第20話 大人の時間

 夜、皆が寝静まった頃。オレはこっそりと家を抜け出そうと、部屋から出る。


 魔力が独立している体のせいか、双子に吸われても精神力は衰えることは無かった。どうにもこのリビドーは抑え切れない。もう無料券など関係ない。今日は金を使ってでも色町に行かせて貰う。


 <隠密>を使って抜き足差し足で階段を降りると食堂の明かりが点けっぱなしなのに気がついた。


 嘘だろ…見張りたてるほどオレは疑われてんのか?


 そう思いながら食堂の方を覗き見ると、シアスタが1人でいつもの隅のテーブルに両手で頬杖を突きながら座っていた。


 ……どうしよ。このまま出てもいいんだが、あんなシアスタを見た後だしなぁ。


 でも、あいつも1人で考えたのかもしれないしな。このまま出かけちゃおう、そうしよう!!


 玄関の扉に手を掛けてオレは………。


「…よう、なにしてんだ」

「きゃわっ!?」


 ついシアスタに声を掛けてしまった。


「急に現れないでください!!バンダナをつけてないと一瞬誰だか分からないです!!」


 飛び上がって驚いたシアスタの眼は涙目になっていた。

 感情の伴ってない、身体が溶けることによって流れる氷の精霊特有の涙だ。


「お前がお考え事しててオレに気がつかなかっただけだろ。でもトレードマークは大事だ、着けておこう」

「……それでいいです」


 なんでオレの見た目がアイテムで決められなくちゃならないんだ。でも、お気に入りの装備だからぶっちゃけ嬉しくもあるからいいけどさ。


「シアスタは何を考えてたんだ?」

「乙女の秘密です」


 生意気言いやがって、とも思わなくも無いが十中八九日中のことを考えていたんだろう。


「1人で考えて答えは出たか?」

「それも乙女の秘密です…けど答えは分かりませんでした」

「なら付き合え、極上の散歩を見せてやる」

「どうしてそうなるんですか? 私、暇じゃないんですけど」

「いいから付いて来い」


 缶詰をしてもいいときと悪いときがある。今は悪いときだろう。

 無理やり引っ張ってでも連れ出して思考回路に刺激を与えてやる。


「な、何すんですか!?」


 家の外に連れ出してシアスタを無理やり肩車すると、目的もなく空を走り出す。

 ただ外の風を感じるだけでも良いんだ。何かを変えないと何も変わらない。


「こ、怖いんですけど!!」


 屋根や空を走る感想がそれじゃつまらない。


「眼をつぶってたら怖いものも見えないぞ!!勇気を出して向き合ってみろ!!大丈夫だ、オレを信じろ」

「イキョウさんを……わぁ。凄いです」


 暗いし肩車をしているからシアスタの表情は見えない。呆けているのか感動しているのか、一体どういう表情をしているのだろうか。


 アステルは夜でも明るいところは明るい。オレ達の住む中央区は店が少ないから周囲は暗いけど、だからそこ他の光が輝く。


「面白いだろシアスタ!!」

「いいですね!!綺麗です!!まるで夜空を走っているようです!!」


 ロマンチックなことを言うな。


「ならこのまま夜空を楽しもうぜ!!これからは大人の時間だ!!」

「大人ですか!!」

「ラリルレには怒られるからオレとシアスタだけの秘密だぞ!!」

「分かりました!!」

「どこか行って見たいところはあるか!!」

「お酒の飲むところ行って見たいです!!」

「チョイスが渋い!! だがいいだろう、連れてってやる!!」

「やったー!!」


 屋根を走り空を飛びながら、子供が入っても問題ないような居酒屋を見つけてそのまま飛び降りる。周りは酔っ払いだらけだから多少派手に降りても問題ない。


 周りから精剛だ精剛だと聞こえた気はするけど、気にしない気にしない。

 見つけたちょっとオシャレな店に入ると、そこには見覚えのある人物が居た。


「受付さんとレイラじゃん」

「お!! シアスタちゃんとイキョウさん!!」

