覚醒の章  2-4

昼食が終わって何をするかなと思って廊下を歩いていたら、慌てて外に飛び出していくニーニャさんの姿が窓から見えた。

そういえば、昼食が終わった後に別のメイドさんから連絡というか手紙みたいなのを受け取っていたな。

なんかあったのかな……。

そんなことを思いつつ、さっきちらりと見えた必死な彼女の顔が気になってしまう。

それになんか嫌な予感がする。

えーいっ。

ぐたぐた思うよりも行動あるのみ。そう思って私は彼女の後を追うことに決めた。

まぁ、動きやすい服装(スカートではなくズボンをはいていた)だったこともあり、なんとか彼女の姿を見つけることが出来た。

施設の中にある公園みたいなところで人と会っているようだ。

どうやら男性のようだが、なかなかいい男っぽい感じだし、彼氏とかかな。

なんか木の下で二人会うなんて、色っぽいシチュエーションだなぁ。

もっとも昼間だと半減してしまうかもとかその光景を見て思う。

うーん、色恋沙汰の話だと出番はないなぁ……。

私、そういうのは苦手だしね。

そんなことを思いつつ、私は自室に戻ることにした。

まぁ、どうしても大変そうな雰囲気の時は話でも聞いてみるかな。


昼食が終わりある程度時間が立っている。

結局、することもないのでテーブルに放り出した本を諦めて眺めている。

あと5日くらいこんな退屈な日が続くかと思うと少しげんなりとしてしまう。

確かに旅のときは、いつ危険な目にあうかという恐れがあるため緊張していたが、充実もしていたような気がする。

今、この地域に伝わる吸血鬼伝説みたいな話を知り終えたが、なんかピンとこないし話が頭に入ってこない。

まぁ。理由はわかっている。

本当の怖い吸血鬼を知っているだけに物語の吸血鬼がとっても怖くないのだ。

それにこの手の本は子供の教育も兼ねてある教訓本みたいなものだから、表現はマイルドにしてあるみたいでより物足りない気がしてしまう。

実際に会った吸血鬼であるイセリナは、どうこう言いつつも怖かった。

恐ろしかった。

それは文章で表されるレベルを超えていた。

あの感覚は、対峙したことのある人にしかわからないだろう。

やはり、情報だけでなく、身をもって体験したことの方が納得できる。

ふぁー。

そんなことを考えながらも、今日何度目かのあくびが漏れる。

やっぱり、少し身体でも動かそうかな……。

そんなことを思っているとドアを軽く叩く音が響く。

「どうぞ」

「……失礼します」

ドアが開き、そこにはニーニャさんの姿があった。

少し顔色が悪いのは気のせいではないだろう。

多分、さっきのことが関係してるのかな。

でもなぁ、色恋沙汰だとなぁ……。

そう思いいつつも、ついつい言葉が出る。

「どうしたの?」

「えっと……お話が……あるん……です……」

途切れ途切れに何とか言葉を発するといった感じでうつむいたまま何とか話すニーニャさん。

つまり、さっきの件だろう。

こんなところじゃいつ誰が来るかもしれない。

だからこそ、誰も来ない場所に行って話したほうがいいんじゃないだろうか。

私はそう判断して「二人で話せる場所に行こうか」と言って促す。

彼女はその言葉に驚き、そして何度も吸っては吐きを繰り返しうなづく。

「こっちです……」

小さくそう呟くようにいうと後ろを振り向かず歩き出す。

その後姿は、肩にとても思い重荷を背負わされた罪人のようだ。

ただ、無言で歩いていく彼女の後をついて行く。

運よく誰とも会わずに外に出た私達は、さっきニーニャさんが男の人と会っていた公園に入る。

そして、少し木が茂っている場所に来るとニーニャさんはくるりと振り向いた。

「ついてきちゃったんですね」

呟くような声は振るえ、まるでついて来て欲しくないというニュアンスさえ含まれている。

「どうしたの?」

「ついて来ちゃ駄目なのに……」

私に話しかけるのではなく、自分自身に言っているようなぼそぼそといった声でそういうと頭を下げた。

「ごめんなさい、アキホ様。私……こうするしか……」

「心配しないで。何があったのか教えて。力になるから」

その言葉にうつむき加減なニーニャさんの身体がびくりと震える。

その様子は、普段の彼女とは正反対で、何かに怯える小動物のようだ。

私はニーニャさんに近づいてとんとんと肩を叩く。

すーっと私の顔を見たニーニャさんの顔は、まるで迷子の子供だ。

不安と悲しみ。そして、どうしていいのかわからない深くて暗い迷い……。

それに申し訳ないという気持ちが大きく顔に出ていた。

「だからね。話してくれる?」

泣いている子供を落ち着かせるように優しい声でそういった瞬間だった。

右肩の付近に痛みが走り、私は右肩を見る。

そこには何やら吹き矢のようなものが刺さっており、私は周りを見渡そうとした。

しかし、その瞬間に世界はぐらりと歪んでいく。

あれ?!

