第8話 突然って、前触れが無いから突然って言うことを身に染みた

 パーティの翌日。オレは町を一人でぶらぶらしていた。


 昨日受付さんは今日が休みだったらしくシアスタの部屋に泊まり、カフスは朝早くから別の町に出かける用事があるらしく泊まらずに、満足そうに帰った。


 受付さんは、朝に食堂で会った時に「カフス様になんて態度を……」とか言って二日酔いの頭痛と共に頭を痛めてながら帰っていった。


 カフスは酒を飲んでも口調や表情が変わることは無かったけど、雰囲気がなんかふわふわしていた気がする。


 楽しい夜だった。


 今日は、纏まった金も手に入ったことだしそれぞれ好きに行動することになった。


 ソーエンはまだ寝ると言って部屋に引きこもり、シアスタはレイラと約束があるからと出かけて行った。


 オレは特に目的もなく町を歩いて、気になった店に入っては何も買わないで出て行くといった、冷やかしに近い行為を繰り返していた。


 途中に猫のたまり場みたいなところを見つけて愛でまくった以外に収穫は無い。異世界にも猫はいるんだな。


 色んなところをぶらぶらしながら適当に町を歩いていると、通りで見たことのある一団を目にした。


「絶・漆黒の影じゃん」


 オレ達が住むアステルのギルドをメインに活動している4人組みで、ソーエン亜種みたいな格好が特徴のパーティだ。


 森の調査依頼、何度か顔を合わせて話したことがあるので、知り合い程度の関係ではあるから声をかけた。暇してたし。


「む、イキョウか」


 一団の一人がオレに反応するが、名前は知らない。


 以前に名前を聞いたときに「影に名前は無い」と言われて以来名前を聞くことは諦めた。


 ご丁寧に冒険者のプレートも隠しているから名前を確認できない。だからオレは絶・漆黒の影とまとめて呼ぶことにしている。


 そんな絶・漆黒の影達はとある店の前で固まって突っ立ていた。


「何してんの?こんなところで」


 絶・漆黒の影が立っている店を見てみると、以前にモヒカから紹介されたパンケーキ屋のだった。


「クエストのクライアントとこの店で待ち合わせをしているのだが……どうにも入りづらくてな」


 分かるわぁ。オレ達はシアスタがいたからなんとか入れたが、こんな厨二の集団がファンシーなパンケーキ屋に入るのは違和感が凄いよな。


 そう思うとモヒカは凄い勇気の持ち主だな。甘いものが好きだからこういうところにも慣れているんだろうか。


「待たせるわけにはいかないのだが、な」


 絶・漆黒の影は入る為の決心がつかないみたいだ。


「だったらオレが付いてくよ。一回入ったことあるし」


 暇してたし、こんなことくらいなら手伝ってやろう。


「すまない。助かる」


「気にすんな、気持ちは分かるから」


 見分けがつかない一団の一人からお礼を言われてオレは先陣を切って店の入り口を開ける。


「いらっしゃいませー」


 可愛いが凝縮されているような空間で、可愛い制服を着た店員さんから挨拶をされる。


「待ち合わせをしている」


「畏まりましたー」


 絶・漆黒の影が待ち合わせのことを伝えて店内を見渡していると、依頼主が手を上げてアピールしているのが見えた。


「依頼主が見つかった。感謝するイキョウ」


「いいってことよ。じゃ、オレは帰るわ」


 オレは別にパンケーキを食べたいわけじゃないから、ここでこの店の用事は終わりだ。


 店を出たらまた適当にぶらぶらしようと思い、店の扉に手を掛けようとする。


 でも。


「ロロちゃん、パンケーキ美味しいでしょ!!」


「スカスカの綿のような感覚に纏わり付いてくる甘さ。美味だ」


 店内から聞き覚えのある声が聞こえて思わず振り向く。


 振り向いただけでは何も見つけられなかった。気のせいだったのだろうか。人も多いし、単に似た声が聞こえたのかもしれない。


 頭ではそう思っていても、ついつい店内を見渡してしまう。


 この声は気のせいじゃない。オレがあの声を聞きのがす事なんてありえない。


 だから絶対に居る。そう確信して店の中へと歩みを戻して視界を研ぎ澄ませる。


 そして、見覚えのある後姿が見えた。やっぱりだ!!やっぱり居た!!


