第19話  強さというのは一つじゃない

「ただいまー」


「帰った」


「おか」「えり」


「そこで分割する必要ある?」


「二人ともおかえりなさい」


 オレ達がキルドに納品して帰ると、4人がお出迎えしてくれる。


「シアスタはどうした?」


「見当たらんな」


 オレ達がシアスタのことを聞くと3人は黙り込む。


 ロロは黙り込むはずか無いのでロロに聞いてみよう。


「ロロ、何があった」


「我は知らん」


「んなわけないだろ。はよ話せ」


「…シアスタは挫折を味わった。それだけだ」


 ダメだ、聞いても分からん。いや大筋はなんとなく分かったが、詳細が分からん。


 他のやつらも口を開きそうに無いし。


「シアスタは部屋にいるのか?」


「いる…けど…」


 ラリルレの歯切れが悪い。


「ソーエン、乗り込むぞ」


「分かった」


「ちょっと!?キョーちゃん、ソーちゃん!!」


 止められようが止まらん。オレはこの後、美味しい飯を食ってから家を抜け出してモヒカを捜して無料券を手に入れ色町に繰り出す予定で動いている。なのにこの空気じゃ上手い飯が食えん。最初のステップを躓いてはその後の満足感が減る。


 シアスタの部屋は二階の左端。オレは右端でソーエンはオレの隣だからシアスタは間逆に部屋を取っている。だから、そこに乗り込む。


 階段を登ってシアスタの部屋の前に立つけど、他の面々は追ってこない。止める気があるなら最後まで付いて来るだろうし、止めないならこのまま進ませてもらおう。


「シアスター入るぞー」


 扉をノックして中にいるシアスタに声を掛ける。


「やです!!来ないでください!!」


「分かった。入るなー」


 鍵がかかっていたのでスキルを使って開ける。これくらいの鍵なら成功率は100%だ。


 扉を開けると、オレ達より少し女の子っぽくなっている部屋が見えた。


 この家の部屋は十畳くらいの広さでベッドと机が元々備え付けられている。基本は変わらないが、棚やそこに置かれた小物、ぬいぐるみが女の子らしさを感じさせていた。何より机の上のコルクボードにはオレ達の歴代プレートが飾られていて、なんでオレ達のプレートを欲しがったのかが見て分かった。


「来ないでって言いましたよね!!」


 布団に包まって大福を作っているシアスタがオレ達に文句を言う。


 完全に外界をシャットアウトしているので表情は見えないが、声からして泣いていた。それをほうっておけるオレじゃない。


「入って欲しくなかったら鍵かけろ」


「かけましたよ!!」


「かかってなかったからオレ達入っちゃたじゃん」


 嘘だけど。


 背後では、オレに続いてソーエンも部屋へと入り、そして扉を閉めていた。ご丁寧に鍵まで掛けなおしやがってる。


「なら出てってください!!」


 今のシアスタは鍵を掛けたかどうかなんてどうでも良くて、ただただオレ達に出て行って欲しいみたいだ。


 でも、ソーエンが鍵をかけちゃったからなぁ。


「悪い。ソーエンが鍵掛けたから出れない」


「なんですかそれ。言い訳になってないです」


「シアスタ、お前が心を開かないと鍵を開けない魔法をかけた。たからお前が話さないと俺達も出られない」


 またソーエンがオシャレなことを言う…いや今のは全然オシャレではないな。むしろダサい気がする。今はツッコめるような空気じゃないから我慢して話を続けよう。


「お前が顔を晒せないなら俺が代わりに晒そう。だから話を聞かせてくれ」


 そういってソーエンがフードとマフラーを取る。本当にあっさりと取る。


 それほどシアスタに心を許してる証拠だし、シアスタを励ましたいっていうソーエンなりの心遣いなんだろう。マジで認めた奴には甘いんだよなぁ。身内と仲間には激甘な奴なんだよ、コイツは。


「…意味が分かりません」


 その言葉を最後にシアスタが黙り込む。だからオレ達はひたすら待つ。色町に気持ちよく行くためにな。


 それからどれくらい沈黙が続いたのだろうか。沈黙と言うのは時間が曖昧になる。


「……まだ居ますか」


 曖昧な時間を経てシアスタがようやく口を開いた。


「もちろん」


「当たり前だ」


 こんなシアスタを放ってどこかに行くはずが無い。


「……私は今日、リーダーを務めてウィンドウルフの討伐に向かいました」


「そうなんだ。やるじゃん」


 レベルはラリルレやロロの方が高いけど、等級はシアスタの方が高いからリーダーになったんだろう。そこらへんの采配はオレ達は知らない。あくまで子供組は子供組に任せたから。


「それで、ウィンドウルフの群れと遭遇したので戦いました」


 ウィンドウルフ、機動力が高く風の魔法を操るため中々の強敵だ。対策や戦略を立てて挑む必要がある。だが、今回の子供組ならぶっちゃけ何をしても勝てるくらいには戦力差がある。