まるで直線なんてないといった感じのぐにゃぐにゃした世界。

そして、まるで泥水に沈んでいくかのように落ちていく思考。

身体中の力が抜けて、私はぺたんとそこに座り込み、そのまま倒れこむ。

「あ……あ……、ニィ……ャ……ん…」

言葉も口から出せなくなり、瞼が落ちて視覚さえも黒い闇に堕ちていく。

そして、その視覚に最後に写ったのは、まるで泣いている時に見た光景のようにグニャグニャになってしまったニーニャの泣き崩れる姿だった。



いつものように業務をしていたマリサだったが、影がほんのわずかだが揺らぎ、動きが一瞬止まった。

しかし、それは本当にほんの一瞬で、すぐに何事もないように作業は続けられている。

沈黙が流れ、少ししてからマリサは手を止めてため息を吐き出した。

イセリナ様には手出ししないで黙って見ていろと言われたものの、マスターの意に反する行為にあまりいい気はしない。

しかし、それはマスターのためというイセリナ様の言葉に何も言えず、黙認してしまったのも事実である。

本当なら、こういうトラブルは起こらないうちに芽を摘むつもりだった。

ふう……。

またため息か漏れた。

そして呟く。周りの人間に聞こえない小さな声で。

「監視だけは続けなさい。手出しは無用です」




秋穂と秋穂付きのメイドであるニーニャ。それにニーニャの妹が行方不明であるということがわかったのは夕方、それも夕食近くになってからだった。

ニーニャの妹で厨房で働いているクーニャが昼ぐらいから姿が見えないと少し騒ぎになったが、その時は買出しに行っていて道草で遅くなっているのだろう程度だった。

しかし、夕方になっても彼女の姿が見えず、ニーニャが何か知らないかと探すもニーニャの姿も見当たらず、そして客人であり、ニーニャが傍についていなければならない秋穂の姿もなかった。

すぐに敷地内の捜索が行われたが、昼過ぎぐらいに公園当たりで二人を見たという目撃情報以外、手がかりが何もなかった。

「ふむ……」

アーサーが顎に手をやって考え込む。

「すみません。警備がもう少ししっかりとしていれば……」

その日の当番であった警備部の隊長がアーサーの前でうなだれている。

今までこういうことがまったくと言っていいほどなかっただけに、かなりショックなのだろう。

「それで現状は?」

隣で同じように口に手を当てて思考していたミルファが警備の隊長に問いかける。

「現在、動ける人員を総動員して近辺に聞き込みと調査を行っております。しかし、手がかりがまったくなくて……」

テーブルに広げられた地図を指差しながら説明するが、その声は段々と声が小さくなる。

多分、いやおそらくニーニャやクーニャを使って秋穂を浚わせたというのは間違いないだろう。

しかし……。

「マリサ、ニーニャの身辺はチェックしたんですよね?」

基本、ここで働く職員の身辺はきちんとチェックされている。それは領主である南雲の仕事関係で他の貴族や他の勢力に恨みを買っているのは間違いないためだ。そしてそれが徹底されていたため、今までこういうことはなかった。

