第11話 正義のためであって私欲ではない

 昨日は夕食のあと、シアスタの部屋でラリルレとロロが夜遅くまで話をしてようで、朝になっても起きて来なかった。だから独断でまた一日休みにすることにした。


 長旅でラリルレも疲れていただろうし、体を休めるには丁度いいだろう。


 そのことを伝える書置きを書いていつものテーブルに置いておく。


 不動産と契約するときに偶然判明したんだけど、日本語で文字を書いても普通に通じるようだ。とんでも翻訳機能は依然健在。


 オレが書置きをテーブルに置いて朝食のカレーを食べていると、ソーエンが起きてきてキッチンに行き、朝食のカロメを作ってオレと一緒に朝食を食べ始めた。


「おはようさん。なぁ、ソーエン。今日も休みでいいか?」


「ああ、いいだろう。まだ金は十分にあるからな」


 ソーエンからも事後承諾で許可を貰えたから、晴れて今日は休みとなった。


 もし休みにしたことについて、シアスタから文句を言われても寝ていたほうが悪いんだ。反論の余地はない。


「お前は今日も二度寝するの?」


「いや、やめておく。昨日のお前みたいに、いつどこで仲間と会うか分からんからな。今日は町に出ることとしよう」


 ソーエンは淡々とカロメを食べながらオレに返事をする。


 ほとんどカレーを食べ終わっていたオレと、小さいカロメを食べていたソーエンは同時に食い終わったので煙草を吸い始める。


「ふーっ。ならオレも付いてくか」


「目的は無い。適当に歩くぞ」


「大丈夫。オレも昨日同じことしてたから」


 他の喫煙用テーブルから持ってきた灰皿に灰を落としながら話を続ける。


「ただ歩いてラリルレを見つけたのか」


「いや、ほんと偶然でさ。昨日パンケーキ屋で絶・漆黒の影にお礼言われたじゃん。あいつらが依頼主と会うからって、パンケーキ屋の前で立ち往生してたから一緒に入ったらラリルレを見つけたんだよ」


「なるほどな。なぜ挨拶してきたんだと思ったがそういうことだったのか」


「そうそう、でもパンケーキ屋で会うような依頼主から絶・漆黒の影は何を依頼されてたんだろうな」


「…少し気になるな」


 あんな厨二集団が受ける依頼とファンシーパンケーキを食べる依頼主だ。気にならないはずが無い。


「なら、とりあえずギルドに行って話を聞いてみるか」


「ああ、そうだな」


 目的が決まり、煙草を吸い終わるとオレ達は早速ギルドに向かった。


 張り出しの時間はもう過ぎているし、家からギルドは若干距離があるからギルドに人は残っていないとは思うが、もしかしたら受付さんから話が聞けるかもしれないとも思ってギルドを目指す。


 いつも通りの道を歩き、ギルドの前まで来ていつも通りにギルドの扉を開く。


 しかしギルドのホールには...いつも通りなら人が少ない時間のはずなのに、何故かいつもと違って沢山の冒険者が残っていて、クエストボードとは反対の側に集まっていた。


「なんかあったのか?」


 いつもとは違うギルドの様子に疑問を抱く。


 緊急事態か?


「話を聞けば分かるだろう」


 ソーエンがそういうと足を進めて冒険者の集団に向かって行ったのでオレも一緒に向かう。


「なぁ、集まって何してるんだ?」


 オレはその集団に近づいて外側にいる一人の男に話しかけて、事情を聞くことにした。


「お前らは……確か<インフィニ・ティー>のか。おーい、<インフィニ・ティー>が来たぞ!!」


 だからティーにアクセントを置くんじゃない。<インフィニ・ティー>は全部平坦なアクセントだ。


 オレ達は最近ランクをぐんぐん上げているパーティとして少し有名、というか期待の新人となっているらしいのでその一声でみんな分かってくれる。


「おお!! ちょっと通してやってくれ」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。この声は平和の旗印リーダーのキンスの声だ。