「…私達は事前にちゃんと対策を立てて挑みました。途中までは順調に行ってました」


「よくやったな」


「でも、途中からハイウィンドウルフが来て」


 ウィンドウルフはウィンドウルフの上位種で普通のウィンドウルフの何倍も大きく何倍も強い。だが、それでも子供組なら問題無く倒せる。ラリルレやロロが居るからとかいう甘い理由ではなく、シアスタだけでも頑張れば倒せる。


「私は怖くて動けなくなったんです。私はあのマザーフォングボアには立ち向かえたのに!!」


 またシアスタが泣き出す。


「私は弱くなったんですか!?私の強さはどこですか!?」


 布団に包まりながらまたわんわんと泣き出す。


 泣いているシアスタに声は掛けない。だた布団の上から撫でて慰めるだけだ。吐き出すものは吐き出してからの方がすっきりする。…泣きすぎて溶け切らないよな?


 溶けきりそうだったら無理にでも布団を引き剥がそうと思っていたが、溶け切る前に泣き止んでくれた。


「なあシアスタ。マザーの前に立ったときは1人だったよな」


「…ぐすっ、そうです」


「今は仲間が増えたな」


「増えました」


「ならさ、今と昔はもう違うんだよ」


「シアスタ。お前は弱くなったんじゃない、新しいシアスタになったんだ」


 …新しアスタ。


「新しくなんてありません!!私は弱いままです!!」


「ならなぜ恐怖を感じた。マザーに立ち向かったお前が」


 ソーエンは少しきつい口調で言うが、それくらいが無自覚のイジケ虫には丁度いい。


「なんで…どうして?」


「そうだ。何が変わった」


「…怖かったんです。ほんとに怖かったんです!!」


 まだ答えにはたどり着けないらしい。


「なぁシアスタ、お前とこの1ヶ月間一緒にクエストに出かけたよな。オレはさ、リーダーとしてお前らの力に頼ってたんだよ」


「嘘です!!私が居ないほうが良かったです!!本当は私が居ないほうが良いって思ってるはずです。ラリルレさんだって居るしもう私は必要ないんです!!」


 このイジケ虫め。


「お前が居なきゃそもそもオレ達はガランドウルに殺されてもうこの世には居なかった」


 これは本当だ。あれは全てをぎりぎりまで使い果たしてようやく勝った勝負だ。シアスタが居なくちゃ復活周期や止めが間に合わなくてオレ達は殺されていた。


「そうか!!お前が居ないほうがいいってもしかしてオレ達に死んで欲しかったのか!!なるほどなー!!」


「なんでそうなるんですか!!違いますよ!!」


「ならお前は今日のメンバーにも死んで欲しかったのか?」


「違います!!死ぬとか言わないでください!!怒りますよ!!」


「別にいいじゃん。自分の命以外は全部他人だぜ」


「仲間の命は自分の命より大事です!!」


「言えたじゃん」


「だが惜しい」


「何が言いたいんですか!!」


 少しシアスタの声に怒りが混じっている。


「お前は仲間の命の方が大事って言ったよな」


「なら自分が死んだら仲間はどう思う」


「分かりませんよ!!私は弱いですから!!」


 なんでそうなるかなぁ。もう答えはすぐそこまで来てんのに。


「私は結局強い人に頼って自分も強いと思ってた、ただの弱虫です!!」


「だったらガランドウルの時に弱虫のお前を頼ったオレ達もただの弱虫だよな!!」


「だからなんでそうなるんですか!!2人は強いから私の気持ちは分からないんですよ!!」


 ソーエンはその言葉を聞いて動いた。


「シアスタ、自分の気持ちを分かってもらいたかったら話せ。話す前から分からないと言うな」


「…」


「いいかシアスタ。お前は自分の気持ちにすら気づいていない。だから俺が言ってやる。お前が今回抱えた恐怖は自分が死ぬ怖さではない。自分が死ぬことで周りが死ぬことを考えた恐怖だ」


「…」


「マザーのとき、お前は死んでも一矢報いるとか考えてたのではないか? 楽でいいよな一人は。何をしても全て自分で終わるからな、俺も1人は好きだぞ、楽だからな」


「…」


「だがな、1人は楽だが楽しくは無いぞ。仲間がいて、支えあって、協力して、自分の限界を超えて、そして仲間が俺を超えて、それを俺がまた追い越す。死んでも勝つではない。生きてまた超える。だから俺達は強くなれる。孤独の強さなどこの世にありはしない。孤独にあるのは強がりだけだ」


 ソーエンは熱く、それで居て何かを思い出すようにひたすらシアスタに語りかける。


 ソーエンやオレに命がけで力を求める辛さは分からない。この体はゲームの体だからな。強いって言われることは皆との努力の結果だから嬉しいが、借り物の力で尊敬されるのは違う。