アーサーの問いにマリサは冷めた視線で地図を見ながら答える。

「ええ、あの子達はクリアーだったわ。もっとも……」

そこで言葉を切る。

「以前のチェックは、1年以上前だったけどね」

その言葉に、「ある程度、ここで長く働いている人間も定期的にチェックしないと駄目ってことか……」とアーサーが呟く。

アーサーは人を疑うことはあまり好きではない。しかし、組織を維持するためにはそういう事をやっていかなければならない。

綺麗ごとだけでは世の中回らない。それをよく知っている。だが、それでも彼にとってそれは苦痛をもたらす行為でしかない。

だから、長く仕えているものに対しては、そういうことはしなくてもいいのではとも考えていた。

しかし、その考えがこういう結果を生み出してしまった。

アーサーの顔が苦しそうに歪む。

それは自分の不手際と考えたのかもしれない。

「私としては、彼女らが最初から工作員とかだったとは思えない。おそらくだけどトラブルに巻き込まれてといったところじゃないかしら……」

そんなアーサーをちらりと見た後、マリサは視線を再度地図に戻して感情のこもっていない声で言葉を発する。

「それは直属の上司としての言葉かしら?それとも、あなたの本来の仕事の勘かしら?」

その発言にミルファの少しとげのある言葉と視線が向けられるが、彼女はちらりとミルファを見ただけで無言で再び地図を見ている。

その態度にカチンとしたのか今度は少し怒気の含まれた言葉が口から出た。

「きちんと答えて欲しいものだわ、元あ……」

しかし、その言葉は、部屋の入り口に立っている幼い姿のイセリナの言葉で上書きされる。

「あんまり彼女を責めないでやってほしいなぁ……」

どちらかと言うとのんびりとした口調だったが、言葉に含まれる絶対的な圧力がミルファの言葉を簡単に塗りつぶす。

沈黙が支配される中、まるで何事もなかったかのようにイセリナは部屋の中に入ると口の端を少し歪めてその場にいる全員の顔を順に見ていく。

そして、ミルファのところで視線が止まる。

「心配してるんだね、ミルファは……」

くすくすくす……。

何がおかしいのかイセリナの口から笑いが漏れる。

その言葉と態度に、ミルファは即座に噛み付く。

「当たり前です。私は、彼女とは友人になりたいと思っています。それに、ボスの大切なお客様ですよ。それを心配して何が悪いんですかっ!」

すぐ別れることになるとしてもそれでもミルファとしては秋穂と友人になりたいと思っているし、秋穂もそう思っていて欲しいという気持ちが強かった。だからこそ、その言葉がすぐに出た。

「何も悪くはないよ。そういう気持ちは尊重する。しかしね、そのイライラを仲間にぶつけるのはあまり褒められた態度ではないと思うんだけどな、ハーフエルフのお譲ちゃん……」

その言葉に、ミルファはハッとなり、そして赤面した。

彼女の言っているのは正しいと認識したためだ。

「確かに今回は情報が少ないから、彼女らの事から何か手がかりはないかと考えるのは普通よね。そうしなければ、行き先はわからない。でもね。今回は答えはわかっている……」