 シアスタより少し高いくらいの背丈。ピンクと緑のグラデーションが掛かった長い髪のドライアド。そして特徴的な犬の耳みたいなハネ毛。


「まさか、嘘だろ?こんなところでかよ」


 嘘だろとか言いながら、全然嘘とは思っていない。思わず口に出ただけの意味の無い言葉だ。


 思いも寄らない場所で思いも寄らない人物を見つけた。


 見つけた後姿にオレはたまらず早足になって、その人物が座るテーブルまで近づいてしまう。


 歩けば歩くほど、近づけば近づくほど、自分の中で期待と確信の2つがぐんぐん膨らんでいく。


 そして座っている小さな女の子の背後から声を掛ける。


「よぉ、ラリルレじゃん」


「?……!! キョーちゃん!?」


 七名奈那しちめいないだのメンバーの一人。短く黄色いワンピースに薄い緑のローブを羽織った姿のラリルレは、不思議そうな顔をしながら振り向き、オレの姿を確認すると驚きの声を上げた。


「っしゃあ!! 一人目発見!!しかもラリルレとかめっちゃ嬉しいわ!! さっそくソーエンにも連絡だ!!」


 まさかこんなところで仲間を見つけるとは思いも寄らなかった。


「ソーちゃんもいるの!?」


「いるいる、ちょっと待ってて」


 ボイスチャットが繋がると寝起きのソーエンが不機嫌な声で返事をする。でもそんな不機嫌なんてすぐに吹っ飛ばしてやるよ。


 ラリルレが見つかったことと、今いる場所を伝えると「すぐ向かう」との短い返事と共にボイスチャットが切られた。


「ラリルレ、ソーエンも来るそうだ」


「やったぁ!! 異世界でも一緒なんて2人は相変わらず仲良しさんだね」


「よせやい照れる。相席良いか?」


「もちろんだよ!! 座って座って!! ねねキョーちゃん、話したい事いーっぱいあるの!!」


「オレもオレも!! でもあのバカが来るまでちょいと待ってて。すぐ来るだろうから先にコーヒー頼んで来るわ」


 ソーエンの言い様だとマジですぐ来る。だから先にセッティングをしておこう。


 何も頼まずに席に座るのもなんなので、ソーエンの分までコーヒーを頼んで店員から受け取って席に戻る。


 ラリルレは4人席を一人で使っているけど、顔見たいしラリルレの向かいに座る事にしよう。あのにこにこ顔をずっと拝んでいたい。


「ん? なんだこのタコの人形」


 座ろうと思っていた席のテーブルにタコの人形が乗ってる……。しかもパンケーキがその前においてあるし……。おままごと?異世界の人形は動くんだなぁ。パンケーキ食ってるし。