「きてください~相席しましょう~」


 店を入った瞬間にレイラと目が合い、そのレイラがオレ達を呼んだことで受付さんも気付いたようで目が合う。


 4人席を2人で使っていたからお邪魔させてもらう。

 オレが受付さんの横に、シアスタはレイラの横に座った。

 ちょうど通りかかった店員さんにオレ達の分の酒とジュース、食べ物を頼む。


「普段食べないものが沢山、なんか夜っぽいですね!!」


 テーブルに乗った料理とオレの注文を聞いたシアスタは、目を輝かせながらそう言った。


「ああっ、シアスタちゃんかわいい!!」

「かわいいですよね~」


 すでに出来上がった2人はもうシアスタの可愛がりを始めていた。


「可愛いといえば、イキョウさんのパーティ人増えましたよね!!」

「成り行きだけどな」

「みんなかわいくて、特に双子ちゃん!!」

「マジの成り行きだわ」

「なんですかそれ!!」


 何が面白いのか、レイラがけらけらと笑いやがった。

 そんな姿を横目に、オレは店員さんに灰皿を貰って煙草に火をつけ吸い始める。


「お2人はお仕事終わりですか?」

「そうですよ~シアスタちゃん。シアスタちゃんはどうしてここに~?」

「イキョウさんが大人にしてくれるって言ったので付いてきました!!」


 受付組が急にオレを睨みつけてる。シアスタの言い方よ。


「オレ、精剛。ロリコンじゃない」

「そうでしたね、さすが精剛は違いますね!!」

「ふふふ~」


 シアスタの爆弾発言も流せるなんてこの称号案外便利かもしれんわ。


「そういえばサキュバスを振ったって本当ですか!!」


 レイラは酔うと声でけーな。


「嘘じゃないな」

「やっぱり心に決めた人が居るとか!!」

「ああー、居なくも無いかもしれないかもしれないな」


 やっぱりってなんだよ。何の話か分かんないから適当に流しておこう。


「お待たせいたしましたー」


 店員さんが料理を持ってきたので全部受け取る。


「ごちゅうもんは」「おそろいですか」

「そろったそろった…ん?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえてきて振り返るといつの間にか双子が来ていた。


「よるのさんぽを」「してたらみつけた」


 またトロンとした顔でくすくすと笑われる。


「嘘じゃんこんなピンポイントな場所にくるわけ無いじゃん」

「双子ちゃんだ!! おいでおいで!!」

「私にも~」

「ご指名入ったぞ」

「いいよ」「いってあげる」


 金髪は受付さんに、銀髪はレイラの膝に乗る。


「うっはーかっわいいー!!」

「たまりませんね~」


 ホールドされた双子はもう逃れられないだろう。


「それでさっきの話の続きですけど、心に決めた人って誰ですか!!」

「ふふふ~私も気になります~」

「いけずですねローザさんも!!」


 レイラがこのこのと肘で受付さんを突つくジェスチャーをして来る。


「内緒。それよりシアスタはそういう人いないのか?」


 なんかめんどくさそうなので話題の矛先を逸らす


「私は魔法が恋人です!!」

「乙女が枯れてんなー」

「私の才能は咲き誇っているのでご心配なく」


 シアスタは自信満々に言い放つ。

 なんとなくだが、いつものシアスタが戻って気がする。

 そしてそのことに感動する暇もなく、オレの左手の指をリリムが吸ってきてそれを見たリリスがレイラからオレの元にきて右手を吸い始める。

 …なんで皆コイツらが飛んでんの気にしないんだろう…。種族間交易都市だし、こういうの慣れてんのか?


「なんですかそれ!! かわいいーいいなー」

「衛兵詰め所の審議師お墨付き、乳離れしていない甘えんぼの双子だ」

「でもイキョウさん審議師意味無いじゃないですか~」


 受付さんもしかして相当酔ってらっしゃる?大分問題発言しだけど大丈夫?


