音を立てないように壁際の方に移動する。
ある程度近づいてきた人影は、きょろきょろと周りを確認しているようだ。
「秋穂さまっ……」
小さいながらもそう声を発する。
その声は、ニーニャの声だ。
私は鉄格子の部分に移動する。
私の姿が見えたのだろう。
慌てて黒っぽい服装のニーニャが私の近くまで来た。
その表情には、ほっとした感情が見え隠れしている。
「すみません、秋穂さま。私、私……。いくら妹のためとはいえ……私はっ……」
そう言いながら、段々と泣き崩れそうな顔なり、私の前に来ると崩れるようにその場に座り込んで頭を下げる。
細かい事はわからないが、ぼそぼそと話す内容から多分妹が人質にでもなったのだろう。
私の妹がいるが、同じ境遇なら同じように行動するかもしれない。
そう思うと私は彼女を責める事ができない。
それに短い時間だったとはいえ、一緒の時間を過ごして彼女の事はわかるつもりだ。
どうしょうもなくなってあんな事をしてしまったんだろう。
そうでなければあんな事はしないと思う。
「もういい。どういうことかは後で聞くわ。それより今はどうにかしてここから逃げないと……」
「わかりました。秋穂様」
その私の言葉にハッとして顔を上げるニーニャ。
慌ててポケットの中から鍵の束を取り出した。
輪にいくつかの鍵か取り付けてあり、ニーニャは牢屋の鍵穴に一つ一つ入れては確認していく。
「これも違う……」
じりじりと時間がたっていく。
えーいっ。わかりやすいように分類しときなさいよ…。
思わず、そんな事を考えてしまう。
そして順に鍵を回していき、そしてついに最後の鍵を差し込む。
ごくりっ。
口の中に溜まった唾を飲み込む。
もし、これでも開かなかったら……。
ニーニャの顔を見ると彼女の顔も少し青ざめている。
多分、彼女も同じことを考えているのだろう。
一瞬間が開き、ゆっくりと鍵を回す。
がちゃり……。
しーんとした静寂の中でその音は響き、鍵が開く。
二人してほっと息を吐き出す。
どうやら集中しすぎていて息をするのを忘れかけていたらしい。
危ない危ない。
ぎぃーっと金属の擦れる音共に鉄格子の一部が開く。
よし。逃げよう。
そう思って移動しょうとするとニーニャが私を止めた。
そして背中に背負っていた袋をあけて中身を私に渡す。
それは南雲さんから念のためと言われて渡された篭手だった。
「これをお使いください」
「でもニーニャは?」
そう聞き返すとニーニャは腰のベルトの部分を叩いた。
そこには小さいながらも剣が2本下げてある。
「心配なさらないで……」
「わかった。じゃあ逃げよう」
そういったものの、ニーニャは動かない。
「どうしたの?」
じーっと下を見た後、すーっと顔を上げて私を見るニーニャ。
その顔には決心があった。
「秋穂様は、そのままお逃げください。私は……妹を探します」
「妹さんもここに?」
私の問いにニーニャはこくんと頷く。
「ええ、妹を探さないと……」
「なら私も……」
私の言葉に慌てるニーニャ。
「だ、駄目です。秋穂様はそのまま逃げてください」
しかし、私は自分だけ助かろうなんて気はない。
困っている人、それも親しくなりたいと思っている人を見捨てたりしたくない。
「ニーニャが困っているのに、私だけ助かろうだなんて……」
そこまで言った時、私はニーニャに抱きしめられていた。
「お願いします。秋穂様。私は身内のためとはいえ、信頼してくれている方々を裏切るという犯してはならない罪を犯しました。だから、その罪を償わせてください。せめてあなただけでも……」
多分、それは彼女の本心だろう。
身体が震えている。それはニーニャの震えであり、私の振るえでもある。
「それでも……」
そう言いかけた瞬間、がばっと身体を引き離して私の顔をまっすぐな目で見つめるニーニャ。
その瞳には、必死さと、そして決意に染められていた。
そこに恐怖も、恐れも何もない。
「もし、私を今でも友人と思ってくださるのなら、私の願いを聞いていただけますよね」
その言葉にずるい。
私はそう思った。そしてその決意に満ちた瞳に私は頷くしかない。
「わかったわ。ただし、無理しないで……」
「もちろんです。秋穂様、ううん……秋穂、ありがとう……」
そう言ってニーニャは私をもう一度抱きしめると右側のドアを指差す。
「ここは地下一階です。そこのドアから出て、次の部屋に階段があります。そして、上に上がると小さな部屋になっています。まず部屋を出てください。すると廊下に出ます。その廊下を右に向かって進んでください。突き当たりにドアがあり、そこから厨房に出ます。多分、今は誰もいないと思います。そして厨房の奥にあるドアから外に出れます」
私はニーニャの話をしっかりと覚えこみ、頷く。
「外に出たらそのまま木の間を抜けて少し進んでください。馬小屋がありますから、そこで馬を盗んで逃げてください。北の方に向かえば小さな村があるはずです」
そう言って、今度は腰に結んでいた小さな袋を渡す。
「これは?」
「近辺の地図と方位磁石、火打石、それに少しですがお金も入っています。使ってください」
「ありがとう……」
そう言って袋を受け取り、今度は私からニーニャに抱きついた。
「絶対に生きていてよ。応援を呼んでくるからね」
その言葉に、ニーニャは少し寂しそうな笑顔を浮かべる。
多分、裏切り者である私に助けなど来るはずもないと思っているのか。
或いは、応援を呼んでも間に合う事はないとわかっているためだろうか。
それでも……。
それでも私は、ほんの少しの間に合うという確立にかける。
なんとしても……。
間に合わないとしても……。
みんなにまたまた迷惑をかけるかもしれない。
でも、私は、それでも友人を見捨てる事なんて絶対に許さない。
どんな事をしても、絶対に応援をつれて戻るから……。
そういう思いを籠めて私はニーニャの肩を掴み、目を見てはっきりと言う。
これは宣言だ。
私の、私に向けての……。
「私、霧島秋穂は友人を見捨てない。絶対に見捨てない。だから、生きていて。いい?」
その言葉に、ニーニャの目から涙が流れる。
「わ、わかりました、…秋穂」
そして私達は別れた。
私は右に、そしてニーニャは左にと……。
あれから途中で人と遭遇する事もなく問題なく進んでいた。
そして、無人の厨房を抜けてドアの前に着く。
ニーニャの話だとここのドアを開けると外に出れる。
私の手がドアノブを握る。
ガチャリと音がする。
そうここを開ければ……。
しかし、私は手を離した。
やっぱり駄目だ。
ニーニャを残していけない。
一人で駄目なら、二人でやればいい。
そうだ。そうすればいい……。
私はきびすを返して元の方向に戻ろうとした。
しかし、後ろにはいつの間にいたのか人影かあった。
私は慌てて身構える。
人の気配も物音もなかったはず。
なら、相手はよほどの手誰なのか……。
暗がりの中からゆっくりと人影が近づいてくる。
すーっと窓からさす月明かりがその人物を照らし出す。
そこには、夜の闇夜にもっとも相応しい人物が立っていた。
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