 その声で人垣が避けて集団の中心に通される。


 この謎の集まりの中心には、絶・漆黒の影と平和の旗印がいた。


「キンス、何みんなで集まってるんだ?」


「まあそう急ぐな。その説明は絶・漆黒の影がする」


 キンスがそういって集まりの中心にいる絶・漆黒の影を顎で指す。


「同胞とイキョウも来たか」


「ならば我々の話をもう一度しよう」


 どうやらここに集まっている面子は事情をすでに聞いているらしい。


「今から話す事はクライアントに頼まれている。故に、話は冒険者だけにとどめておいて欲しい」


 クライアントというと、昨日パンケーキ屋で会ったやつのことか。姿を確認していなかったからどんなやつかは知らんけど。


「分かったよ」


「いいだろう」


 勝手に話が進められるけど、ラリルレを見つけるのに一役を買ったので話は聞こう。


「助かる。話を聞いた後の判断は任せる。だが、もう一度言うが冒険者以外に他言は無用だ」


 何の話かは分からんけど、これだけ厳重に確認を取られては逆に気になるってもんだ。


「はいよ」


「ああ」


 オレ達の返事を聞いてから絶・漆黒の影の一人が口を開く。


「この町に色町があることは知っているか?」


 色町とは男の欲望を満たすための場所だ。もちろん、オレも夜に家をこっそり出て利用したことはある。


「知ってるよ。何度か行ったことがある」


「俺も把握はしている。利用したことは無いがな」


 ソーエンはそういう欲望渦巻くようなところを嫌うから本当に利用したことが無い。


 顔のせいで色々と不信になっているから仕方が無い。


「ならば話が早い。昨日、我々はそこの代表から依頼を受けた。内容は夜に現れる野良サキュバスを捕まえて欲しいというものだ」


 サキュバス。それはオレがこの世界で一番ロマンを持った存在だ。


 でも、オレ達の知ってるサキュバスとは違って、そういう行為は一切せずに触れただけで精を奪い取ると聞いて一番絶望もした存在だった。


「内容は分かったけど……だったら冒険者だけじゃなくてアステルの衛兵やほかの住民にも協力してもらったほうがいいんじゃないの?」


 大勢で探したほうが早いし、なにより注意喚起が出来る。


「衛兵にはもう話を通してある。住民の方はクライアント曰く、ただで欲望を発散させる輩がいると知られたら店の売り上げが落ちるから絶対に話さないようにとのことだ。現に今も噂が広がっているせいか、少しずつ売り上げが落ち続けているらしい。今回のクライアントはこの町の色町を取り仕切る人物だ。なので他言無用の件はアステルにある色町の総意と思ってくれていい」


 噂を事実にされると困るということか。


「欲望を発散て、サキュバスはそういうことはしないで精を奪うんだろ? なら別に問題無くないか? 需要が違う」


「いや、そうとも限らん。短時間かつ無料で欲望が消せるのだぞ。金、時間共にコストが掛からん。ならば人によっては色町に行くよりも需要がある場合もある」


 なるほどなぁ、色々な需要があるってもんだ。分からなくも無い。


「でもこんなに大勢で受けたら報酬なんてたかが知れてるでしょ」


「報酬はクライアントからの条件で、犯人を捕まるもしくはアステルから追い出すことができれば、一人一回無料券を発行すると言っていた。衛兵のほうは割引だそうだ」


 納得した、なぜここにいる冒険者が全員男しかいないのかを。皆ロマンを追い求めているんだ。ロマンは誰にも止められない。


「しまーす!! 参加しまーす!! 4等級冒険者のイキョウ謹んでお受けしマース!!」


 ロマンを追い求める冒険者として、オレも喜んで参加させてもらおう。


 色町は金が掛かるからな。一回の無料もバカには出来ない。ああ間違った、ロマンロマン。


 でも、そこまで美味い報酬を出すなんてどんだけ野良サキュバスは人を襲ってんだよ。


「くだらん、俺は降りるぞ」


 ソーエンは色町を使わないから、無料券を貰っても意味が無い。


 でも、そうはいかないぞ。お前がいたほうが成功率は跳ね上がる。だから意地でも巻き込んでやる。


「待てソーエン。お前の無料券、オレが買い取ってやるよ」


「金には困っていない」


「なら、参加してくれたらいい女紹介するよ」


「お前の交友関係は知っている。無駄だ」


 くそ、なかなか折れないな。他の案となると……。


 あれか。


「昨日猫のたまり場を見つけたから教えてやるよ」


「…絶・漆黒の影。俺も参加する」


 ビンゴ。ソーエンは無類の猫好きだ。前に無理やり連れられて男2人で猫カフェに行ったこともある。


 昨日町を歩いていて猫の集会所を見つけたのは僥倖だった。にゃんにゃんにゃんの名前を聞いたときも反応していたし、この世界に来てから猫不足だったソーエンにこの誘惑は効果抜群よ。


「2人とも感謝する。ならばここにいる全員が参加ということだな。只今より作戦を説明する。作戦名は不浄への制裁だ。内容は今から説明する」


 そういうと絶・漆黒の影の一人がテーブルにこの町の簡易地図を広げた。それを全員で覗き込む。結構な人数がいるので後ろのほうは見えていないだろ。


「この地図を使って簡単な班分けを行う」


 立っていた位置からそれぞれ四方地区に配置する冒険者が決まっていき、オレとソーエン、平和の旗印、絶・漆黒の影は中央区の担当となった。周りからは期待の新人プラスベテランの組み合わせだからか特に不満は出てこなかった。


「なぁ、いいのか。中央区がものすごい手薄だぞ」


 合わせて9人しかいない。中央区が他の区よりも狭いといってもそれなりの広さがある。9人でカバーするのは結構厳しい。


「問題ない。目撃情報や被害報告を聞くと中央区は圧倒的に少ない。ならばここに人員を割くよりも他に回したほうが成功率は高くなる。それに我々が中央区にいればどこでもすぐに駆けつけられる」


「なるほど」


「班毎にリーダーと連絡員を配置する、何かあったらそのリーダーに指示を仰げ」


 絶・漆黒の影はてきぱきと各班のリーダーや連絡員、何かあった際の合図などを決めていく。


 決められた面々は熱意の篭った返事をしてやる気に満ち溢れていた。


 そして野良サキュバスの目撃や被害の場所などを地図を使って説明したり、綿密な巡回ルートの作成や人員配置の話し合いが長い時間行われた。


 だが誰一人として途中で帰ることはなく、皆真剣な目をして聞いていた。


 絶・漆黒の影は事前に衛兵と話し合っていたらしく、冒険者は従来の衛兵巡回ルートに被らないような形にしてくれとお願いをされていたようだ。衛兵の具体的な巡回ルートは教えて貰えなかったが指示通りにやれば良いとのこと。


 そしてようやく布陣が出来上がる。


「急だが、今日の夜間外出は衛兵から控えろとの通達が回る手はずになっている。この人数だ。完璧な連携が取れるとは思っていない。班毎のリーダーに細かい指示や判断は任せる。不浄への制裁作戦の決行は本日の午後9時だ。各員今から休養を取って遅れないように。必ず成功させるぞ」


「「「「「「「「おおおおおお!!」」」」」」」」


 熱い男たちの衝動がキルド内に響き渡る。


 オレもその周りの熱意に呼応され雄たけびを上げるが、ソーエンは無言だった。

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