 ただ、体じゃなく心が。借り物じゃなく本物のオレ達は、仲間が居ることの強さは知ってる。


「シアスタはさ、また孤独の強さに戻りたいのか?」


「…ここにいたいです」


「オレな、シアスタの部屋に初めて入ったよな。だから今までシアスタがプレートを欲しがる訳がさ、分からなかったんだよ」


「…」


「シアスタ。お前は俺達の思い出を大事にしてくれていたんだな」


「はい、はい…。大切な、初めての仲間ですから…」


「だったらさ、これからは1人の戦いじゃなくてパーティの戦い方も覚えよう。オレも教えるからさ。っていうか、今回はオレも悪かったよ。碌に能力や特徴の紹介もせずに勝手にパーティの編成を決めて」


「私が、私が、もっと。ちゃんと、ちゃんとしていれば、リーダーとしてちゃんとしてれば」


 またシアスタが泣き出す、でも今度は布団から顔を出してオレ達の方を見ながら話す。


「ならさ、オレが皆の特徴を教えるよ」


「俺も弱点や隙を教えよう」


「大事な事だけどいやらしいとこ見てんなお前」


「弱さを知ってこそ人は強くなれる」


「いい事言うじゃん」


「…私も構ってください」


 オレとソーエンはシアスタを思う存分わしゃわしゃしてやる。


 構い続けていると、泣き疲れたのかシアスタはそのまま眠ってしまった。ソーエンが様子を見ると言って部屋に残ると言い出したので、オレは部屋の外組の話を聞きに行く。


 気配で分かってたよ。部屋の扉には子供達がへばりついていたので、全員食堂に連行する。


「うぅ、よかったぁ。シアスタちゃんごめんねぇ!!でもでもソーちゃんがあんなにはげますなんてぇ…」


 ラリルレは大号泣していたので、まずは双子から聞き取りを開始する。


「なぁ、ウィンドウルフって精神系の耐性高いのか?」


「わたしたちなら」「かんたんにあやつれる」


「そっか。ハイウィンドウルフは?」


「じかんはかかるけど」「できる」


「ハイウィンドウルフが出たときに何があった?」


「しあすたのあしがとまって」「わたしたちでまもろうとした」


 双子は身を挺して守ろうとしたってのか?他のやつを考えて行動を?


 しかもコイツらが初めて人の名前を呼んだぞ。


「…分かった。お前らも良くやった。偉いぞ」


 わしゃわしゃ頭を撫でると、リリムとリリス出会ってから初めて嬉しそうな子供っぽい顔をした。


 理由は分からんが、双子の中でシアスタとの関係に変化があったようだ。


「ラリルレとロロは何があった」


「うぐ、い、うぐ、でね。ろろじゃん」


「任せろ、我が代わりに説明しよう。あれは小さき者の戦いでラリルレはあまり手出しをしてはいけないと思っていた。だから雑魚は我に任せてラリルレは回復に専念していたのだが、あの生意気な狼が出てきてどうするか迷っているうちにシアスタが疲弊した。我の言葉が混じっているが大体そんなことを言っている」


「ロロって意外と優秀?」


「当然だ」


 あの泣き声からここまで翻訳出来るの凄いな。


 全体を通して聞くと伝達と意思疎通不足が目立つ。


「事情は分かった。この件は情報不足にも拘わらずシアスタをリーダーにした全員の責任だ。だから後日ちゃんと話し合って方針を固めよう。オレは用事かあるからちょっと出かけてくる。じゃ、皆ちゃんと休養を取るように。解散」


 何があったか、何を改善すればいいか、今後にやることは分かった。なら後はシアスタが復活してからやることをやればいい。それまでは自由に行動させてもらう。


 シアスタはまた強くなった。もう大丈夫だろう。


 予想以上に時間が掛かったが、今できることは全てやった。これで心置きなく色町に行ける。早く行かせてくれ。


「どこに」「いくの?」


「んん?ちょっと知り合いと飲みに行ってくる」


「ぐす、みんなでご飯たべよう?」


「悪くは無い、悪くは無いな。シアスタが起きてくるならそうしようかな?」


 ラリルレには申し訳ないが、さっき寝たばかりのシアスタが起きてくるはずが無いので遠まわしに断らせてもらう。このリビドーは止められない。


「皆さん、ご迷惑をおかけしました。」


「もう大丈夫だ」


 タイミング悪く、シアスタとソーエンが階段を降りてくる。

「…おいサキュバス双子。今日はめいっぱい吸って良いぞ。お祝いだ」


「シアスタのことだいじにしてる」「やさしいところあるおにーさん」


 今日じゃなくていい。今日のリビドーはここで終わらせる。だから明日のリビドーに頑張ってもらおう。


 オレは自棄酒に近い勢いで酒と料理を貪った。


 悲しいかな、これくらいじゃオレの体は全てを忘れられなかった。

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