 そういえば、人は孤独に耐え切れなくなると空想の友達や、物と会話をするって聞いたことがある。


 そうか、ラリルレは恐らくこっちに飛ばされて、今まで一人で生きてきた。相当心細かっただろう。だからこの人形を生きているものと思い込んで孤独を埋めていたのだろう。


 オレ達で心のケアをして寂しさを埋めてあげなければ。


「小さき者よ」


「うお!? 喋った!?」


 突然タコ人形が振り向いてオレの方を見て話しかけてきた。


 オレは驚いてコーヒーを零しそうになったがぎりぎり踏ん張って零さずに済んだ。


「そう驚くな小さき者よ」


「なんだよ、小さき者より小さき者」


 よくよく思うとここは異世界だ。一つ目でピンクのタコでも喋る事だってあるかもしれない。


 このタコは人形ではなくタコ人なのかも。よく見ると生き物っぽい質感をしているし、ナイフとフォークを持ってパンケーキを食べているし。


「貴様はラリルレの何だ」


 タコは食べる手…触手を止めてオレをじろりと見てくる。


 なんだか偉そうなタコだなぁ。


「何だって、オレはラリルレの仲間だよ。お前こそ何だよ」


 このタコはまるでラリルレが自分の物だと言うように言ってきたから、少しイラッとして答える。


「ロロちゃんはねー、んふふ~かわゆいのぉ」


 ラリルレがにこにこしながらタコを見て言う。ああ~癒されるぅー。このタコが何とかどうでもいいー。


 にしても、このタコはロロって言うのか。無愛想にパンケーキ食い始めやがった。


「キョーちゃん、ソーちゃんが来たら紹介するね。座って座って」


 ラリルレに促されてオレはこのロロとか言うタコの横に座る。真向かいじゃなくても顔は見れるから良いか。


 そして、オレが座ると同時に店の扉が開き、黒コートが入ってくる。


 やっぱりすぐ来たな。


「いらっしゃ」


「案内はいい」


 店員さんの挨拶を遮って、あいつがずんずん進んで席の近くにやって来る。


 電話してからほとんど時間は経っていない。町の空を駆けて爆速で飛ばしてきたんだろう。


「久しぶりだな、ラリルレ」


「ソーちゃん!!」


 ソーエンの声に振り向いたラリルレはオレを見たときと同じ声を上げて驚く。


「座ってもいいか」


「いいよ!! こっちこっち」


 ラリルレは自分の横の椅子をぽんぽんしてソーエンに座ってと促す。


 オレは注文していたコーヒーを無言で渡し、ソーエンも無言で受け取った。


 そして二人してコーヒーには口を付けずに机において、ラリルレに話しかけようとしたとき。


「小さき者よ」


 タコが口を開いた。またオレに聞いたようなことを聞くつもりだろう。


「…なんだこの偉そうなタコは」


 タコに話しかけられたソーエンは変なものを見る目でラリルレに問いかける。


「んふふ~。ソーちゃんも来たし、ロロちゃん、あいさつあいさつ」


「我はゲゼ」


「ロロちゃん」


「…我はロロ」


 ロロはパンケーキを食べながら、こちらに目も向けずに名前を言う。


 にしても、今別な名前を言おうとしてラリルレに負けたな。


「ラリルレとは共に旅をしている」


「あいさつするロロちゃんもかわゆいよぉ。そう、私達はずっと一緒に色んな村や町を回ってきたんだよ」


 ロロはラリルレにとっての、オレ達とシアスタみたいな関係なんだな。


「そっか、ラリルレが世話になったな。オレはイキョウ、ラリルレとは昔からの仲間だ」


 別にさっきの自分の物風発言に反抗してマウントを取っているわけではない。正しく自己紹介をしたまでだ。


「ソーエンだ。イキョウと同じでラリルレとは長い付き合いだ」


 ソーエンはさっきの発言を聞いていないので純粋に自己紹介をする。オレも純粋だったがな。


「そうか」


 それだけ言ってタコはパンケーキを食べる。


 器用に触手でナイフとフォークを使って体の下にパンケーキを運んでんなぁ。


 タコは足の間に口があると聞いたことがあるけど、異世界でもそれは変わらないみたいだ。


「他のみんなもいるの?」


 ラリルレはオレ達2人を見て皆がいると思ったのだろう。


「残念ながらオレ達だけ。オレとソーエンは2人揃ってこの町に飛ばされたんだよ。今はここを拠点にして皆を捜してる真っ最中」


「2人は一緒に飛ばされたんだ。ほんとに仲良しさんだねぇ」


「よせラリルレ」


 ソーエンは誇らしげに答える。


「ラリルレはなんでこの町来たの?もしかしてオレ達のことをどこかで聞いたとか?」


 まだ<インフィニ・ティー>はそこまで名をこの世界に知らしめていない。だから仲間の耳に届くとは思わないんだけど。


「ううん違うよ。ロロちゃんがね、この町にいるお友達がいなくなったって言ったから捜しに来たの」


「友達ねぇ…人探しか。ロロの友達もタコなの?」


 ロロの友達、タコ仲間だろうか。


 多種族なこの町でもタコは見たことないから、もしそうならラリルレの力にはなれそうにも無いな。


「タコでもなければ友でもない。名をガランドウルと言って、我の眷属だ」


「あー、ガランドウルね、丁度知ってるわ」


「最近見たな」


 ………


「おいタコ今何つった」


「タコでもなければ友でもない」


「そっちじゃねぇ!!そういう小ボケはいいんだよ!!今ガランドウルっつたよな、あと眷属って!!」


「いかにも」


「……もしかして邪神?」


「ほう、まだ我を知っているものがいたか。いかにも、我は邪神ゲゼルギアである」


 邪神は自慢げにナイフとフォークを掲げて宣言するが、あまりに迫力がなさ過ぎる。


「どーゆーこと?」


 ラリルレは話に付いて来れていないのかぽやんとオレに聞いてくる。

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