そう言いつつイセリナがちらりとマリサを見る。

ふうとため息を吐き出すと周りの人たちを一瞥した後、彼女は地図の上のとある場所を指差した。

「今は、ここら辺を移動していますね」

その言葉にイセリナ以外の全員が驚きの表情を浮かべる。

「種明かしをすると、マリサに頼んで言語変換の指輪を彼女にプレゼントしたの。でね、何があるかわからないから……」

イセリナがそう話すのにあわせて、マリサはいつの間に手に握っていたのかわからないが、小さな鏡みたいなものをテーブルに置いた。

「位置を示すシグナルを発するシステムをこっそりその指輪に組み込んでおいの」

その鏡には細かな数値がいくつも並んでおり、どうやらこの鏡の場所からどの方向にどれだけ離れているかを知らせているようだ。

そして、数値は細かくだが動き続けており、移動していることが伺える。

それで納得できたのだろう。アーサーが地図を確認しだす。

「こっちの方角といえば……」

気がついたのだろう。ミルファがすーっと地図の一点を指差す。

「ここって旧アットミル領で、この先って魔道研究所があったところじゃない?」

その言葉にアーサーも頷いて同意する。

「確かに。もしあそこの施設が生きているなら連中がやりたいことも出来る……」

そう呟くように行った後、「現状はあの辺はどうなってる?」と事務官の一人に質問する。

アーサーの言葉に、事務官の一人が慌てて立ち上がると「すぐに資料をお持ちします」と言って部屋を出て行った。

「よし、すぐに救助隊を編成するぞ。ミルファ。動けるやつがどれだけいるか確認を……。あと、ボスに連絡して指示を……」

そう指示を出そうとするアーサーだったが、イセリナが「ちょっと待って」と言って言葉を止める。

「私が迎えに行って来るから……」

その言葉に、すーっとアーサーやその場いた人たちの顔色から血の気か引く。

「しかし……」

「しかしも、かかしもない。私が迎えに行く。だから、そうねぇ、保護後の護衛と馬車を用意しておいて。あと、サクヤには連絡不要よ」

「しかしですね……」

「あら、私を信用できないとでも……」

「いえ滅相もありません……」

アーサーが慌てて頭を下げた。冷や汗がすーっと背中を流れる。

「それにね、実はここを手薄にするって狙いもあるみたいなんだよね。ちょっと怪しい動きがあったりするのよ」

「ここを手薄にするのが狙い?どういうことですか?」

イセリナの言葉に、アーサーが問いかける。

「いやね、この前潰した連中いたじゃない?」

「えーっと…確か悪魔崇拝をしていた連中のことですか?」

ミルファが思い出したように言う。

「そうそう。そいつらがどうも動いているようだから、今はここを手薄にするのは不味いんじゃないかと思ったの」

しばらく腕組をして考えていたアーサーだったが、決断したのか組んでいた腕を外すと再度指示を出す。

「警備隊と動ける部隊の隊員は協力して再度領内の警邏と敷地内の警備を重点的にし、緊急事態に備えてください。あと、事務官が戻ってきたら資料はイセリナ様に渡すように。こっちは全体の指揮をとるから、ミルファ、現場は任せる」

「わかってますって」

そう返事をするとミルファは一旦部屋から出ようとしたが、立ち止まってイセリナの方を向いた。

「絶対に、つれて帰ってくださいね」

「わかってるって。心配しないで」

その言葉を聞くと、ミルファは部屋から飛び出していった。

「ふむ。わたしらも準備をしましょうか。アーサー、馬車の用意と保護して介抱する必要があるかもしれませんからマリサを借りますね」

「わかりました。資料は届き次第、どちらにもって行きましょうか」

「ふむ。玄関の方に回してくれればいい。行きがけの馬車の中で目を通す」

「わかりました」

もう聞くことはないと判断したのだろう。イセリナはマリサを従えて部屋を出て行く。

その後姿にアーサーは指示を止めて一瞬視線を送った。

ふと違和感を感じたためだ。

前回の作戦の時は、自分の隊は別行動のため直接作戦に関わることはなかった。

しかし、報告書はきちんと目を通している。

報告書の中には二つの組織の接点なんてなかったはずだ。

なのに二つの組織が同時に動いて連携するなんておかしくないか。

なら、彼女の言ったことは嘘なのか?

しかし、彼女はボスのためにしか動かない。そう。まさにボスのためだけだ。

そんな彼女がボスに不利益になることをするはずはない。

なら、なぜそんな感じを受けたのか……。

そこまで考えて今最優先することを思い出す。

そしてアーサーは違和感を心奥に押し込めた。



「思ったとおりの流れになったというところでしょうか……」

後ろの方から感情のない声でそう声をかけられる。

「まさかぁ。まぁ、ミルファあたりは感情をつつけばそこまで考えないから問題ないと思うけどさ」

そこで一旦言葉を止めて少し間を空ける。

「もっとも、アーサーあたりは疑ってるっぽい感じだっわね」

「あの人はどうのこうのいいながらマスターの副官でもありますから……」

「そうよねぇ。サクヤの役にたってもらわないと。役にたたない人は彼の傍にはいらないわ」

くすくすくす。

そう言ってイセリナは楽しそうに笑った。

その様子は、実に見せかけの年齢に近い無邪気な笑いではあり、何も知らない人が見たならそう勘違いするだろう。

しかし、そんなイセリナを後ろから冷たい目で見下ろすマリサ。

その目には、感情のない殺意が見え隠れしている。

「心配なさらなくても役に立たなくなったものは私が処分いたしますので……」

その言葉はそこで止まったが、彼女の思考の中には続きがある。


…あと、それはあなたも含まれていることをお忘れなく……。


イセリナはその言葉の含まれる意味がわかったのだろう。

ますます楽しそうに笑う。

「いいわよ。サクヤに必要ないとなったら私を処分しても……」

そう言って足を止めると後ろを振り向く。

ぺろり…。

悪女がするかのように隠微に舌で唇を舐める。

すーっと目が細くなり、瞳に殺気がこもる。

「でも、簡単に処分できるとは思わないように……ね」

その殺気のこもった視線を平然と受け流し、マリサはすっと頭を下げる。

「了解しました」

ただそれだけの言葉だが、イセリナは満足したらしい。

また前を向くと歩き出す。

すごく楽しそうにスキップするかのように足取りも軽く…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る