「ローザさんそれ面白いですね!!私も今度使います!!」


 またレイラがけらけらと笑い始める。どうやらばれていないようでよかった。


「なぁ、酒も料理も楽しめないんだけど」


 オレの両手を塞いでる双子に文句を言うとリリムが料理を、リリスが酒をオレの口へ食んでくる。けどそうじゃねぇんだわ。自分で食べたいから離れろって言ってんだわ。


「これじゃ、どっちが甘えんぼか分かりませんね~」

「オレがブクブク甘えんぼに見えるならムシャムシャいい教会ゴクン紹介しますよブクブク」


 双子がタイミングを考えずにオレの口に運んでくるせいでまともに話せない。


「行儀悪いですよ」

「オレは悪くない。それにこういう場所は下品になったほうが美味い。リリム、まずは生ハムにポテトを乗せてくれ、そうそう、で巻いてオレの口にムシャムシャ、すかさずリリス、ゴクゴク、っぷはー。こんなもんよ」

「子供に食べさせてもらって自信満々な大人とか最っ悪の光景ですよ。でもやってみます」


 シアスタも真似して食べてみる。


「っくぷ、美味しい!!」

「なんか親子を見てる感じでほっこりしますね!!」

「心の充電ですね~」

「おい、双子は本当に食べないのか?」

「たべものよりも」「まりょくのほうが」「「おいしい」」

「かっこいいですね、乳飲みを魔力の補充って!!」


 またレイラがけらけら笑い出す。笑い上戸なのかもしれない。


「私のも飲みますか~」


 受付さんが手をオレに向けてくる。違う違う双子に向けてくる。

 受付さんのはオレが飲んでみたいよ。


「「いただきます」」


 すかさず双子が受付さんの指に吸い付く。


「かわいい~子供ってこんな感じなんですかね~」

「双子、お味のほうは?具体的にお願いな」

「サイテーです」

「邪な気持ちは無い。純粋に気になるだけだ」

「ほうじゅんで」「やさしい」

「そっかー、芳醇で優しい味かー。美味しそうだな」

「サイテーですよ。でもローザさんはこう、ホットミルクみたいな感じがします」

「なんの話ですか~」


 事情を知らない2人に精霊の話をする。

 ただし、この双子をサキュバスとは言えないので甘えんぼの吸い付き魔とでも思っておいてもらおう。


「なんですかそれ面白そう!!」

「よし、双子ゴー」


 オレの掛け声と共に双子がレイラの指に吸い付く。


「うっひゃーくっすぐったい!!」


 コイツほんと色気とかねぇな。


「しゅわしゅわ」「ぱちぱち」

「レイラさんは弾けてる感じますね」

「しゅわぱち、私しゅわぱちですよ!!」


 何が嬉しいのか分からんがレイラは笑いながら喜んでいる。

 とまぁ、こんな感じでひたすら頭を使わない会話が日付を跨ぐ直前まで繰り広げられた。

 何故か流れでオレが全額支払い、そのままそれぞれ帰路に就く。

 双子を両脇に抱えシアスタを肩車し、家に帰る頃には日付が変わっていた。


「どうだシアスタ大人の時間は」

「楽しかったです。それになんか気が楽になりました」


 シアスタは出かける前よりもすっきりした顔をしていた。


「それはなによりだ。おい双子、お前らはどうだった」

「ほうじゅん」「しゅわぱち」「わるくはないけど」「ぱぱがいちばん」


 夜の感想を聞いたのであって魔力の味の総括は聞きたくなかった。不名誉な一番を貰ったな。


「マジでパパ呼びはやめろ」

「しあすた」「おふろはいろ」

「いいですね、サッパリしてから寝ましょう」

「夢の存在も風呂に入るのか」

「きになる?」「いっしょにはいっても」「いいよ」「えっちなおにーさん」

「存在ごと消してやるからそこを動くなよ」

「ロリ…スケベ」

「なぁ言い直したけどそれってランク上がったの?下がったの?」

「乙女の内緒です!!リリムさん、リリスさんいきましょ!!」

「「はーい」」


 そういって3人は奥の風呂場に消えていく。

 なぁ、上がったの?下がったの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る